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獣人傭兵物語 ーいかにしてこの無知なる傭兵は獣人〈けものびと〉の王たり得ることができたのかー  作者: べあうるふ
真実

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高揚感

 さて……と。

 結局、襲撃から逃れることができたのは俺たち三人だけだったようだ。

 一台は崖の下。まあ絶対に助からない高さだっていうのは見ても明らかだった。そして残り一台は……俺らの後方で、ものの見事に黒い炭となっていた。


 そしてさらなる問題。俺はともかくとして、運よく生き残ったこの二人だが、これから先、役に立ってくれるかどうかだ。


「アスティ、今までに実戦でやった経験はあんのか?」

「に、二か月くらい前にサガン地方でキャラバンの護衛をした、だけ……です」疲れたのか、地べたにへたり込んだまま、アスティは消え入りそうな声で話した。

「人を殺したことは?」

「と、飛びかかってきた奴を一人と、それと偶然打った矢に当たっちゃったのと、二人……です」


 誰も殺したことがないなら考えもんだった。こういう気弱なのは、初めて人を殺す事に対して精神的なショックやパニックを引き起こす場合もあるから注意しなきゃならないしな。

アスティは……まあ、一応合格ってとこか。

しかし今は違う。孤立無援の状況下で、おまけに相手は奇襲もほぼ成功した手練れの集団。さらにどのくらいの人数が潜んでいるかも俺は把握できていない。

 二人の戦い慣れしていない人間を連れての危機的状況……圧倒的不利ってやつだ。こんなの俺の今までの人生でも初めてだ。


 そう、アスティとロレンタはこんな場所に残していくわけにもいかないし……困った。

 よし、まずは場所をチェックだ。

 星明りを頼りに周りを見渡すと、右手側には小高い山、さらには背の高い木が所狭しと生えているちょっとした森だ。奴らはここに身を潜めて、俺たちが来るのを待ち構えていたってことだな。

 とりあえず俺たち三人が身を隠せそうな大岩があったので、そこで作戦会議だ。

 ……とはいっても、やることはシンプルそのもの。


「おそらくこの山の上に、俺たちを襲った連中がまだいるはずだ」

「え……分かるんですか、ラッシュさん」

「ああ、残った馬車は俺たちのだけ。中に生き残りがいないかどうか、絶対奴らは確かめに来るさ、そこを待ち伏せて捕まえる」

 あとは簡単そのもの。そいつに聞いて連中のアジトまで行って、全員ブッ叩くってやり方だ。もし奴らが口を割らなければ、まあそれはそれで構わない。俺の長年培ったカンと嗅覚でどうにかなる。だが……

「アスティ、ロレンタ。お前たち二人はここで待ってろ。やるのは俺一人で十分だ」

「え、ラッシュさん……僕も一緒に連れて行ってください! 援護だってやれます、一人じゃ危険ですよ!」

 よしよし。思った通りのかわいい答えだ。

「じゃあロレンタに聞くが、お前は何の目的でついてきたんだ?」

 ちょっとした薄手の革鎧を身につけてはいるが、こっちはアスティとは違い、なにも武器を持ってない……そう、丸腰だ。

「……ごめんなさいラッシュ様。今はそれには答えられません」目を伏せて彼女は答えた。

 そういうことか。ロレンタはどうやら戦力として来たんじゃない。

「ということだ、俺はお前たち二人の死体を持って帰りたくはねえんだ。だからロレンタを守るためにおとなしくここに残ってろ」

 アスティは無言でうなづいた。よかった、それでこそ俺のファンってもんだ。

 

 と、そんな会話をしていると、馬車の方から何やらガサゴソと物音がし始めた。

 俺の方も忍び足でそっと……

 大当たりだ。小さな影が二つ、半壊した馬車の中をあちこち調べている。

 背中の斧を抜くまでもない。まず近くにいる奴の背後をとって、そのまま首根っこを一回転。呻き声を出す間もなく逝った。

 そして二人目……

「オ、オマエ……!」あえて相手に気づかせておき、その顔面にパンチを見舞う。でもって地面に叩き伏せる。


「おい貴様、どこの部隊だ……」「くたばれリオネングの獣人!」と、質問に答えることもなく、小さな影は血と泥の混じった唾を俺に吐きかけた。

「ああそうかい」ならばと俺は続けざまにパンチをもう一発。とりあえずは捕虜として……いや、帰れた時に証拠としてこいつくらいは生きて残しておかないとな。

 ってことで、失神したそいつをそばにあったロープでぐるぐる巻きに。

 

 それを見ていたアスティが、なにやら神妙な面持ちで俺に聞いてきた。

「な、なんかこいつ……人間じゃないみたいですね」

 そういわれてハッと気づいた。まるで暗闇に溶け込みそうなほどの青白い肌。不釣り合いに長い手足。

 そして、満月のように丸く大きく、黄色く光った目。


 ……そうだ、俺は以前こいつを見たことがある!

 忘れるもんか、初めてチビと出会った日のこと、仲間の一人を殺して、さらにはジールを襲って(返り討ちにしたけど)きたあの怪物だ!

「ラッシュさん……聞いてます?」

 アスティの声で我に返った。やべえやべえ。


 さて、と。あちらさんの数がどれほどかは全く分からないが、とにかくこの青白い肌の人間モドキを全部始末するだけだ。

 あとは……そうだな、最初に上の連中から言われた仕事内容もどうにかしなきゃな。ほとんど忘れちまったけど。


 空に瞬く星の位置から時間を推測して……夜が明けてくるころにアスティたちの目が慣れたあたりに、それでも俺が戻ってこなかったら、山の上まで来て確認してくれと、念のため伝えておいた。

 

 この気持ち悪いくらいに大きく黄色い目のおかげか知らんが、連中はこんな真夜中でも明かりなしに自由に動けるみたいだ。

 だがそれは逆に弱点ともなる。

 きっと明るくなったら逆にまぶしくて動きが鈍るか、どこかへ逃げちまうだろうから。

 アスティは俺の作戦内容にこくりと小さくうなづき「了解です」と一言告げた。

 

 ロレンタは……というと、いきなり俺の手をぎゅっと握り、また何やら小さな声でささやいていた。なんかこいつの行動を見てると調子狂わされるな……

「ご無事で、ラッシュ様」


 彼女の言葉を背に、俺は木の生い茂る山をダッシュで上った。

 走りつつ耳を澄ます。明らかに足音や風の音とは違う多数の何かの存在を感じさせる気配が、俺を徐々に包囲しつつあるのが感じられた。

 木の上から、岩陰から、そして草むらから。

 でも、不思議と俺の胸の中は愉しさに弾んでいた。


 そう、久しぶりの戦いだからだ。

 抑えきれないワクワク感に、俺は軽く舌なめずりをした。


 背中に背負った大斧を引き抜く……さあて、どこから襲ってくるのか。

「久しぶりだぜ……なあ、おい」そんな言葉が、無意識に俺の口から漏れていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 危機的状況でも楽しく思ってしまうのは、まさに戦闘狂ですね(*^^*)
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