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ヒルダ贈り物とわたし

父と話をしたヒルダはお仕事を始めたようだ。

父の執務室で、彼の隣に机を並べることにするそうである。


早速、スイトウ長なる役に就任していた。


水筒長?


それは何する人なのかしらと私が聞くとテレーズとお父様が苦笑した。


「出し入れしてるのは間違いなさそうですけどね」


「もっとも扱ってるのは金だがな」


ヒルダはうちの王国のお金を管理する人になったのだそうだ。


なんでも仕事中のヒルダは、丸い玉の列が幾つも並んだ道具を片手に、鬼のような速度で計算をしていくそうだ。

すると、あの可愛いお顔がどんどん鬼のようになっていったそうで、皆は恐れおののいていた。


「ちょっと怖かった。でも、そんなところも素敵……」


とは父の談。


前にもちょろっと抱け触れたけれど、父は離婚している。

王国に遊学中しているとき、王族だと喧伝して貴族のお嬢様を捕まえたのだけれど、その母は、すっかり騙された、とても一生は添い遂げらぬと、逃げ出してしまったのである。

ただ、父はこの時の遊学で、すっかりお姫様好きになってしまった。

都会の娘さんの楚々とした言葉遣いや気品ある振る舞いにすっかり虜にされてしまったのだ。


まぁ、あと私の子育てが大変だったのもあるみたいだけどね。

今まで独身を貫いていた。


そんな父にとって、久々に見た働くお姫様の勇姿は刺激が強すぎたんだと思う。


ヒルダのことを語る度、日焼けした浅黒い肌に、ほんのりと朱色が差す。

彼は、完全に骨抜きにされた父はすっかり乙女の顔であった。




そんな麗しのヒルデガルド姫は記録にある収入と支出の確認をしてくれているらしい。

彼女の話によると、うちの国の商売はいまいち上手くいっていなかったようだ。


具体的には麦の買い付けで、「ちょっと」多めにお金を取られていたらしい。

そして収入源である傭兵稼業は、「ちょっと」安くされてしまっていたらしい。


一応お金は貯まってきてたので上手くいってるつもりだったのだけど、専門の人に見てもらえると違うものだ。

ちょっとぐらいならあんまり目くじら立てなくてもとおもったのだけど、「これだけあったらリディアのお小遣いも増やせたんだよ!?」って言われたので私は黙っておくことにした。

ヒルダは小さな事までよく考えるしっかり者なのである。


まぁ損していたといっても三割程度だから、「ちょっと」だと私は考えている。




ヒルダ自身はめざましい働きを上げてくれていたのだけれど、それ以上にうちの国の人たちに大好評だったのがフクシキボキなる代物だった。


やたらと捗るらしい。

なにが捗るというのか?

聞いてみてもいまいちはっきりした答えが返ってこなかった。


「収入と支出を一目で確認出来るんですよ」


ってヒルダは言っていた。

周りの男共は、木彫の兵隊人形みたいな顔して頷いていた。


むぅー。


私はこれをとても不満に思った。


大臣も官僚も絶対効果なんてわかってないけど、わかってないって言うと馬鹿にされるから言わないに違いない。

そう思ったんだ。


要は、ハイランド人は田舎者だと馬鹿にされるんじゃないかって不安なのだ。


でもさ。

見栄を張っても、碌な結果にならないって私は思うのだ。

無知は恥じることでは無い。

むしろ無知を自覚することで、そこから何かを学ぼうとする姿勢が大切なのだ。


なればこそ、この王女リディア様がガツンと言ってやろうじゃないか!


「すごいわ、ヒルダ! あなた、こんな優れた物を知ってるのね。フクシキボキができるなんてびっくりよ! 私も是非欲しいって思ってたのよ!」


ヒルダはにっこりした笑顔を向けてくれた。


「ありがと、リディア。ならリディアもお小遣い帳をこれでつけてみてね」


「……うん。それがいいね」


いやー。

みんなの視線が痛かったねぇ。


私、恥ずかしかったのだ。

おんなじ王女様なのに、こんなに出来が違うなんて……。


しょんぼりして逃げ出す私の肩をひんやりした手が捕まえた。

そして、耳元で冷たい声が囁く。


「でしたら、まずは数のお勉強から頑張りましょうね、リディア様。今度は逃げてはなりませんよ」


ひえぇええ。

余計な見栄を張った私は、テレーズ産によるお勉強に引っ張り出される羽目になったのである。


ほらね、かっこつけると碌な事にならないんだ……。




仕事が始まったヒルダは楽しそうにしていた。

イキイキ、ヒルダちゃんだ。


きゅっとドレスの袖をまくり、羽ペン片手に帳簿をつける。

年上の男相手にテキパキと指示を出すその姿は、うちの戦闘特化の大臣共よりよっぽど様になっていた。

ちょっと年季が入ってる。

王国で、彼女は何をしてたんだろう。


すっかりヒルダは元気になった様子だった。


でも私には一つ心配事があったんだ。


それはヒルダと四六時中一緒にいるはずの、我が父のことである。


さて、突然ではあるが、ここで我が父の女性の趣味を暴露しよう。

なんと我が父カイルレインはは気品があって、健気で、理知的で、何より可愛い子が大好きなのだ。

そしてヒルダは気品があって、健気で、理知的で、可愛くてなによりヒルダなのだ。


お父様、絶対メロメロだろう……。


私はそのことを疑っていなかった。


実際夕食時とか酷いのだ。

終始ぼーっとしてる。


仕事自体はいつもよりずっと捗ってるけど、ベッド上では仕事中に見ていたヒルダの顔をずっと想っているはずだ。


故に私は恐れた。

二人きりになった父が、酷い粗相をしないだろうかと。


ちなみに、お父様が籠絡されちゃうかも! みたいなことはあんまり心配していない。

相手が国王だろうが王女だろうが、物理で諫止する権限を重臣は持ってるからね。

ぶん殴られれば目を覚ます。


ヒルダの居室(もとは客室だったけど、正式にヒルダの部屋になった)、すっかり習慣になってたお茶会の席で、私は彼女に聞くことにした。

白いティーテーブルの上には、王国から輸入したという触れ込みの紅茶が弱い香りを漂わせてた。


「ねぇ、ヒルダ。一つ聞いて良い」


「うん、いいよ」


「お父様の事なんだけど」


ヒルダこれ聞いて、どうしたと思う?


びくってしたんだよ。

びくって。


敢えて擬音をあてるなら、「やべっ!」って感じ。


ガタリと体がぶつかって、テーブルの上の紅茶がゆれた。


私は少し意外に想いつつも訝しんだ。


あやしい……。

なんだその疑って下さいって態度。

ヒルダにまでやましいことがあるっていうのか?


私はジト目になった。


「ヒルダさぁ、執務室で二人きりのとき、お父様から変なことされてない? 私ちょっと心配してるんだけど」


「嫌なことはされてないよ」


返事が曖昧だ。

変なことときいて嫌なことと返ってきた。


ヒルダの綺麗な蒼い目が、私の目線を避けるように右斜め上を遊泳する。

これは嘘をついている仕草だぜぇ……。


「もうはっきり聞くね。お父様、ヒルダに迷惑かけてない? 普段は冷静なんだけど、ヒルダみたいな可愛いこと一緒だとちょっと突っ走っちゃうことがあるんだよね」


「迷惑なんてしてないよ! 陛下はとっても優しいもの。肩とかよく揉んでくれるの。私もお返しに肩揉んでるよ」


へー、ほー。


肩もみ。


ヒルダちゃんは、スキンシップをカミングアウト。

随分と積極的ですねー。


私はもうちょっと詳しい部分を探ろうといろいろ質問してみたけれど、流石は王国の宮廷仕込み、なかなか欲しい回答はもらえなかった。


埒が明かない。

もう、単刀直入に聞いてみようか。


「仮の話をするね。仮に、お父様が、ヒルダに求婚したとして、ヒルダならどうするの?」


「お受けするよ。私で良いなら大歓迎」


この男前な発言に、侍女共から動揺した気配をもれた。

お前らは、甘いお姫様にまだ幻想抱いてるもんな。もっともじもじどきどきするとおもってんだろ。


対するヒルダは、終始淡々とした調子で貴族の女の子の結婚について語り出した。


彼女自身、好きでもない王子と結婚する予定だった。

人となりを知れる相手なら幸運と言うべきだ。

友達なんかだと、親子ほども離れた相手の後添えになったりすることもある。


「一つ言わせてもらうなら、リディアのお父さんなんか超優良物件よ。強いし、好意を向けてくれるし、優しいし。それにハゲてないし」


「ハゲは重要?」


「いや、それほどでも」


じゃあ、言わないであげて。

うちの国にも気にしてる男の人多いんだから。


まぁ、話しているうちに、私もだんだんとヒルダのことがわかってきたつもりだ。

彼女は、合理的なのだ。

価値判断も、行動も。


そして、見切りと思い切りがとても良いのである。


そんなヒルダにとって、お父様はお眼鏡に適っちゃったということだろう。


どちらかといえば、ヒルダはお父様がモテるんじゃないかとか、浮気とかしないかの方が心配なようだった。

しきりに私に確認を取ったのだ。


力も強いんだから、女の人を一杯集めるようなタイプに見えるみたい。


なるほどなぁ。

たしかに蛮族の王様ってそういう雰囲気あるよね。


「その点は大丈夫よ。お父様は、誰彼構わずってわけではないから、それは安心して。とっても一途なタイプだから」


「そうなんだ」


「自称、猛禽類だからね」


ヒルダはきょとんとした顔をした。


「猛禽? 儂とか鷹とかの猛禽?」


「そ、鷲、鷹、フクロウみたいな大きな鳥の事。彼等はね、数がとっても少ないからお相手を探すのが大変なの。だから一度一緒になったら、一生添い遂げるんだ。フクロウなんかだとお嫁さんが亡くなるとそのまま衰弱死しちゃう子もいるぐらい一途なんだよ」


「へぇー、ちょっとロマンチックだね。そうなんだ」


「うん。そうなの。……まぁ、人間は鳥じゃないから、お父様は好きだったお母様にふられて離婚されちゃったんだけどね。浮気はしないよ。相手もすごい選り好みするし」


私が大自然のお嫁さん、お婿さん情報を語っていると、ヒルダはなんだか嬉しそうににこにこしていた。

お父様が信用出来る人だってわかってうれしいみたい。


好感触かな?

まぁ、浮気しないとか一途って言うのは悪いことじゃないはずだ。


父よ、株を上げといたぞ。

だから小遣い上げてくれ。


ついでだしこれもきいておこうかしら。


「ちなみにヒルダの好みってどんな感じなの?」


「そうだなぁ……」


ヒルダは腕組みして考えた。


強い人、優しい人、真面目な人、話を聞いてくれる人、イケメン……、指折り数えてから最後に無邪気な笑顔を浮かべてこう言ったのだ。


「それで、権力持ってる人かなぁ」


てへっとヒルダは笑ってくれた。


ヒルダの名誉のために補足しておくと、とにかく強くてまっすぐな人が好きなんだって。


どうやらお父様、ヒルダ的には、本当に好ましい人ではあるみたいだ。

あとは、お父様がおおぽかをしなければ、もしかしたらお嫁さんがもらえるかもだ。


頑張れ、お父様。

父の再婚話を嫌がる娘さんは多いらしいけど、私はいちおう応援しているよ。




ヒルダが働き始めてから十日ほど経ったある日。


珍しく彼女が私のお部屋に遊びに来た。

その時私はベッドの上で、重装歩兵の隊列に騎兵突撃をきめるイメージトレーニングに励んでいた。


突っ込むときにもっと高さがいるかなぁ。

なんて考えつつ腹筋と背筋だけをつかって、とうっとベッドの上でびたんと跳ねた瞬間、お部屋にヒルダが入ってきたのだ。


今日の彼女は、若草色のふんわりしたドレスを身につけていた。

白い肌と合わさってハーフアップにした銀髪が映えるね。

とっても可愛い。

驚きにまん丸になったお目々が印象的だ。


私はベッドの上空で横回転しながら、彼女の顔を観察した。


それからぼとりと落着し寝台の上で一回転。


「おはよう、ヒルダ」


「おはよう、リディア。今日も元気だね」


「うん」


「ちょっと変だったよ」


「……うん」


ほっぺが熱かった。

コメツキムシみたいにビタンビタン跳ねてる姿を見られたら誰だって恥ずかしいでしょう?


「それで、何か用?」


「うん、これ。やっと完成したんだよ」


言いながら、ヒルダは黒くてもこもこした塊を顔の前に差し出した。

彼女の顔が黒い毛糸の塊の後ろに隠れてから、またひょこっと顔を出す。

すごい笑顔。


でも、私の目はその塊に釘付けだった。


「編みぐるみっていうの。中身はクッションで外側を編んでる感じなんだけどね」


編みぐるみ。


ああ、そういえば、ちょっと前にヒルダに毛糸を渡したっけ。

それを使って、ヒルダは何かを編んでいた。

もちろん覚えてるとも、実は何が出来るんだろうって、心の中でめっちゃ期待してたからね。


彼女の言葉通り、それは毛糸で編んだぬいぐるみだった。

黒っぽい毛糸があみあみされて、メリーさんによく似た羊さんの顔がついている。


メリーさんによく似た、毛糸で出来たぬいぐるみ。


「メリーさん二世だ……」


そう、メリーさん二世だった。


う。

うおおおおおおおおおおおおお!


「メリーさん二世だ!!!!!!」


私は叫んだ。


ヒルダが笑う。

うしろで侍女さんが、「まーた、リディア様が……」みたいな顔で首を振る。


でも、構うものか!

私が感激屋なことなんて、みんなよく知ってるはずだもの。

だから全身でこの喜びを表すのだ。


メリーさんが私のもとに帰ってきた。


ヒルダにメリーさんを預けたら、そのメリーさんが子供をこさえてくれたんだ。


きっとヒルダは魔法使いだ。

毛糸とかをあれこれして、ぬいぐるみの赤ちゃんを作れる魔法使いなのだ!


メリーさん二世を受け取って、それからぎゅっと抱きしめる。

毛糸の匂いにちょっとだけ、ヒルダがつかってる石けんの匂いがした。


ああ、幸せ~!


「メリーさん二世だ! ありがとう、ヒルダ! 大事にする! 宝物にするね!」


「喜んでもらえて嬉しいよ。がんばって夜なべしたんだからね」


「ありがとう!」


「頑張った甲斐があった……、きゃ、ちょっと。なにするの」


ふふふ、私の喜びの表現ですよ。


メリー二世を間に挟み、私はヒルダの脇に手を入れた。

編みぐるみをくっしょんに、ヒルダの体を振り回すのだ

ふかっとした感触の上に、意外に重いヒルダの体重がかかる。

おっと、乙女に重いは禁句だね。失敬失敬。


さぁ、まわすぞー!


私がヒルダの体をぶん回すと、きゃーっと楽しい悲鳴をあげながら、空中で脚をばたつかせてた。

楽しそうだな。

私も乗ってきちゃう。

とりあえず目が回るまで、ヒルダをスウィングしちゃうから!



私は喜びを全力でヒルダにぶつけ、それから侍女さんの全力で怒られた。

興奮した私が止まらないとみるや、侍女さん達は即座に拳で制圧に来たのだ。

おかげで頭のてっぺんが痛い。

言って止まらぬとみるや、すぐさま武力行使に出るあたり、彼女達もまた立派なハイランド人であった。


「ごめんよ、でも嬉しかったんだ」


「ええ、昨日夜なべしたかいがあったってものよ」


私の謝罪混じりの感謝の言葉を、平たい胸を張って受け取めたヒルダ嬢は、それからふわぁと大きなあくびをした。


「私、ちょっと眠いから仮眠するわ。午後にまた会いましょう、リディア」


「うん!」


彼女を見送る私の笑顔、ここ最近で一番であったと思う。



メリーさんをもふもふする。

ふかふかした触り心地は最高級の毛糸の感じ。

でも何よりこのとぼけたお顔が可愛いのだ。


自慢したいな。

この可愛さを!


私は決めた。

まずは、メリーさんの可愛さをいまいち認識してないテレーズに見せに行こう。


私は、階下の使用人部屋にダッシュした。

テレーズは今日は非番。

使用人部屋でも、一番良いお部屋にいる彼女はたぶんぐーたらしてるはずだ。

二十代前半の貴重な時間を無駄な惰眠で浪費するなんて、とっても罰当たりな女である。


せめて、可愛いものを愛でる感性ぐらいは、呼び覚ましてあげないと。


テレーズ、おきろー。

お前のご主人さまの登場だぞー。


私はお部屋に突入し、ベッドの上で寝ぼけているテレーズに、メリーさん二世を突きつけた。


「見て、テレーズ! これヒルダが作ってくれたのよ!」


「……きゃぁああああ」


細い眼が見開かれて、テレーズの喉から悲鳴が漏れる。


落ちたな。

私は勝利を確信した。


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