つづき6
六章 メリークリスマス
今里家の場合
クリスマスイブの昼さがり。
「おー気合入っとるね」
クリスマスツリーの飾りつけを熱心にする、希穂の姿を見て母一恵は感心して言った。
「そう?」
希穂は一言。
「去年まで、こんなん言うてしよらんやったやん。愛の力はすごかね」
「そうやね」
母の言葉に激しく同意する早希。
「ねー」
と三女翼。
毎年クリスマスは家族が全員揃ってクリスマス会を行う。これは父が決めた今里家の鉄の掟であった。
ひょんなことから今年は匠が初参加することになった。美奈も毎年参加している。
「・・・何それ」
早希の長男隆弘と一緒に飾りつけをしながら、希穂は頬をふくらました。
「おばちゃん、早よ」
隆弘は次の飾りつけをねだる。
「はいはい」
希穂は小さなサンタの飾りを渡す。
「で、相手の匠さんって激しく年下なんやろ」
「うん、二十八歳」
「二十八!」
早希と翼は驚き、顔を見合わせ同時に叫んだ。
「って、お姉え。だまされとらんね」
翼は目を丸くしている。
「失礼な」
「だって・・・いくつ差、えーと」
早希は指折り数えだす。
「六つ・・・たった、六つよ」
希穂はムキになって答えた。
「まぁ、姉ちゃんの彼氏見てみてみようじゃないの」
「そうね。夜に拝見しようじゃありませんか」
早希と翼はそう言うと、互いに不敵に笑った。
「もう!」
妹達に話のネタにされる希穂。顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
「おばちゃん、次」
と、ねだる隆弘。
「はい」
袋ごと渡す希穂。
とっぷりと日も暮れ会の開催時刻七時となった。
ツリーに巻いたLEDのイルミネーションがチカチカと点灯し、星やサンタ、玉等の飾りつけをキラキラと輝かせる。
CDから流れる曲はリチャード・クレイダーマンの「クリスマスコンチェルト」だ。
テーブルにはチキン、マストアイテム寿司。カレーも用意されている。
一段高いところに置かれているのはクリスマスケーキ。
ツリーの下には、プレゼント交換の為、それぞれが持ち寄ったプレゼント。
匠は所在なげにキョロキョロ辺りを見渡す。ベタ過ぎるクリスマス会の様子と今里ファミリーの結束ぶりに嬉しくもあり戸惑いも感じた。
父、浩志は自らプロデュースしたクリスマス会に鼻高々な様子。
「乾杯!」
満足気にボジョレーヌーボーの入ったワイングラスを掲げる。
「どうだい匠君」
「いや~最高です。お父さん」
思わず、お世辞がでてしまう。
「お父さんは、まだ早いんじゃないとかなぁ」
浩志の牽制。
「すいません」
「は、は、は、は」
二人はぎこちなく笑いを交わす。
「まぁ、くつろぎたまえ」
「ありがとうございます」
「もう、おっちゃん、馬場さんば、いじめんといてね」
美奈の助け舟が入った。浩志は肩をすくめる。
「ありがとう」
匠の小声の官舎に美奈は親指をたてサムアップ。
「匠君、今日はいっぱい食べてね」
一恵は大盛についだカレーを置いた。
「ありがとうございます」
一恵は立ち止まる。
「匠君、ありがとうの後は何?」
次の言葉を促す一恵。固まる匠。
「お・ば・・・」
一恵は首を傾げる。そしてぼそっと、
「おばさんじゃないよね~ねっ」
「おかあさん」
匠は言い換えた。
「よし」
一恵はにっこりと笑ってキッチンに引き上げた。
「ふう」
プレッシャーに思わず溜息がでる。
「一恵は言わせたけど、お父さんと呼ぶのはまだ早かけんね」
浩志の抵抗は続いていた。
食卓は子どもたちの賑やかな声に包まれる。
食事、プレゼント交換、ケーキとつつがなく進行された。匠にとっては楽しくとも緊張の時間が過ぎ、まったりとした時間になった。
「ねぇ、ねぇ、おっちゃん」
隆弘は人見知りもせず、匠の膝の上に座る。
「こら、隆弘、おっちゃんじゃなか」
早希は息子をたしなめる。
「??なんで?」
すると、隆弘は希穂を指さし。
「おばちゃん」
そして、匠を見て、
「おっちゃん」
「なるほど」
翼は頷いた。
「ごめんなさいね」
と早希。
「いえいえ、希穂さんがおばちゃんなら、俺もおっちゃんです」
「言うわね」
翼は感心する。
「おいおい」
旦那の翔は妻をたしなめた。
匠と翔は同い年だった。それもあってか、初のお宅訪問で緊張する匠にきさくに話しかけ気持ちをほぐそうとしていた。
「そっか、もし希穂さんと君が結婚すると俺は君の弟になるとか」
「まぁ、いやぁ」
照れながらも頭をかく匠、翔は背中に拳で軽い一撃をあてた。
「このう、羨ましいぞ。今里家のアイドルを独り占めして」
「なんて!」
翼が睨みつける。
「いや、冗談。ごめーん」
と東雲堂の「にわかせんべい」の名台詞を言う。
翔は声を潜めて、
「見たかい。これが今里家の本性。女系の力さ」
「はぁ」
匠。
「なんて!」
翼。
「ごめーん」
翔。
背中越しに要らぬことを言うなという翼のプレッシャーを感じつつ、
「ま、これからもよろしくという事で、はははは」
笑いながら、匠の背中を叩き、その場を取り繕う翔だった。
「ごめんね。匠さん」
翼は翔を威嚇して後、笑顔を見せる。
「いや、賑やかで最高っす」
匠の返しもぎこちない。
今里一族の歓待と感心を一心に受け、匠の心と緊張はピークに達していた。そこへ、 片付けの家事を終え、手すきになった女神、希穂が匠の横へ座る。
「大丈夫」
「なんとか、はは」
笑顔と表情がこわばっている匠。
「ごめんね。うちの家族が」
「いえ、いえ楽しかですよ」
とは言うものの、冷や汗をかき表情は冴えない匠だった。
「・・・・・・」
希穂は匠の元気のない様子を見た。今里家の好奇の目にどうしようかと思案したが、決意した。
「ちょっと、ゆっくりする」
「えっ?」
「私の部屋へ・・・」
「えっ、いいんですか」
匠は希穂の顔を見た。彼女は頷いた。その顔面に喜びを浮かべる彼。それから二人は頃合いを見て、移動を試みる。
二人が立ち上がったのを、浩志は見逃さない。
「こら、お前たち、どこに行くとか」
「どこに連れていくとか」
「どこだって、よかろうもん」
「よかろうもんって、よくなか!」
父は酒の勢いもあり、攻勢に出る。
「まぁ、まぁ、お父さん。今日はクリスマスよ」
察しなさいよとばかりに早希は言う。
「クリスマスやけんなんか、クリスマスはこうやって家族と過ごすとた」
「もう、お父さん。しょんなか」
と、翼。
「おっちゃん、大のいい年した二人よ。クリスマスやんね。よかろうもん」
美奈はワイングラス片手に赤ら顔で言う。
「あー、もうよか、好きにしたらよか」
浩志は皆に責められ挙句、ぷいっと背をむけた。
それまで黙って見ていた一恵が口を開く。
「お父さん、知っとろうもん。クリスマスは若っかもんが、ちちくりあう日ばい」
思いかけない母の言葉に、希穂と匠は顔じゅうが真っ赤となった。
「そんなん誰が決めたっか?サンタか」
「世間たい」
「うんにゃ、そげなこつなか」
「うんにゃじゃなか、私達もちちくりあったやん」
浩志は思わず、口にふくんだ酒を吐き出した。
「わかった。もう、わかったけん。早よう行け」
父は観念した。
「ありがとう」
二人はそそくさとその場をでた。
ヒューヒューと外野から古臭い、ひやかしの声援があがる。
希穂の部屋に入る。匠の喜びはひとしおだった。そこにいるという無上の喜びが、いままさに彼を包んでいる。
「・・・ねぇ・・・ねぇ」
一人、至福の時に浸る匠だったが、希穂の声に我に返る。
「あっ・・・はい」
「大丈夫?」
「うん、ええ」
匠のぎこちない返事を聞き、ますます希穂は心配になった。
「そこ座って」
「はい」
匠をベットに座らせ、希穂は隣に座る。
「ちょっといい」
希穂はまじまじと匠の顔を見つめ、額に手をあてる。
「・・・熱はないね」
「・・・!」
匠はゼロ距離の接近度合いに爆発寸前だった。
その頃、今里家の家長浩志は腕組みをして思案していた。
「隆ちゃん」
「なん、じいちゃん」
「おばちゃんの部屋に遊びに行ってきなさい」
その言葉に目を輝かせて頷く隆弘。
「お父さん!おじちゃん!」
一恵、早希、翼、皆から一斉に非難の声があがる。
「いってくるね~」
無邪気に隆弘は言うと駆けだした。
「隆弘」
母の手をすり抜け、隆弘は猛ダッシュ。
「あ~あ~」
皆は呟いた。
隆弘、発進一分前、希穂の部屋。
匠のタガがついに外れた。
「希穂さん!」
「なん?」
匠、必死の形相に不思議そうに顔を覗き込む希穂。
「あーもう、辛抱たまらん!」
匠は叫ぶと、希穂を抱きしめた。
「ちよっと・・・」
「もう、我慢出来ません」
互いの激しい心音が聞こえる。匠は本能のまま、希穂に唇を重ねようとする。彼女はそっと静かに目を閉じた。
静寂。
そっと唇を重ね合う二人。
から、一転。
どーん!
ドアが激しい音をたて開けられた。そう、隆弘である。
遊んでもらえるとニコニコ顔の彼だったが、ただならぬ二人の状況に子どもなりに状況を把握しようとする。こくり頷き、合点した。
くるりと踵を返し部屋を出ていく。
「タカちゃーん!」
希穂の叫びが虚しく響いた。
「ちゅーしとった」
得意気な隆弘の無慈悲な密告。
「ぬわあにぃー!」
浩志は拳を固め立ち上がる。
「よっしゃゃゃあ!」
皆の歓声があがる。
今里家に笑顔が広がり、慌ただしきイブの聖夜は過ぎていく。
挿話 親子おやこ
クリスマス会がおわって、皆が帰った後の今里家。リビングには希穂、浩志と一恵がまったりとお茶を飲んでいる。
「で、どげんと」
と、浩志。
「どげんて何が?」
平静を装い、お茶をすする希穂。
「どげんてことよ」
と、一恵。
「どげんて・・・」
希穂はそっと湯呑をテーブルに置いた。
「よか人なんやろ」
一恵はそう言うと、ゆっくりお茶を啜った。
「うん」
間違いない。希穂は自信をもって言える。
「まだ、わからん」
「お父さん」
一恵が浩志を睨む。
「ばってんが・・・悪うなかと思った」
「・・・お父さん」
希穂は思わず父を見た。
「あとは、お前が決めるこつた・・・な」
「うん」
希穂は小さく頷いた。
「自分に正直にね」
一恵は、希穂の頭を優しく撫でた。
「うん」
「自分ば信じりゃあよかと」
浩志はぐいっと残りの茶を飲んだ。
「うん」
希穂は両親が彼を認めてくれたことが嬉しかった。思わず涙が滲んでくる。
「以上たい。さぁ、もう夜も遅か寝るぞ」
浩志は立ち上がる。
頷く希穂と一恵。
今里家の夜は静かに更けていく。
馬場家の場合
興奮覚めやらぬ中、匠は希穂を翌日のクリスマスに馬場家に誘った。馬場家のクリスマス会という名目で。とは言うものの、匠は頭を抱えていた。
(クリスマス会なんて、小学生以来だ)
馬場家のクリスマス会の風習はとっくに廃れていた。とりあえず母に相談しよう。匠は母紗枝に話しかけた。
「えっ、希穂さん。来るの」
寝耳に水だ。
「で、どうなってんの」
「どうなってるって?」
「結婚するの」
「うん」
「プロポーズしたの?」
「うんにゃ・・・まだ」
「そう・・・分かった」
母は携帯を取り出した。数分後。母は溜息をつく。
「匠、もうちょっと早く言わないとね」
「ごめん」
「お父さんは、やっぱり無理って」
東京に単身赴任中の父にすぐに来てもらうのは無理があった。
「で、大志だけど、彼女と過ごすんでダメって。そうよね、去年はとっくに帰って来てたもんね」
二つ年下の弟、大志は福岡市内で働いている。彼女がいることは知っていたが、まさかそんなに進展しているとは、匠には想定外のことだった。
「そうか」
「困ったわね。クリスマス会と言っても私とおじいちゃんだけよ。いいの?」
「少ないね」
「友達を呼ぶ」
ブルブル頭を振った。冷やかされるのに決まっているし、いい年してである。
「じゃ、このメンツね。おじいちゃんに言ってきなさい。準備はこっちでしとくわ」
「ありがとう、母さん」
「匠、何事も準備、用意が大事なんよ。分かってる?」
「はい」
匠は母に深々と頭を下げ感謝すると祖父の部屋へと向かった。
話を聞いて、祖父勲は手を叩いて喜んだ。
「そうか、嫁ば連れてくるとか」
「じいちゃん、早か。俺はそのつもりだけど、まだプロポーズしとらん」
「なんでせん?」
「なんでって言われても」
「ばってん、結婚するっちゃろ」
「そのつもりだけど」
「なら、今日しろ」
「はぁ?」
「じいちゃんに任しとき」
勲はドンと胸を叩いた。匠には祖父の暴走が容易に想像でき、ひたすら不安しかなかった。
馬場家の臨時クリスマス会がはじまった。
食卓には四人が座っている。テーブルの真ん中には小さなクリスマスツリー。
卓に並ぶは母特製のディナー。という名のスーパーでかき集めたクリスマスの総菜たち。紗枝は料理が苦手であった。
匠と希穂、テーブルの向かいには母紗枝と祖父勲が座っている。
希穂は緊張した表情を見せている。勲はそんな彼女を満足そうに見ている。
「じや、始めましょうか」
紗枝はシャンパンを匠に渡す。受け取ると顔を反らし、両親指で押してゆっくりとコルクを抜く。
ポン、部屋じゅうに音が響き。抜けたコルクが飛んで祖父の額に当たる。
「わわわわわ!」
「おじいちゃん、大丈夫」
額はうっすらと赤ずんでいる。
「何のこれしき・・・しかし希穂さん。あんたべっぴんさんやのう」
これが契機とばかりに勲は喋りはじめた。
「ありがとうございます」
「八媛姫がおったらこんな人やったかもなぁ。でかした!匠!」
勲は何度も頷いた。
「希穂さん。ところで年いくつ?」
その場は凍りついた。今日は禁句NGワードだ。紗枝は匠から聞き知っていたので、顔を引きつらせて勲をつねった。
「痛っ!なんじゃ」
「あの・・・三十五になりました」
希穂は、ぽそり正直に言う。
「ふふふ」
母。
「は、はは」
匠。
「・・・ほう。そんなに見えんなぁ。見ようによっちゃあ、子どもんごつ見えるけど」
「すいません」
「いや、よかよか、匠には姉さん女房の方がちょうどよか。んなら、はよ子どもば作らんとね」
再び凍りつく場。
「じいちゃん!」
匠は怒った。
「匠、ワシこのお嬢さん気に入ったぞ。はははは」
勲は豪快に笑った。
馬場家のクリスマス会は祖父勲のペースで行われた。匠と紗枝は勲の言動に細心の注意を払いながら希穂をもてなす。希穂は祖父勲の裏表ないところに匠の姿を見たような気がして、なんだか嬉しかった。
挿話 かぞく家族
「もう、じいちゃん勘弁してよ」
希穂を今里家まで送り帰って来た匠は開口一番、祖父にクレームをつけた。
「悪かったな。でも、ワシはあの子なら大丈夫と思って言ったぞ」
「本当ですか。お義父さん」
紗枝はテーブルに三人分のお茶を置く。
「当たり前じゃ。殴られん程度にな」
「もう」
「しかし・・・あちっ!」
勲は湯呑を持とうとしたが、想像以上に熱く一旦、手を離した。
「匠、いい子、見つけたな」
「でしょ」
匠は得意気に胸を張る。
「これから楽しみじゃ」
勲はフーフーして、熱いお茶を少しずつ飲む。
「ありがとう」
匠は頭を下げた。
「ありがとうございます」
紗枝も礼を言う。
「ん?」
勲はニヤッと笑い、すっとぼけた。
馬場家の皆は温かい気持ちに包まれた。




