子供 その8
「よく切れる斧だな。かなり腕のいい職人がこさえた物と見たが……」ゲイルが俺の大斧の第一号の犠牲者の切れ口を見て、感心している。
そうだ、今まで戦場でいろいろな武器を使ってきたが、こいつの切れ味は正直予想以上だった。
重さでぶん殴る斧じゃない、斬るための、剣のように鋭い大斧なんだ。どんな名の知れた鍛冶屋が作ってくれたのかは知ったこっちゃねえ。こいつにはキラキラの宝石1個分の価値が、価値が……
って、ま さ か!?
俺の背中に冷や汗が走った。
そうだ、きっとこいつだ!
盗賊共はこいつを狙ってきたんだ! 俺のこの斧を!
だとしたら、奴らが「見つけた」って言ってたのもうなづける。そんだけ値打ちが付いちまってるってことか……この大斧に。
となると、あの時行った武器屋のオヤジが、こいつの価値とか、誰が持っているのかを言いふらしでもしたのか!
冗談じゃねえ! 俺はあのオヤジにまんまとハメられたってことじゃねえか。許せねえ。帰ったらすぐにあのオヤジを捕まえて叩き斬ってやる!
……いや、殺したら意味ねーか。二.三十発殴ってシメておくとするか、それとも……
なんていろいろ考えてた時、草むらからジールが姿を現した、手にはチビを抱いて。
「ほーらよしよし、泣き止んだねいい子いい子。もうすぐお父ちゃんと代わりますからね~」
あいつ、子供の扱い手慣れてるな。ちょっと感心した。しかし……
「はいラッシュ、あんたの子供でしょ、パス」
「いや、俺の子供じゃねーし」
「どこから拾ってきたのかは分からないけどさ、でもこの子あんたのでしょ? ラッシュお父ちゃん」
「だ! か! ら! 俺は父ちゃんじゃねえって!」
その言葉に、またチビはつんざくような声で泣き始めた。
「おーこわっ、お父ちゃん短気だし声はデカいしで最低ですよね~」
ルースがジールの足元でけらけら笑いながら言ってきた。
「お前ら…」
殴りたい気持ちをぐっと抑えながら、俺たちは結局収穫ゼロのまま帰路についた。
だが、この人間ともつかない盗賊の存在が、俺たちの運命……いや、この戦争の勝敗を左右する事になろうとは、まだ全然わかってはいなかった。
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結局、帰りの馬車の中では、俺たちはほとんど会話しなかった。
気味の悪い盗賊共の罠によって仲間を一人失ったとか、仕事の収穫がゼロだったとか、様々なトラブルもあったにはあった。が、それ以上に問題だったのがこのチビだ。
さらに……
「背丈からして4.5歳くらいかな…」なんて、俺が抱いているチビを見て、ジールがボソッとつぶやいていた。子供の扱いには詳しそうだから、こいつにチビを任せたかったんだが……
やっぱり最初に目があったのが俺だからだろうか、ルースに預けてもゲイルに渡してもすぐにわんわん泣いちまう。
「ラッシュさんを親だと思っているんでしょうかね」なんて涼しい顔してルースは言うし。結局俺の手に渡る始末。
案の定わめき疲れたのか、今度はずっと眠りっぱなしだ。
俺の毛の色に似た黒い髪。撫でると、土ぼこりにさらされていたせいかかなりゴワついている。
大きなボロボロのシャツを一枚身につけているだけで、むき出しの手足は泥とすり傷だらけだ。身体に毛が全然生えていない人間だからよく分かる。
「明かりが見えてきた、もうすぐだぞ」
馬を手繰っているゲイルの声が、馬車の外から聞こえてきた。
ほとんど会話しなかったからか、やたらと時間が長く感じられたな……なんて思い、俺は大きく背伸びした。チビをずっと抱いてたからか、身体中が縮こまって痛い。
外を眺めてみるとすでに陽は落ちかけ、薄暗くなり始めている。この分だと掃除の報告は明日だな、それと武器屋のオヤジに会わなきゃならないし……
いや、それよりこのチビをどうするかだ。
じゃない、その前に……腹が減った。
帰ったらまず、トガリにメシ作ってもらおうか。
この前作ってくれた豆の辛い煮込みは最高に美味かったな。あとジャガイモだ。ふかしたての芋にバターをたっぷり、それだけで美味しい。そうだな、今の俺の腹の減り具合なら10個……いや30個は楽にいける。それから、焼きたてのパンを……
「ラッシュ、ちょっといいかな」突然、俺の妄想に割り込むジールの声が。
「家に着いたら、話したいことあるんだけど、いい?」
その時、俺はようやく思い出した、ジールが以前話してたあのことを。そうだ、俺も聞かなきゃいけない。あの時、問いただせなかった言葉の意味を……




