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僕を裏切った幼馴染とゲス顧問、二人まとめて地獄に堕とします  作者: ledled


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復讐の女神が、私を地獄から救ってくれた(伊集院美咲視点)

「お母さん、今日のハンバーグ、世界一おいしい!」


テーブルの向かい側で、一人娘の陽菜ひなが満面の笑みを浮かべています。その屈託のない笑顔を見ていると、私の胸に温かいものがじわりと広がっていくのが分かります。アパートは手狭になったけれど、この家に笑い声が響くようになってから、もうすぐ一年が経とうとしていました。


あの日まで、私の人生は「我慢」の連続でした。


夫、伊集院征四郎は、外面だけは完璧な男でした。学校では生徒想いの人気教師。近所では愛想のいい優しい旦那様。しかし、家のドアを閉めた瞬間、彼は冷酷で自己中心的な暴君へと変わりました。


私の作る料理に文句をつけ、掃除の仕方にケチをつけ、そして何より私を苦しめたのは、絶えず繰り返される金銭の無心でした。「車のローンが」「付き合いで金が要る」……。理由をつけては私のパート代や、私の両親から譲り受けたわずかな貯金にまで手を出しました。


そして、娘の陽菜に対する態度は、冷淡そのものでした。陽菜が学校での出来事を一生懸命話しても、彼はスマホから目を離さずに気のない返事をするだけ。運動会や授業参観に来てくれたことなど、一度もありません。それでも、陽菜は「お父さん、お仕事忙しいから」と、健気にも父親を庇っていました。


何度、離婚を考えたことでしょう。しかし、私には決定的な証拠がありませんでした。外面のいい夫のことです。私が「モラハラだ」と訴えても、世間はきっと彼の味方をするでしょう。それに、まだ小学生の陽菜から父親を奪うことへの躊躇もありました。私は、ただ耐えるしかありませんでした。この息の詰まるような毎日が、死ぬまで続くのだと、諦めかけていました。


そんな私の元に、一通のメールが届いたのは、ある冬の夜のことでした。


差出人は、匿名。件名は、『ご主人の裏切りについて』。心臓が、嫌な音を立てて跳ねました。震える指でメールを開くと、そこにはオンラインストレージのURLと、「パスワードは娘さんの名前です」という一文だけが記されていました。


祈るような気持ちで、PCに『ひな』と打ち込む。表示されたフォルダの中には、私の想像を絶する地獄が広がっていました。


夫が、まだあどけない女子生徒とラブホテルに出入りする動画。

車の中で、卑猥な言葉を交わしながら、その生徒を愛撫する音声。

「妻とはもう終わっている」「離婚するつもりだ」――私と陽菜を裏切る、甘い嘘の数々。


吐き気と怒りで、全身が震えました。涙が溢れて止まりません。しかし、それは悲しみの涙ではありませんでした。長年、私を苦しめてきた男の化けの皮が、ようやく剥がれたことへの安堵。そして、これでやっと、この地獄から抜け出せるという、歓喜の涙でした。


メールの最後には、こう書かれていました。


『慰謝料請求の際にお役立てください。ご主人には近日中に、然るべき社会的制裁が下ります』


差出人が誰なのかは分かりません。夫に裏切られた、別の女性でしょうか。あるいは、正義感の強い、誰かでしょうか。私には、この匿名の差出人が、まるで私を救うために現れた「復讐の女神」のように思えました。


その数日後、メールの予告通り、夫はすべてを失いました。学校を懲戒免職になり、マスコミに追われ、社会的地位も名誉も地に堕ちたのです。


憔悴しきって家に帰ってきた夫に、私は、女神から授かった証拠の数々と、弁護士に作成してもらった離婚届、そして彼の退職金と財産のすべてを要求する慰謝料請求書を、静かに突きつけました。


「な……なんで、お前がこれを……」


愕然とする夫の顔には、もはや何の感情も湧きませんでした。彼はもう、私の夫でも、陽菜の父親でもありません。ただの、汚らわしい裏切り者です。


「あなたとは、今日で終わりです。陽菜にも、もう二度と会わないでください」


抵抗しようとする彼を、私は雇った弁護士と、駆けつけてくれた私の両親と共に、家から追い出しました。娘の人生に、こんな汚物が関わることは、もう二度と許さない。


離婚は、驚くほどスムーズに進みました。圧倒的な証拠の前では、夫に抵抗する術はなかったのです。私は、彼の財産のほとんどを慰謝料として受け取り、陽菜を連れて、長年住み慣れたあの家を出ました。


新しい生活は、決して楽ではありません。それでも、あの息の詰まるような家で暮らしていた頃に比べれば、天国そのものでした。何より、陽菜の笑顔が増えたことが、私にとって最大の喜びです。父親の不在を悲しむかと思いきや、陽菜は「お母さんと二人の方が、ずっと楽しい!」と言ってくれました。あの子もまた、あの家で我慢を続けていたのでしょう。


今でも時々、ふと考えます。あのメールを送ってくれた「復讐の女神」は、一体誰だったのだろう、と。その正体が、夫が弄んだ女子生徒の、まだ高校生の恋人だったということを知ったのは、ずいぶん後になってからのことでした。


彼もまた、夫によって人生をめちゃくちゃにされた、一人の被害者だったのです。彼がどんな思いで、あの膨大な証拠を集め、復讐を計画したのか。想像するだけで、胸が痛みます。


彼が、私たち親子を救うためにメールを送ってくれたのか、それとも、ただ彼の復讐計画の一部として、私を利用しただけなのか。真実は分かりません。でも、どちらでもいいのです。結果として、私たちは救われた。それだけが、紛れもない事実なのですから。


彼には、幸せになってほしい。心から、そう思います。彼が背負った傷が、いつか癒え、新しい人生を歩んでくれることを、遠い空の下から祈っています。


「お母さん、デザートのアイス、食べてもいい?」


陽菜の声に、私は思考の海から引き戻されます。


「もちろんよ。一緒に食べましょうか」


「やったー!」


小さなアパートに響く、娘の明るい声。このささやかな幸せを守るためなら、私はなんだってできる。そう、強く思いました。


私を地獄から救ってくれた、顔も知らない若い復讐者へ。

本当に、ありがとう。あなたの未来に、幸多からんことを。

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