ヒルダとメリーさんとわたし
大泣きする女の子をなんとか宥めてから、私達はお城へと帰還した。
落ち着いてから質問をしたところ、彼女のお名前はヒルデガルド・ハートフェルというそうだ。
お姫様みたいな名前だ。
ご本人の名乗りによると公爵家のご令嬢であるとのこと。
出自もお姫様だ。
でも、国でなにか事情があって、追放されてしまったらしい。
艶やかで豊かな銀髪に小さくて綺麗なお顔。
白磁の肌にはしみ一つ無く、瞳は青玉の輝きである。
見た目も完全無欠のお姫様だ。
私は強力なライバルの出現に打ち震えた。
一応、この時点では、まだ対抗出来る気でいた。
すぐに諦めたけど。
彼女を診てくれた医者が言う。
「少し衰弱しているようです。とりあえずは城の一室にお招きして様子を見ましょう」
このヒルデガルド様、どこからどう見ても高貴な出である様だったので、即座に最上級の待遇が決定した。
粗末な我らがハイランド城の一番マシな客室にお招きする。
部屋はなんとかなったが、まともな女物の服が無かったので、侍女さんの手持ちから一番見栄えがする服を借り受けた。
レンタル料はしっかり取られた。
うちの国民はみんなしっかりしていた。
「それで、どうします。あのお姫様?」
そう、ここからが問題なのだ。
首から「わけありです」って札をさげてる様な女の子だ。
とりあえず連れ帰ったは良いけれど、面倒事の予感がプンプンするよ。
というか面倒事の予感しかしない。
戦闘だと元気な私の部下も、お猿の相手なら余裕の侍女も、みな繊細そうなお姫様の相手などしたことがない。
尻込みしていた。
ただ一人、お姫様大好きな我が父だけは無駄にやる気を見せてたんだけど、こいつを近づけるのが一番まずいのだ。
追い払った。まだ狙ってるみたいだ。
流石にこのタイミングで色目使うことの危険性はわかれよ、お父さん。
そして視線が私に集中した。
まぁ、そうなるよねぇ。
身分的にも……。
「しかたありません、私がお話しします」
あまり大勢で押しかけるとおびえさせてしまうだろう。
私はテレーズだけを伴って、彼女の事情聴取に向かうことにした。
「こんにちは。ワタクシ、リディア・ベルと申します。今日は少しお話しさせて頂きたいノ。お時間よろしいかしら」
私はお姫様の客室で、礼儀正しく挨拶をした。
とりあえずのご機嫌伺い。
しかしなぜかこれだけで、ヒルデガルドにはめっちゃ怯えた顔をされたのだ。
涙目になってぷるぷるされてしまった。
私、かちんときたね。
こっちはちゃんと気を遣ってるのに!
「失礼ね! 私、今、あなたに怯えられる様なことをしたおぼえは無いわ」
「申し訳ありません……! あの、私……!」
ヒルデガルドは泣きそうだった。
こっちも泣きそう。
変にけんか腰になられるのも困るけど、怯えられるのも困るなぁ。
「もぅ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないわ!」
「はい……。申し訳ありません……」
ヒルデガルドは涙ながらに語った。
行くところの無い身なので、どうかここに置いて欲しい。
だがハイランドの人間になにかをお頼む時には必ず対価が必要だと聞いている。
自分に出せる物はなにもないけれど、なんでもしますから、慰み者にするのだけはお許しくださいと。
私は激怒した。
その風聞が、あながち間違ってもいないが故に。
いや、我が領地の通行料は私達にとって大事な食い扶持なのだ。
払えない人間には働いて払ってもらうこともままあるし、金など無いと開き直るような相手なら身ぐるみぐらいは剥いでいる。
それを駄目と言われると生活が立ち行かないのだ。
なにせうちの国、ほとんど小麦取れないからね。
普通に飢え死にするよ。
でも、だ。
我らハイランダーが、奪うばかりの蛮族だなどと思われるのもまた不本意なのだ。
一応、文明人のつもりだ。
そんな一族の気高き姫である私は、弱者に施す度量もまた持ち合わせているのである。
まずはビシッと言わせてもらおう。
「とりあえず、ヒルデガルドだと長いから、ヒルダって呼んでいい?」
「はい、なんなりと」
よし、じゃあ本題だ!
「ヒルダ。あなたの言いたいことはわかりました。ですからこれだけは言っておきます。私達はあなたに無体なことは絶対にしません。大事な客人として遇させてもらうつもりです。ですから、どうぞ我らがハイランドにてごゆるりとお過ごし下さいませ!」
「! ありがとうございます!」
ヒルダはそう言って頭を下げた。
私は肩をそびやかし部屋を出た。
最後の決め台詞などなかなかのものだったのではないだろうか。
「やはりリディア様ではてんで駄目でございました」
そしてテレーズにダメ出しされた私は、ヒルダとの接触を禁止された。
以後は我が国が誇る侍女達が対応することになるそうだ。
うちの国の侍女は数が少ないのだが、そのほとんどが私に仕えてくれている。
彼女達は、お猿よりお姫様のお世話がしたいと、こぞってヒルダ付きのお仕事を志願してくれた。
しかもそれを父が鷹揚に受け入れてくれちゃったのだ。
おかげさまで、私のお付きはテレーズだけになってしまった。
不忠ものどもめ……。
私は悔しさに歯がみしつつ地団駄を踏み、そしてちょっぴり不安になった。
もしかして私の側付きが誰もいなくなっちゃうんじゃないかという不安に。
……テレーズ、テレーズだけは私を見捨てたりしないよね?
「そんな顔をなさらずともようございますよ、お嬢様」
ほんとに?
私が心もちうるうるした目で見つめると、テレーズはにっこり優しく微笑んでくれた。
「私はお給金さえ弾んでいただければそれでよいのですから」
あああ、やっぱりテレーズだ!?
酷いよ! お金目当てかよ!
お父様に言いつけてやる!
お父様! テレーズのお給料上げて! 今すぐに!
ヒルダは消え入りそうなの雰囲気を漂わせていたけれど、幸いと言うべきか生きる気力はあるようだった。
山羊の乳を与えたところ素直に飲んでくれたそうだ。
黒パンもソーセージも豆のスープも普通に食べたとのこと。
でも山羊のチーズは臭すぎてだめだったらしい。
なるほど、そのあたりがお姫様の限界か。
私ほどの悪食というわけでは無いようだけど、意外といけるくちである。
ちょっと意外。
ただ、やっぱり元気は無いとのことで、皆は気を揉んでいた。
私が拗ねて駄々こねたときは、わらのむしろかぶせてほったらかしにしたくせに、ちょっと可愛いからってみんなして甘やかして!
しょうが無いけどさ!
女の子がたった一人きりで、蛮族もどきが巣くう山奥に放り込まれた。
これだけで、もうかわいそうである。
私にだって人の心を思いやる気持ちはあるのだ。
「まずはヒルダに元気になってもらいたいわ。なにが一番喜んでもらえるかしら?」
私の問いに、テレーズは首を傾げつつ応えてくれた。
「見たところ、ヒルデガルド様はたおやかな姫君でしょう。柔らかい物や綺麗な物が良いのではありませんか」
柔らかい物。
それを聞いた時、わたしの脳裏に浮かんだのは、大きな羊のぬいぐるみだった。
私はお姫様だ。
私もお姫様だ。
一応。たおやかとは言いがたいかもしれないけど。
だから、ふかふかしたものやきらきらしたものは大好きである。
そんな私の一番のお気に入りが、その羊のぬいぐるみであった。
その名もメリーさん。
珍しく気を利かせた父が、王国帰りのお土産に買ってきてくれたのだ。
大きさは小さな子供だと一抱えになる頼りがいのあるビッグサイズ。
寝ぼけた様な優しい顔がチャームポイントで、私は本当に大好きなのだ。
メリーさんを見たテレーズは「間抜け面ですわね」と、身も蓋もない感想を言ってくれたけど、そこがいいのである。
優しさとちょっとした情けなさが、私の荒ぶる心を優しく包み込んでくれるのだ。
そんなぬいぐるみのメリーさん。
でもあの子は私の宝物なのだ。
できれば渡したくないな。
他の物で、なんとかならないかしら。
私の手持ちを思い描く。
「うーん。この前拾った鋼鉄製の槍じゃダメ? あの頑丈で強そうなやつ。あれもかっこよかったし、素敵じゃない?」
「逆に、それでいけると判断した理由をお伺いしとうございます」
テレーズから冷徹な駄目だしが飛ぶ。
やっぱだめか……。へこー。
となると他も駄目だ。
前回ヒルダを護送してた騎士が落としていった鉄兜とかで済ませられたら楽だったんだけどな。
まぁ、あれは私も要らない。
なんか臭いし。
メリーさんを見る。
ちょっとしょんぼりした目元。
でもその口元は優しく微笑んでいて、間抜け面がとってもかわいいのだ。
いつもふかふかであったかくって、私の一番の宝物。
惜しいな。
でも、この子なら、傷ついたお姫様の心を優しく慰めてくれるはず。
ぎゅっと最後に抱きしめてから、私はメリーさんを小脇にかかえて立ち上がった。
私はたくさんのものを持ってるんだ。
鋼鉄製の槍とか、剣とか、鉄槌とか、基本ゴツゴツして重たい物を沢山持っている。
だから、この子はヒルダにあげよう。
この子だけは、特別なんだけど。
「ヒルダ。これ、あなたにあげるわ」
それからすぐ。
私は面会予約も取り付けずに、ヒルダの部屋に突撃した。
ヒルダはびっくりした顔をこっちに向けてくれた。
驚かないで。贈り物を持ってきただけだから。
その目の前に私はメリーさんを突き出した。
思い切りは大事だ。
ぐずっていると手放せなくなってしまう。
「え……?」
「え、じゃないわよ。これあげる」
なにきょとんとした顔してるの。
早く受け取って。
「あなた、寂しいんでしょ? この国にひとりぼっちで。この子、私の宝物なの。名前はメリーさんっていうんだけど、辛かったり悲しかったりするときは、私その子を抱きしめて寝るんだ。落ち着くよ。だからあなたにあげる。今のあなたには必要そうだから」
とりあえず言いたいことを並べてみたさ。
これで伝わるだろうか。
伝わっておくれ。
幸いと言うべきか、ヒルダは私が言いたいことを理解してくれた。
彼女に元気になってもらいたいっていう私達の気持ちだ。
私の見ている前でヒルダの顔がくしゃっとゆがむ。
そして彼女は、私の手からメリーさんをふんだくった。
な、なにをする!
私が非難する間もなく、ヒルダはびっくりするようなの勢いでメリーさんの太い首をかき抱いた。
漏れる嗚咽が彼女の肩をふるわせる。
あー、あー。
乱暴にしないでおくれ。
メリーさんの素敵な毛並みが乱れちゃうよ。
はらはらしつつも、私はその場に立ち尽くすばっかりだった。
お部屋にはヒルダのしゃくりあげる声だけが響いていた。
しばらくしてヒルダは顔を上げた。
そして、彼女は震える声で言ってくれた。
「ありがとう、ございます……! 本当にありがとう!」
それからまた、彼女はメリーさんの首元に顔を埋めた。
ヒルダは肩を震わせて、声をあげて泣きだした。
良かった。
一つだけ、わかることがあった。
ヒルダがメリーさんを気に入ってくれたって事。
それだけで十分だ。
私は、くるりときびすを返す。
私はこの時、メリーさんがもう二度と私の元には帰ってこないであろうことを悟ったのだ。
だからここでお別れである。
さよらなら。
私のメリーさん。
元気でね。
私は宝物を譲り、翌日からヒルダはすごい勢いで元気を取り戻した。
思った以上の立ち直りの早さであった。




