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獣人傭兵物語 ーいかにしてこの無知なる傭兵は獣人〈けものびと〉の王たり得ることができたのかー  作者: べあうるふ
囚われのラッシュ

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奇蹟

 地面に膝をついたロレンタは、小さな声で何かを唱えはじめた。

 何してんだお前。と俺は聞きたかったんだが「姉さん……いや、シスターは鎮めているのです。今は静かに見守っていてください」と、隣にいたアスティが制してきた。

 しずめる……っていったいなんなんだ? まあとりあえず話しかけずに見てろってことか。

 そんなことを思っているうちに、アスティの方も何やら唱え出したし……そっか、こいつもディナレ教だったっけか。

 ほどなくして、また太陽がまぶしく照ってきた……いや、陽の光だけじゃない。霧が消えてきているんだ! あれほど濃く立ち込めていた霧が……!

 

「霧が、消えた...…」瞬く間に霧が晴れ、自分たちの立っていた場所が……そう、思い出した。俺が唯一死にかけたマルデの戦場。

 あれから何年経ったのだろう。荒れ果てた大地は全く変っちゃいない。

「15年前、ここで大きな戦いがありました」

「ああ、マルデの攻城戦だ……俺もここにいたからな」祈りを終えたロレンタが、寂しげな声で俺に話した。

「ええ、我々の住むリオネング、そして敵対するオコニド。双方合わせて何万もの人たちが、この地で帰らぬ人となりました」

 いまだに雑草すら生えていない。見渡すとまだ地面には朽ちた矢や錆び付いた鎧の残骸があちこちに散らばっていた。

「そんな不毛な争いを一刻も早く終わらせたかったのでしょう。ディナレ様はこの地に光り輝く姿で現れてくださったのです」

 それが歴史書に残るル=マルデの聖女降臨ですとアスティは俺に教えてくれた。っつーてもおれは歴史なんてこれっぽっちも勉強してなかったが。

「以前、わたしの夢枕にディナレ様が現れたのです。そして伝えてくれました。近いうちに私の志を継ぐものがここに来るでしょう。その者と共にル=マルデに赴き、亡き人の魂を鎮めるのです……と」

「それが俺だってことか?」ロレンタはコクリと、だが力強くうなづいた。

 

 陽光を拝めてホッとしたのか、俺の身体も一気に疲れが押し寄せてきた。そういや一睡もしてなかったからな……なんてドッと仰向けに倒れ込む。

「祈りとあなたの力で、このル=マルデの地をさまよっていた人達の魂と、無念の思いを天に帰すことができました。この霧こそが……って、ラッシュ様、ひどいケガをされてるではないですか!」

 ああ、すっかり忘れてた。ゲイルの野郎に頭を思いっきり殴られたんだっけか。

「大したことねえよ、こんなの放っておいたって治るわ」

「いけません!!」彼女の頑とした言葉に、俺もアスティも背筋がピンと伸びてしまった。

「……コホン、ラッシュ様」

「え、何だよ一体?」

「あなた様がまだ疑うというのなら……いま一度確かめてみていいですか?」

 まだなんか証明するやり口があるのか。嫌々ながらも俺は承諾したけど。

「しばらく動かないでください」

 ロレンタは腰に下げていた水筒の水で血に汚れた傷口をきれいにすると、今度は両の手のひらをかぶせ、また小さくなにかを唱えはじめた。

 この者の負いし傷をナントカって言ってるのはとりあえず分かった。

 すると……

 不思議だ。夏の暑い日差しを一点に受けているかのように、傷口がだんだんと暖か……いや、カッカするくらい熱くなってきた。

 それがしばらく続いただろうか。

「もう、大丈夫です」小さくロレンタはささやいた。

 めっちゃ熱かった傷口をさわってみる。

 

 ……無い。

 左目の上辺り、殴られてザックリ切った傷が跡形もなく消えている。あれほど深かった傷が、痛みとともに!

 そう、まるでそんなものは無かったかのように……だ。

「ディナレ様の癒しの力を分けてもらいました」ロレンタが微笑みと共に俺に向けた。

「癒しの力……?」

「ええ、でも普通の人には伝わりません。あくまでディナレ様を心に信じる想いを持っている者だけが、この力の恩恵にあずかれるのです」

「するってぇと……俺は……」

 

「そこから先はラッシュ様が見つけて下さい」

 ロレンタは朝日を背にすっくと立ち上がった。

 ああ……なんだろう、こんな光景、以前ここで見た気がする。

 

 俺がマルデであの時見た……

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