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獣人傭兵物語 ーいかにしてこの無知なる傭兵は獣人〈けものびと〉の王たり得ることができたのかー  作者: べあうるふ
トガリのこと。

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トガリのこと その2

 そう……ここからが大変だった。

 数百年に一度巻き起こると言われている大砂嵐に、僕は運悪く……いや、結局はそれも運命に導かれたのかな。

 それも家出した翌日に遭ってしまった。しっかり握りしめていたお守り以外、水も食料も飛ばされてしまい、おまけに陽の光から身を隠す場所すらないところを延々と歩き続けたものだから、僕は砂漠のど真ん中で行き倒れてしまったんだ。


 次に気がついた時、僕は馬の背に揺られていた。そう、それがガンデさん……ううん、おやっさんとの出会いだった。

 けど困ったことに、おやっさんは僕らアラハスのことを全く知らなかったんだ。この僕の鋭い手の爪を見て「強そうなやつ」だと思って拾ってくれたらしい。

 僕は連れて行かれた彼のギルドの一室で、必死に説明をした。だけど「おめー、もうちょっと落ち着いて話せねーのか?」の一点張りだったよ。


 アラハスを知らない人にアラハスの説明をする……これほど難しいと思ったことはなかった。

 どうにも困り果ててしまったそんな時だった。

 突然僕の後ろのドアが勢い良くドン! って開いたんだ。そこに立っていた姿……最初にそれを見た時、伝説の泥の怪物でも現れたんじゃないかって、本気で思った。


 僕の背丈の倍以上の岩みたいな身体に、大量にこびり付いた血のり。

 

 丸太のような腕や背中のいたるところに刺さった無数の矢。

 

 そして、鼻面には白い十字の傷。


 それが、僕とラッシュとの初めての出会いだった。


 あいつは……うん、この時は疲れきっていたみたい。すごく気だるそうなしゃべりだったし眠そうな目をしてたしね。

 ようやく僕の方を向くと一言つぶやいたんだ。


「なんだこれ?」って。


 ちょっと! 「こいつ誰だ?」ならばまだ分かるけど、なんだはないだろ! 僕はモノじゃないんだから! ……って言いたかったけど、あいにく僕はその血と泥で汚れたモップのようなあいつにすっかり怯えていて、口からは何も出てはくれなかった。

 でもおやっさんもおやっさんだ。返した言葉が「出先で拾ってきたんだ、使えそうだと思ってな」だって。ひどい言われようだ。でも、おやっさんには命を救ってもらった恩義はある。アラハスは受けた恩は忘れない。ましてやそれが命にかかわるものなら絶対にだ。そう、一生ね。

 だけど、僕は戦いなんて全くしたことがない。しかも全然言ってることを聞いちゃくれないし……本当に困った。

 なんて思っている時だった。

 突然ラッシュは僕の前の床にどん! と勢い良く座ってきたんだ。

 なんでいきなり? 目の前に椅子があるのに。しかも背中向けてさ。

「ちょうどいいや、これ、抜くの手伝え」

 ずれていたメガネを直してよく見ると、ラッシュの肩口には何本もの矢が刺さっている。


 ふっと、気が遠くなった。


 刺さっているとは言ってもそれほど深くはなさそう。だけど、その……

「ここんとこの一本、こいつだけ俺じゃ手が届かねえんだ、頼むわ」と言ってラッシュは、左肩に刺さっている矢を親指で指した。

 僕が躊躇している間に、あいつは他の部分に刺さっている矢を引き抜いている。

 案の定、抜いた屋の先には血がべっとり……また意識が遠のいてきた。

 でも、言われたからにはやるしか無い。やらなきゃダメだろうなきっと。

 僕は大きく深呼吸をして、刺さっている矢を両手でギュッと掴んだ。

 ……だけど、怖くってまともに見ることができない。初めての感触に手も足もガクガク震えてきた。

「そんな深くないだろ、なにビビってんだ、ほら」しびれを切らしたおやっさんが、僕の手を取り、一気に矢を引っこ抜いた。

 抜かれた矢の先からぽたりと落ちた血のしずくが、僕の鼻先にこぼれ落ちる。

 

 その直後、張り詰めていた僕の意識は、ついに切れた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] トガリの苦労、災難がよく伝わってきました。ラッシュの凄絶な姿には血に慣れていないと驚いてしまいますね。矢が刺さって平然としているラッシュも凄いのですが。
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