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ヒルダの決意とわたし

うちの国は、中原では蛮族と呼ばれていた遊牧民が興した国だ。


王様は、この遊牧民で一番偉い人。

当然一番良い土地を選んで、自分の屋敷を建てることにした。

どこが一番良いか。


まぁ、放牧しやすい場所を選ぶよね。

家財で一番大事なのが家畜だから。


で、国が大きくなるに従って幕舎はお屋敷になり、最終的には立派なお城になったけど牧草地はそのまま残された。

ゆえに、我が国の王城裏手はでっかい牧場なのだ。


羊と山羊と兎とロバと馬と、ほかにもえーと、とにかく色々飼っている。

日によっては、鼠とか狼とかとも触れあえる。

お前らは帰れ。




こんな素敵な牧場見学にヒルダを誘ってみたところ、彼女は素直に乗ってきた。


「実は、外の空気を吸いたかったんだよね。嬉しい」


とのこと。


「だったら言ってくれればいいのに……。別に閉じ込めておくつもりは無いんだから」


「だって、私、部外者だから。あんまりうろつくのもどうかと思ったの」


ヒルダがペロッと舌を出す。


いやー、家主の父は、むしろ見せびらかしたがってるよ。

ヒルダが落ち着くのを待ってる状態だし。

会わせろってうるさいけど、見た目が獰猛そうに見えるから、待たせてるのだ。


「じゃあとりあえず、これね。これに着替えて」


「なにこれ? どうしたの?」


「近所の農家のお姉さんに服を借りてきたんだよ」


農作業用の装備品一式だ。

生成りのワンピースに山羊皮のブーツを履いたヒルダは、都落ちして匿われてるお姫様みたいに見えた。


同じ格好をした私は完全なる牧童だ。

ヨー、ホー、とかいながら木の杖振り回して羊の群れを追っかけてそう。



この日は快晴。

城の裏庭に降り立ったヒルダは、気持ちよさそうに伸びをした。

ふわっと服の胸元が膨らむ。


「いい天気だね。それに空気がおいしい!」


「うん。綺麗な空気は、うちの特産品だからね。どこでもこんな空気だよ」


国が高原だから。

空気はどこでもさわやかさ。


「でも家畜の近くは普通に臭いから、外の空気を楽しむなら、早めに楽しんどいて」


「はぁい。でも臭いがするのもそれはそれで楽しみ」


今回用意したのはヒルダお嬢様向けの接待コースだ。

城の裏手の牧場では、柵の中に毛並みのいい美羊が並べられていた。


めーめー言う毛玉の群れがのんびりと草を食んでいる。


「いいね! ふかふかしてそう!」


ヒルダは言うやいなや目を輝やかせて走り出した。

堂に入ったフォームの走りを見せてくれる。

スカートの裾と一緒に尻が揺れた。


「転ばないでよ」


「平気! ねぇ、この子、触っても大丈夫?」


「良いよ。前と後ろに立たないようにね」


前に立つと頭突きされるし、後ろに立つと蹴っ飛ばされるからな。


わたしの言いつけをちゃんと守ったヒルダは、横からそろそろと近づいた。

羊さんの毛並みの中におそるおそる手を入れてから、顔を寄せて一言。


「ちょっとメリーさんの匂いに似てるかな……」


私の匂いがすると評判のメリーさんが家畜と似た臭いだそうです。


「いや、そんなことないでしょ」


「うーん、もっかい嗅いでみる」


ヒルダは、豪快に羊の毛並みに顔を突っ込んでから、むくりと顔をあげて一言。


「やっぱりメリーさんとちょっと似てるよ」


そうかぁ。


自分の体臭はわからないと言うしね。

今日はちゃんとお風呂に入ろう。


だからテレーズ、後ろからわたしの匂いを嗅がないで。



ヒルダは動物に好かれる体質みたいで、山羊も羊も大人しく彼女に撫でられていた。


羊が、めぇーと鳴く。

ヒルダはその度に楽しそうに目を細めた。

顔がシンクロしてるね。

細くすがめた目に、白っぽい毛並みまで一緒だ。

羊と羊の女神様。


羊はみんなヒルダの前だと、王女様に仕える従僕みたいに大人しい。


うーむ。


こういうとき、私は動物って聡いなって思うのだ。

奴ら敏感に人間の上下関係を察してくる。


お世話してても、私よりテレーズのほうが地位が上だと思われてる節があるんだよねぇ。

なんでだろ?

私を見るとわざわざ近づいてきて、蹴りまでいれてくる奴までいるんだよ。腹立つ。


見た感じ、動物たちの間ではヒルダは多分一番偉い人の扱いだ。

果たして、家畜共の中で、今の私の地位はどのくらいなのか?

知りたいような、知りたくないような……。


「かわいいねぇ」


「ヒルダの方がかわいいよ」


「なにそれ? なんだか口説かれてるみたい」


ヒルダが笑った。

本音だぞ。




「馬はいないの? リディアは乗るでしょう?」


「私が普段使ってるのは軍馬だから。荷駄用のちっこいのなら乗ったりもできるけど、どうする?」


「乗りたい」


即答か。


牧場の人に頼んで一頭、お馬さんを引いてきてもらった。


荷駄用の子は、栗毛の背丈が低くて大人しいけど、パワフルなのだ。

ヒルダはスカートなので私が手綱をとって二人乗りする。

私はズボンだからね。


鞍を乗せなかったので、お尻の座りがむずむずしたらしく、私の背中に張り付いたヒルダはきゃっきゃと声を出して騒いでいた。

彼女が頭を振る度に、長い髪の毛が私の首筋を撫でる。

くすぐったい。

特に背中にやわらかさは感じなかった。


ついでなので乳搾りも体験させてみた。


山羊や羊からお乳をもらうのは私達の大事なお仕事だからね。

腕が多ければ助かるのだ。アルバイトにもいける。


担当してもらうのは、性格が大人しいと評判の山羊子さん。

今年ニ児の母となった女の子。

ヒルダは「生暖かい! 匂いがすごい!」と大騒ぎしながら、きゅっきゅっと意外と良い手つきで山羊の乳を搾っていた。


動物に愛されガールのヒルダだけれど、それがたたって牧羊犬からは執拗に股ぐらを狙われてしまい、必死に逃げ回っていた。



◇◇◇



以上がほのぼのシーンだ。


私はこの時までヒルダのことをか弱いお姫様だと思ってた。


仕草からなにからそれっぽい。

それにヒルダと出会ったとき、彼女は手かせと足かせをされていたからね。

きっとヒルダは囚われのお姫様。なーんて私は思ってたのだ。


甘かった……。


お姫様って代物はもっとしたたかで、しぶとい存在なのだ。

私はそれを思い知らされることになる。


夕方。


この日、ヒルダはたいそうご機嫌だった。


だから、私はすっかり満足して、「いやー、うまくいって良かったな」なんてことを考えてた。


今日もおしまいだ。

最後の予定だった大きな兎の山の中に体ごとうずまりながらヒルダが言う。

兎の毛玉から声がした。


「今日はありがとね。リディア」


「うん」


「私、決めたよ。この国で生きていきたい」


はっきりした声が聞こえた。

やった!


私は嬉しかった。

頑張って励ました甲斐があったなって。


それに本物のお姫様って貴重な人材なのだ。

うちみたいは辺鄙な国に、礼儀作法を教えに来てくれる人なんて居ないから。


礼儀作法なんて、暢気なこと言ってる私が甘かったんだぁ……。


「それでね。リディア……」


ヒルダがころんと私の方に体を向けた。


そしてヒルダは言ったんだ。迷いない、まっすぐな目で。


「私にね、なんか役職くれないかしら?」


ヒルダは笑っていた。

でも、私には言ってる意味が、ちょっとわからないなぁ。


「役、職ってなんのこと……?」


「この国にも官僚とかいるんでしょ。その役職が欲しいの」


「そりゃ、いるけど……」


官僚って言うほどたいしたものじゃない。

元が遊牧民なんだ。

うちの国は、あんまり複雑な仕組みじゃない。


「どうして、そんなことを聞くの?」


「私、この国を豊かにしたいの。私を助けてくれた貴方たちに恩返しをしたい」


「うん、ありがとう」


「それでね、うーんとこの国を豊かにして、それで、私を追いだした王国に、ぎゃふんと言わせてやりたいの! あとついでに私の家族もお願いしたい」


え。

ええええええええ!

リディア目線で、スローライフな話は続きます。

後ろで勝手に国が発展します。

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