エピローグ その2 (第一部終わり)
「と言うことはネネル様……我々を裏切る……と?」
彼女は枯れ木の問いかけに、僅かに首を横に振る。
「裏切るもなにも、好きか嫌いの二択だ。私はそこでしか物を見ないしな」
「つまり、私のことは……」
「だから、言わんでも分かるだろ? マシャンヴァルにヴェールと言う盲いたケモノビトが来た時、陰で姉上と共に私への悪態を散々吹聴してまわった奴はどこの誰だ?」
「そ、それは……」
枯れ木が彼女の元から離れようと、じりじり後ずさる。
「それにラッシュのことだがな……彼は『黒衣の狼』の末裔であると言うことも加えておく。つまりは……」
「な……それはまことですか⁉︎ それが真実ならば、やはり奴を我がマシャンヴァルに……!」
だが彼女は、ナシャガルの言葉には耳を貸さず、なおも続けた。
「この奇跡……ラッシュにはものすごい運命の力を感じるのだ。マシャンヴァルの、いやこの世界にとって絶対に必要とされる存在に。だから私はもっと見ていたいんだ」
ベッドから起き上がり、彼女は窓を大きく開け放った。
肌寒さを増した夜風の先に見えるほのかな街の灯火。それはラッシュたちの住むマルゼリの街。
「ラッシュの……あの獣人傭兵の生き様を」
「ならばネネル様、ぜひとも私に新たな身体を与えてください! もはや裏切ることは絶対致しません。どうかあなたのお側に……って、ちょぉぉぉぉぉぉ!」
ベッドの端で落ちまいと必死にもがく枯れ木を、彼女はまるでゴミを拾うかのように指でつまみとった。
「ナシャガル、さっきも話したよな?」
「いや、ですからその、一生ネネル様に着いてゆきますとも! 心を入れ替えますから、ぜひとも血を一滴だけでも分け与えて貰えませぬか……!」
「……私は、私の『好き』で全てを決めると言ったよな?」
「つ、つまり私は……」
つまんだその指は、窓の隣にある大きな花瓶へと向かった。姫の心を少しでも華やかにするようにと、毎日色とりどりの花が溢れるように生けられる、その花瓶へ。
そんなナシャガルの命乞いに、彼女の唇が声を発することなくゆっくり動いた。
ーダ イ キ ラ イーと。
その直後、指先から解き放たれたナシャガルの身体は真っ逆さまに……花瓶の中へと、落ちた。
「たすけてええええええええ……!」
満たされた水の中で、小さな悲鳴と共にジュッと何かが蒸発する音が聞こえた。
同時に花瓶に生けられた花たちは、瞬く間にその花弁を黒く染め、崩れ落ちるかのように全て枯れ落ちていった。
「姫様、どうなされましたか!? なにか声が聞こえてきましたが!」
薄暗がりの中、数人の侍女たちが部屋へと駆け込んできた。
「ああすまん、花がすべて枯れておったのでな。見苦しいので早く捨ててくれぬか」
そんなナシャガルの骸の溶けた花瓶を横目に、彼女はまた一人、窓へと向き直った。
その口元には、わずかな笑みが。
「ラッシュ……ディナレの子にして黒衣の血を引くケモノビトか……。ますます面白くなってきたじゃないか」
勢いを乗せた風が、ぶわっと彼女の金の髪を激しく揺らす。
「好きというこの気持ち……抑えられぬ!」
第一部 終わり
お読みいただきましてありがとうございます。
とりあえずこれで第一部を締めさせていただきます。
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