第11話 ボク
『5話~10話』を5/30に書き直しました。
お手数ですが読み返して頂けますと幸いです。
バタバタして申し訳ございません。
「それにしても、簡単だったな」
「そうね、ほとんど仲間割れしていたところを攻撃しただけだったし」
リオンの百合魅了によってスライムの半数がこちらの味方になり、たやすく討伐に成功したリオン達はその体液を集めて、冒険者ギルドに帰って報酬を受け取った後で酒場に来ていた。
酒場とは言ってもまだ日も高いので酒は注文せず、テーブルには軽食とお茶が並んでいる。
「報酬は……銀貨2枚、か」
リオンが革袋からくすんだ銀色をした硬貨を取り出し、テーブルの上に転がした。
銀貨2枚と言うのは酒場でちょっといい食事と酒が2人分……と言ったところで、新人冒険者の小遣い程度といった金額である。
「まぁまぁ、冒険者としても再スタートみたいなものなんだし、最初はこんなものよ」
「それもそうだな」
レベルも1になってしまい、重い武器防具も装備できなくなったリオンとしてはコツコツとやっていくしかない。
「それに、レベルが上がればもっといいスキルも覚えるだろうし」
「え~? 凄く便利じゃない、あの百合魅了。相手の半数をほぼ無力化できたのよ?」
美味しそうにお茶を飲んでいたコゼットが、渋い顔をしているリオンに対して不思議そうな顔をする。
「いや、そうなんだけどさぁ……」
「コゼット、可愛い顔してその無力化したスライムを容赦なく杖でぶっ叩いていたものね……」
その時のことを思い出したのか、クレアがビスケットを手に苦笑いをした。
「だって、服を溶かしちゃうスライムは女の子の天敵だし、容赦する必要ないでしょ?」
「それはそうだけど……」
「まぁもっとも、あれだけ効いたのは魔力耐性がほぼゼロのスライムだからだったからでしょうけど」
「あ、やっぱりそうなの?」
「それはそうよ、だってすべての生物にはそれぞれ魔力耐性の強弱があるし。強めの耐性を持つモンスターならああも簡単にはいかないでしょうね。まぁもっとも……」
コゼットはそこで言葉を区切ると、自分の首に巻かれた首輪を愛おしそうに撫でた。
「封印を解いて劣化無しの【百合魅了】なら――例え古竜でもそれがメスなら虜にするでしょうけど」
「古竜でも……!?」
竜と言うのはモンスターの中でも最上位の一角で、その竜の更に上位種たる古竜は古文書で名前を見るだけの、文字通り伝説の存在だ。
「ええ、リオンの全開の魅了なら、あらゆる魔法を弾くとまで言われる古竜の魔法障壁にも通用するんじゃないかしら、多分だけど」
「うぅん……」
だがそれを聞かされたリオンの顔は、あまり優れなかった。
「どうしたの? せっかくの凄いスキルなのに、嬉しくないの?」
「いやぁ、その……ダンジョンの中でも言ったけど、やっぱり俺としてはもっとこう……カッコいいスキルがいいんだよな」
「ホント、男の子みたいなこと言うのね」
若干照れながら言うリオンに、コゼットがクスリと笑う。
「そりゃ、つい昨日まで男だったからな、仕方ないだろう」
「でも、あなたはもう女の子なのよ?」
「いや、それは俺も分かっているんだけどな……」
そんな複雑そうな表情を浮かべるリオンを見て、2人が顔を見合わせた。
「……ねぇリオン、その『俺』、っていうのなんだけど……」
「え? それがどうかしたか?」
「やっぱり……結構違和感があるのよね」
「えっ」
「そんな可愛い顔と声で、口調が男って言うのはどうも、ね」
「そうね、凄くアンバランスね」
「いや、そう言われてもな……」
思ってもみなかったことを言われたリオンだったが、確かに2人の言わんとすることは分かった。
「まぁ、それはそうなんだろうけど……でも、いきなり口調なんて変えられないぞ……?」
「それはそうね、『俺』から『私』って言うのもなかなか大変そうだわ」
「あ、それじゃあ私、いい案があるのよっ!」
名案を思い付いたとばかりに両の手をポンと合わせたコゼットに、リオンは何かイヤな予感がした。
「――『ボク』っていうのはどうかしら!」
「えっ……」
「ぼ、ボク……?」
「そう、ボクよ。どうクレア?」
「いや、どうって言われても……」
「こんな可愛いリオンが、ボクって言うのよ? 素敵だと思わない?」
「………………」
クレアが、リオンのことをジッと見つめる。そして、
「……あり、ね」
「ちょ!?」
「だってリオン、ちっちゃい頃は『ボク』って言ってたでしょ? すぐに『俺』になっちゃったけど……あの頃のリオン、すっごい可愛かったのよねっ」
「え、えええ……そんな、いつの頃だよ……」
「ほらほら、リオン、昔みたいに『ボク』って言ってみて?」
「お願いっ、私も聞きたいなっ」
昔を懐かしむような目をするクレアと、期待から目をキラキラさせているコゼットからの圧力に負けたリオンが、観念したように息を大きく吐き、
「ボ、ボク……」
と呟いた。
それを聞いて、シンとする2人。
「これで、いいか――」
反応が不安になったリオンが、それを言い終わるや否や――リオンはクレアにギュッと抱きしめられた。
「むぐっ……!?」
「可愛いっ……!! 可愛すぎるわっ……!!」
クレアの豊か過ぎる胸に顔を埋められたリオンがもがくが、女になって弱くなった力では振りほどけないくらい、クレアは力いっぱいリオンを抱きしめている。
「反則級に可愛いわね……流石私の嫁……ねぇリオン、やっぱり今から教会に行かない?」
「こらっ、先走らないのっ……!」
コゼットをたしなめるクレアだが、その腕に込められた力は一切緩む気配が無い。
「――ねぇリオン? これからはずっとボクって言ってね? わかった?」
「わ、わかった……!! わかったから離してくれっ……!!」
かつては姉と弟のように時を過ごした女の子の胸に顔を埋めているという気恥ずかしさから、リオンはその提案を飲み込むしかなかった。
「まったくもう……勘弁してくれよな……」
ようやっとクレアの拘束から解放されたリオンは、まだ赤い顔をしながら呼吸を整えている。
「俺だっていつまでも弟じゃ――」
「リオン?」
「……ボクだって、いつまでも弟じゃないんだからなっ」
「よろしいっ! ああもうっ、それにしても……なんて可愛いのかしらっ」
「ちょ……!?」
我慢できないと言った感じで、にじりよってきたクレアからまた抱きしめられそうになったリオンが、慌てて逃げようとしたとき――
「リオン……?」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのはよく見知った顔。
「テッサ……」
つい先日までリオンが所属していたパーティーのメンバーである、シーフの少女――テッサだった。




