対決 その3
身体中の骨がみしみしと軋みをあげる、俺の力をもってしても引きちぎることはおろか、身動き一つできない。
「やべえ、これ本気で死ぬんじゃ……」脳裏にちょっぴりそんな言葉が浮かんだ時だった。
圧が、突然消えた。
巻きついた手足をを見てみると、なぜか途中から切れていた……。ってことは、これ、落ちるんじゃ……ってオイ!
それほど高くはなかったのだが、思いっきり落ちた。おまけに受け身も取れなかったから、尻から、そして尻尾を思いっきり打った。
痛む腰をさすりながらドールの方に向き直ると、あいつはちぎれた両腕から何やら白い煙を吹き出している。
「早く離れて!」女の声だ、それも聞いたことのある。
俺は言われるがままに大急ぎで大広間の入り口へ駆け戻った。そう、ルースのいるところへ……作戦立て直しだ。
「ラッシュ、大丈夫!?」出迎えてくれたのはルースではなく、ジールだった。
そっか、さっき助けてくれたのはお前だったのか……助かったぜ。
あんまり大丈夫じゃない……が、今はそんなこと言ってる暇はない。
「あいつの足元見て、わかる?」ジールが指差す方向に目を向けた。
よくみると……ドールの足元には根のようなものが生えていて、広間の床にがっちり食い込んでいる。
「あいつ、もうあそこから動くことはできないみたい。けど死体とか取り込んで徐々に身体は大きくなっている……早めに始末しないと」
「この城も、いつかは奴に食われちまうってことか」そういうこと、とジールは軽くうなづいた。
でもさっき戦った通り、奴のそばに近づくのも至難の技だし、おまけに表皮は剣も通さない。鉄のように硬いときている。いったいどうやったらあの身体を傷つけることができるんだ……
「そこで、この薬です」ジールと俺との間にルースが割り込んできた。
「なんだこれ?」ルースの掌に収まるほどの小さな瓶の中には、水のように澄んだ液体が。つーか水……?
でもって俺はつい、いつもの習慣でその液体の匂いを嗅いで……
って、めっちゃくせええええええええ! !!
おまけに鼻の奥から喉を通って胸の奥にまで突き刺さる刺激的なやばい臭さ!
「ああああもう、言わんこっちゃない……これ強酸なんです! 匂い嗅いじゃダメって言おうとしたのに……!」ゲホゲホ激しくむせる俺を見て、ルースは呆れながら言った。
「まったく……ラッシュより臭いよね……で、これをどう使うの?」
ジール、お前一言余計だ。
「奴の身体に瓶に入ったこいつをぶつけるんです。ちょっとでも酸がつけば、そこから表皮を溶かしてくれるはず。そうしたら……」
長いので要約すると、今のドールの身体は皮膚が変化したものらしい。つまりこの臭い水(名前忘れた)をぶっかければ、奴の本体……恐らくは核の部分が現れるだろうというんだ。
「核……奴の心臓を成してる部分です。そいつを刺すなり斬るなりすればあいつは死ぬでしょう」
「死ぬって……奴を助けることはできねえのか?」俺の言葉に、ルースは首を左右に振った。
「いいですかラッシュさん、あれはもはやドール騎士団長なんかじゃありません。マシャンヴァルの手下が彼を殺して、なりすましていたのです……僕とジールは、このリオネング城に潜伏した連中を秘密裏に探し続けてきました。決定的な証拠をつかみたかったので」
ルースは俺に説明するかたわら、器用に二個三個と同様の臭い水を作っていった。
「大臣に化けた奴をとらえて尋問したところ、この城には同じようにリオネングの高官に化けたマシャンバルのスパイが10人ほど潜んでいることを聞き出すことができました」
「で、そいつらはどうしたんだ?」
「まあ、この手の連中はそれ以上口を割らないし、このまま生かしとくのも面倒なんですぐ殺したけどね」
ジールはあっさりと言い放った。
「でも、10人程度じゃなかったんです……そのうちの一人がドール騎士団長だったんです」
「どうやって分かったんだ? 見た目じゃ判断できねえだろ」そうだ。俺だって初対面とはいえドールがそんな状態だったとは全く分からなかったし。ルースとジールはどうやって見分けられたんだ?
「えっと……ですね。非常に言いにくいかもしれませんが、あいつら、独特の死臭にも似た嫌な臭いがしてくるんです。それを大量の香水でごまかしたりとかして、違和感が増してくるんですよ。それと妙にぎこちない動きとか、首の動きと合わない視線とかもありますが、でもやっぱり一番の決め手は臭いですね……ある意味、僕らは獣人だから、人間と違って鼻の感覚が鋭敏なので分かったのかも知れません。でも鼻が鈍いラッシュさんには無理かもしれませんが」
うん、やっぱりルースだこいつ。めっちゃ早口で、オマケに一言多いところなんて誰がどう見てもルースだ。
こいつの首もあり得ない方向へ殴って変えたい気持ちをぐっと抑え、俺はルースの説明を聞いた。
「私がいま作った薬。これでとにかく一撃でいいからあいつに傷を負わせてください」
とりあえずルースの手持ちの薬をかき集めて完成した薬が3つ。そのうち2つはジールが、残り1つは俺が。ということになった。
「分かるでしょラッシュ。真正面から挑んでも奴には敵わないってこと」
ジールの言いたいことは分かるが、どういう作戦で行くんだ?
「と言ってもあんたには小細工なんて無理だし、さっきと同じように真正面からどうにかして。私が奴のスキをみてこいつをぶつけるから」
俺は頑強かつ馬鹿力。でもってジールは素早さと手数。二人で挑めばどうにかなるよ、だとさ。
しかしさっきの戦いで俺はもってた武器をダメにしちまったし……素手じゃどうにもならねえぞ。
「ありますよ、いい剣が」ルースが俺に差し出したそれ……は。
「やめろぉぉぉぉお! 僕の家宝の剣にさわるなぁぁぁぁあ!」忘れてた、このヘタレ野郎まだいたんだ。つーか目が覚めてたとはな。
「さあ、ラッシュさん急いで!」
振り返るとジールはもうその場にはいなかった。先回りする気か。
「僕の! ぼくの大事な剣をかえせぇぇぇぇえ!!」
ガキのようにうろたえるザイレンを尻目に、俺は今一度バケモノが生えている大広間へとドアを蹴破って入った。




