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おしゃべりとわたし

「ヒルダ、遊びに来たよ!」


「待ってたわ、リディア! 今日は乗馬の話をしてくれるんでしょ? 楽しみにしてたのよ」


「私も最近習い始めたばっかりだけどね。ヒルダも興味あるの、乗馬?」


「馬に乗れたら、逃げるときとか便利でしょ?」


このお姫様はここから逃げたいのだろうか?

うちから逃げるなら、馬より山羊のほうがお勧めなんだけど……。




ヒルダが私の家ハイランド城に来てから五日が経った。


彼女は毎日一度は私に会いたいと希望を出してくれるので、私もちょくちょくお邪魔している。

最近の彼女は私が顔を出すと、輝く笑顔で迎えてくれるのだ。

会って日も浅いのに、もう名前で呼び合う仲である。


正直、嬉しい。

一番気を許してもらってそうなんだ。へへへ。


あと、実は私、年が近い友達がいなかったので、その意味でも新鮮なのだ。

同性の友達って言うのも悪くない。


私のほうではすっかり仲良しのつもりである。


さてこのヒルダ嬢、これがなかなか、話してみると楽しい女の子であった。

私と山羊達の熱い戦いの物語を目を輝かせて聞いてくれるし、パン焼きの日の賑やかさを語ると自分も行ってみたいと笑ってくれた。


パン焼きって、ご近所産でパン生地持ち寄って窯で焼くんだ。


私、これでちょっと失敗したことがある。

パンにチーズを練り込むと、ちょっと良い風味がつくんだけど、欲張りな私は詰めすぎ過ぎちゃって、他のパンまでチーズ臭くしちゃったのだ。

あの時は、皆からさんざん文句を言われたよ。


でも、ヒルダは「匂いのお裾分けだね」って笑っていた。


いやー、当時の奥様方にも、ヒルダの鷹揚さを分けてあげたいね。


ヒルダはヒルダで、この国の食べ物とか、部屋を飾る布飾りの模様について思ったことを教えてくれた。

食事についてはいろんな料理に使われてるハーブの風味が気になってるらしい。

お肉が美味しく感じられるそうだ。


そこらへんに自生してるので、もしよければお土産にどうぞ。


編み物はお部屋に飾ってあるタペストリーがどう編まれているのか気になってるんだって。


「こっちの地方の女の人は、嫁入りの時に持ってくために編み物をするんでしょう? リディアもなにか作ったりするの」


「聞かないで」


ほんと聞かないで。

嫁入りは半分諦めてるんだ……。

婿を取る、っていうか獲るから大丈夫。


ヒルダは彼女自身のことについても、ぽつぽつと話してくれた。


ヒルダは今年で十八歳。

実家のみんなとは引き離されてしまったけれど、お国にはご両親と兄様がいるそうだ。

家族の話をするときは、楽しげだ。

仲が良いみたい。


お化粧をしていないせいか、その時のヒルダは、なんだかはちょっと幼く見えた。

やっぱりちょっと恋しいのかも。


まだ少し緊張してるみたいだけど、時々ふっと安心したような笑顔を見せてくれると、打ち解けてくれたように思えて、私はそれがとっても嬉しいのだ。



そして、もう一つ。


「私もヒルダと話してるとなんだか、お姫様になれたような気がするんだよねぇ。それが楽しい」


そう、ヒルダはやっぱり本物のお姫様であった。

ヒルダがいるとお部屋の空気が違うのだ。


しかもおしゃべりの最中に限っては、私の視界にいるのはヒルダだけ。

なので、お姫様同士で優雅におしゃべりしている気分になれるのだ。


いやー、これがなかなか楽しい。新感覚だ。


ヒルダはちょっと首を傾げた。


「リディアはもともとお姫様でしょ? この国の王女だって言ってたじゃない」


「うん、まぁそうなんだけど……。私が言いたいのは、地位とか、血統みたいなものじゃなくて、もっとこう本質的なことなんだ。お姫様であるために必要な要素みたいな。持ってる空気とか振る舞いとか。他にも色々だけど」


優美さ。優雅さ。

もっとも私にほど遠い要素の数々である。


私の言葉に、ヒルダの後ろで待機してる私を裏切った侍女達が力強い頷きを返してくれた。


そうか。

やはりお前達もそう思うか。

だからお前ら出てっちゃったんだな……。


しゃんと伸びた背筋、ふんわりと笑う所作、ヒルダの一挙手一投足には確かに気品と雰囲気があった。

決して遅くは無いのだけど、動きが滑らかでよどみが無い。

見ていても気持ちが良いんだ。これが。


私の動きも見ていて気持ちが良いらしいけど、当然意味合いが違うことは自覚してる。


ヒルダなら、うちの古ぼけた木のカップから便所の裏で採れたハーブのお茶を飲んでいても、お姫様に見えるのだ。

一方で、私が木のカップからなにかを飲んでると、場末の酒場で客引きやってる姉ちゃんにしか見えないらしい。

あるいはいっそ、熟練の傭兵のようだと、この前部下からは指摘された。


ちょっと悲しい。

だってもうすぐ、私お年頃なんだもん。


いま、十四歳だからね……。


でろん、とテーブルの上に垂れる。


「私、山暮らししか知らないからさぁ……。でもお姫様には興味があるんだぁ。街に住んでる、本当のご令嬢みたいになりたい」


「うーん、リディアの気持ちはよくわからないけど……。でも、一つだけ言っとくと、お嬢様なんてそんなにいいものじゃないよ」


「それは多分、ヒルダがお嬢様できてるからだよ……」


私がだらしない格好で嘆いてみせると、「一応、気にはされてたんですね」とテレーズが嬉しくも無いつぶやきをくれた。


そうだよ。

一応、私だってちょっとはお猿の自覚あるよ。

ちっとも治らないだけで。




楽しいおしゃべりの間中、私は気になっていることがあった。


ヒルダはお話しの間中、私があげたメリーさんを抱きしめていた。

ずっとだ。


時々抱き上げては、


「この子、ちょっとだけどリディアの匂いがするんだ。とっても安心する」


なんて言ってる。


実は私は、メリーさんの扱いについてそれとなく探りを入れていた。


いや、飽きたら返してもらおうかなって……。

未練がましいけどさ。やっぱり宝物なの。


それでちょくちょく侍女からも話を聞いていたのだけど、どうやら、ヒルダはメリーさんのことをとても気に入ってくれているらしい。


食事中もトイレに行くときもずっと一緒で、眠るときも抱きしめて寝てるんだと。

入浴中も目に届く範囲に置いているというのだから相当だ。


ここまで大事にされると、譲ってあげた甲斐がある。

でもちょっと、メリーさんへの溺愛が心配なのだ。


まぁ、私ももらったばっかりの時は同じ事してた。

でも当時は私、小さかったからね。




それとね。

あと一つ、彼女の台詞で気になることがあったんだ。


今、彼女はメリーさんから私の匂いがすると言った。


実はメリーさん、私の汗と涙と寝よだれでべったべたなのだ。

なにしろ四歳の時からの付き合いだ。

だから寝所を共にしたことも百や二百じゃ効かない。

故に、私の体液が染みついてる。


私、ふと思った。


……もしかしてヒルダが言った匂いって、私のよだれの匂いじゃないかしら?


いや、ちょっと前に洗濯はした。

二ヶ月ぐらい前にちゃんと手洗いはしたんだ。

桶で丸洗いしたんだけど、お湯が真っ黒になったからね。

よく覚えてる。


こんなに汚れちゃってー。

メリーさんはほんと世話が焼けるなーなんて思ってたけど、汚したのは私だ。

ごめんね、メリーさん。


で、流石によだれの匂いを四六時中かがれて、良い匂いがしますなんて言われるのは辛い。

精神的に辛い。

羞恥心がうずいちゃう!


以上の様な理由で、ヒルダにはもう少しだけメリーさん離れをしてもらおうかなって思ったのだ。


万が一の時にぬいぐるみが無くなって大泣きする十八歳とかもあんまり見たくないしねぇ……。


よし!


「ヒルダ。後で外に遊びに行かない? 気分転換におでかけをしよう」


「外に?」


「うん、外に」


不安なとき、あるいは悲しいときや落ち込んだときはお外で体を動かすのが一番だ。

人生の十四年間で培った私の知恵だ。


今、ヒルダはずっと客間の中にいる。

如何に快適でも、お城の中で石造りの壁ばかり見てても気が滅入ってしまうだろう。


「今は春。今日も良い天気だし、太陽を浴びれば元気が出るよ」


「私、元気なく見えるかな?」


「うーん。まだ本調子じゃ無さそうかな」


ヒルダは私の言葉に笑ってから頷いた。


「そうかもね。リディアほどじゃないけど、私も元気が取り柄だったし、もうちょっと元気は出るよ」


「なら見てみたいな。私の場合は元気しか取り柄が無いけどね」


ヒルダは、「そんなこと無いよ。リディアは優しいしかわいいよ」と笑ってくれた。

照れちゃうなぁ。


私のことをかわいいと言ってくれたヒルダのために、私は一肌脱ぐことにした。




さてお姫様を招いてのハイランド観光だ。

我がハイランドの名所といえばどこだろうか。


私は一つの答えを導き出した。


「山、かな。山登りに誘ってみよう」


綺麗な山々と断崖絶壁は我が故郷の名勝である。

眼下には時々白骨死体があったりして、サプライズもバッチリだ。


しかしテレーズは言う。


「どう考えても、ヒルダ様がついてこれません」


「なら、他になにがあるのよ?」


山以外に何にも無いよ、うちの国。

ダメ出しするなら、代案を出したまえよ、代案を。


ここで、侍女さんが意見をくれた。

なんだい、君。

君がヒルダに鞍替えして、今は私の監視に出向いてるってことは知ってるよ。


「リディア様。普通に山羊や羊のお世話でよいのでは? 都会では、傷ついた心を動物との触れ合いで癒やすような催しもあるようですし。ヒルダ様にはちょうど良ろしいかと」


「なるほど」


たしかに、良さそうだ。

すっかり失念してた。


いやね、動物とか言うけど、山羊も羊も私達の日常に同化してるんだ。

奴ら街中、我が物顔で歩いてるのだもの。

道を歩けば羊に出会う。

そこにいるのが当然だから可愛いとは一切思えないし、当然ふれあって楽しいとは思わないのだ。

街中で羊さんのふっくらした毛並みを見ると、「可愛い!」ってよりも、「やべぇ、そろそろうちの子の毛刈らないと……」って気分になるんだ……。

察しろ。


ヒルダも動物は好きらしい。


「もこもこしてる子はかわいいよね。どんな子でもかわいいけど」


なんて言っていた。

ぬいぐるみもだけど、もふもふしてるところにもふっと飛び込みたいそうだ。


うん、楽しそう。


実際やると少し獣臭くて生暖かいけど、それもまた一興だろう。


「なら、城内の牧場に誘ってみようか」


「そうですね。それならお手軽ですし。ヒルダ様をお招きする準備をしておきます」


テレーズが席を立ち城の牧場の世話係にお話しに行ってくれた。



実は我が家はおうちの中に牧場がある。


我らが王城ハイランド城は、動物とのふれあいも完備した強力な防御要塞なのだ。

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