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獣人傭兵物語 ーいかにしてこの無知なる傭兵は獣人〈けものびと〉の王たり得ることができたのかー  作者: べあうるふ
囚われのラッシュ

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聖女とは

 ロレンタのその言葉に面食らったのか、ゲイルは呆然とした顔で彼女を見つめている。

「あ、あのなお嬢さん、聖女の意味、分かって言ってる……?」

「ええ、もちろん分かっていますとも。ラッシュ様はディナレ様の後を継ぐ存在……そう、生まれ変わりなのです。つまりこの世界を救うために生を受けたのです。そして私はディナレ教のシスターとしてあのお方を……ラッシュ様の全てをこの目で見届けたく……」

「いや、だから聖女って意味、分かる?」

「あなたこそラッシュ様の真の姿に気づいてないではありませんか! あの方のお顔を、鼻面をよくご覧になってください。あそこに刻まれた十字傷……あれこそが狼聖女ディナレたる証。すべての罪を自らのお顔に刻みこん……」


 なんか全ッ然会話が噛み合ってない。

 ロレンタもロレンタでなんか天然ボケしてそうだし。

「だーかーらー!いいかよく聞け!こいつは、ラッシュは男だ! 正真正銘オトコなんだよ! つまりはディナレの生まれ変わりの聖女なんかじゃねえんだ。この傷は戦いで負傷した痕だ! お前の言ってることは最初っから間違いだらけなんだよ、分かったか!」

 二人の口論を聞いてて頭が痛くなってきた。一応敵でありながら俺のことをよく知ってるじゃねえか。ゲイル。そこんトコだけは感謝する。


 聖女って用は聖なる女性のこと指すんだろ。それなら俺には全く関係のないことだ。だけど……ディナレのいきさつが妙に心の隅に引っかかる。

 あの夢。ときおり襲う謎の鼻面の痛み、そしてここ、マルデに偶然にも来てしまったこと。

 偶然とはいえ、あまりにも全てが重なり過ぎている。彼女の言葉を借りるなら……これらは全部ディナレの導きってやつなのだろうか。

 いや、考えるのは後だ、とりあえずこのバカげた口論の間に俺は気づかれぬようゆっくり縄を引きちぎった、お次は彼女だが……

「オイこら女! いいかげんにしろ! なんだったらその減らず口からまず黙らせてやる!」

 ゲイルが横目でオコニド兵に合図を送った。やべえ、マジで殺す気か!

 ………………

 …………

 しかし奴はぴくりとも動くことはなく、その手からはナイフがぽとりと、力なく落ちた。

 よく見ると額には、深々と矢が突き刺さっている。

「な……まだ生き残りがいたのか!」動揺するゲイル。

 アスティだ! よかった、あいつは無事だったのか。

 ゲイルの意識が俺から離れた瞬間を狙い、俺は縄を解いた。

そして……まずはそのムカつく顔に一発パンチを見舞ってやった。さっき殴られたお返しも含めて。

「ぶぐはぁ!」

 吹っ飛ばされたゲイルは、だらだら流れる鼻血を押さえながら俺に言ってきた。

「ひゃ……何故殴るんだよラッヒュ! 」

 お前の言う計画は最高だということはわかったさ。だけど俺は……今の俺には俺の姿が俺にとって一番最高の俺なんだ。

 だけど説明するのはややこしいだけだし、とりあえずいつも通りこの浮かれ調子のバカを殴って黙らせたかった。

「ああ、おめーのその顔、気に食わねえんだ」

「ななななんでだよおおお! これから俺は完全な人間になれるんだ! 今まで俺たち獣人を見下してた人間にだぞ! お前にだってそのチャンスを与えたかったのに、なんでその誘いを断るんだ!」ゲイルがうろたえながら俺に詰め寄ってきた。

「で、人間になったらなったで、俺ら獣人を見下す立場になるってことか?」

「え……?」ゲイルの目が呆然と、大きく見開かれた。

やっぱりな。その先のことは一切考えてないってことだ。

「そういうのって弱いモンの考えじゃねえのか? 差別されたからって、今度は差別する側になる。お前自身が強くなれなかったからそういう考えになるんじゃないかなって……だろ?」

その言葉に、もはやゲイルは答えることができなかった。

「ゲイル、お前はいい傭兵仲間でいられると思ったんだけどな……だけど、それももう昔の話だ。身も心も最低の奴に成り下がっちまったな」

 そうだ。俺にはマシャンバルだの人間になれるだのなんて正直どうでもいい。明日のことなんて明日に考えればいい。今までそうやって生きてきたんだし。

「ぐ……そ、クソクソクソクソォォォォォォ!!! もうお前なんか絶交だ! 友達でも仲間でもなんでもねえ!」

 ゲイルは廃屋の壁に立てかけてあった斧を取り、俺に振りかぶってきた。

 え、それどっかで見たことある……って俺の斧じゃねえか! 殴られて気絶してる間に持ってったのか! ってオイ!

「死ねやぁ!!」


直後、ヒュッと俺の耳元をかすめるなにかの音が。

「えがぁあ!!!」ゲイルの悲鳴とともに、その左目には矢が突き刺さっていた。

「ラッシュさん! 大丈夫ですか⁉」背後からアスティの声が。

「な、んで……なんでお前……」

 目を貫いたが、まだ致命傷にまでは至ってないようだ。力なく俺の斧がゴトリと落ちた。

「とっとと消えろゲイル……二度と俺の前に来るんじゃねえぞ」

 一応仲間とは言ってはおいたが、もはやそれ以下の存在でもない。しかしそうは言っても、同族を殺したくはなかった。

 それは、唯一の俺の良心かもしれない。

「そんな気持ち悪い姿、もう見たくないからな……」

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