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つづき5

 第五章 冬小嵐


 希穂の段


 季節は十二月の初め、八女の町は初冬の寒さを迎えていた。

 この時期になると、提灯の仕事もほどなく落ち着いてくる。匠の休みの日には、毎回、デートを重ねている。

 今日のデートは匠が日中、用事があるということで、夕食を一緒にしようという話だった。待ち合わせ時間まで、余裕があったがぶらっと辺りを散歩することにした。

「ちょっと出かけてくるけん」

「あら、希穂、もう行くと」

 母、一恵の声。

「デート、楽しんでらっしゃい」

 こくりと頷く希穂。

「あんまり、遅そうならんようにな」

 父、浩志が釘をさす。

「わかっとう」

 希穂は言葉にちょっとだけ不機嫌さを込めると家を出た。

 待ち合わせ場所の洋食屋「きんぷく亭」まで、歩いて十分弱の距離。希穂は白い息を吐きながら歩きはじめた。

 「きんぷく亭」は二十年前まで古い本屋だった。当時の店名は「金福堂」、現洋食屋はこの名をもじっている。建物は古くハイカラな感じで、長らくそこは空き家だった。数年前に改装して現在に至る。

 希穂は遠まわりをして、いきつけの文房具店で筆や絵の具を見た。

 するとほどよい時間となり、希穂は店を出た。しばらく歩いていると、後ろからパタパタと駆けてくる足音が聞こえた。振り返らず道の脇に避ける。足音は彼女の横をすり抜けて遠ざかっていく。が、足音がぴたりと止む男が振り返り、希穂に近づいてくる。ずんずんと迫りくる迫力に驚く彼女。

「あーやっぱり!」

 指をさし大きな声をあげる男。

「はい?」

 希穂の記憶には見覚えがない人物である。

「今里希穂やろ」

 初対面、フルネーム、呼び捨てだ。

「???」

 いきなり、見知らぬ人物から呼び捨て、恐怖もあるが戸惑い、ちょっと怒りも感じつつ、何が何かでさっぱりだ。

「俺ったい、俺!」

 と言われても、分からないので困る希穂。

「あー、もう」

 相手の男は、何でわからないといった感じで、じれったそうに言う。

「あの・・・」

「俺ったい、牛山睦夫」

「牛山?」

 言われて、記憶の糸をたぐりはじめる希穂。

(そう言えば、最近どっかで聞いたことのある名前)

(・・・・・・)

(・・・・・・)

「あーあ」

 合点した希穂。

「おう」

 頷く牛山。

「あのメールの」

「そうたい、そげんやろうもん」

 振り返れば三か月前の話となる。婚期が遅れるばかりの希穂に憂慮した母一恵が、内緒で地元の結婚センターに彼女を登録したのであった。

 センターのシステムは、個々の顔写真付きのざっとしたプロフィールファイルの中から、気に入った人がいれば用紙に記入する。後、センター側からその相手に連絡するというものだった。相手が会ってみようとなったら出会いの場を設けるというものだった。

 つまり牛山は希穂を気に入り、用紙に記入した。センターが希穂に連絡をとる。これが二か月前。

 彼女の元にその謎のメールが届く、寝耳に水の彼女、どういう事かと母を問い詰め、怒鳴り散らした。

希穂は匠と付き合い始めたこともあって、センターに丁重に断りを入れた。その相手が牛山である。これがことの顛末で、そこで話は終わっているのだ。

その牛山睦夫だった。その男が目の前にいる。

(何の用だろう)

 思わず、身構えてしまう。

「なんかね」

 牛山の一言。

「はあ」

「な~んかね」

 牛山の二言目。

「はい?」

 訝しがる希穂。

「な~ん~か~ね、運命ば感じるばい」

 牛山の独白。

「はい???」

 瞬時に悪寒を感じた希穂。

「そげん思うやろ」

「なんで?」

 思わず言ってしまった。

「なんでって,分かろうもん」

「分かりません」

 希穂は恐怖を感じた。

「また、まぁた~」

 この人は私をおちょくっているのか、怒りが沸騰した。

 すると、牛山は真顔になり、

「決まっとろうもん、今、二人が出会えた奇跡にったい」

「・・・・・・」

「そうやろ」

(なに言ってるの・・・)

「・・・・・・」

「そうやろうもん」

 呆れを通り越して一方的な牛山に彼女は何も言えない。

「ま、やけん。お茶でも飲みにいかん」

「なんで!」

「なんでって、そりゃ出会えた奇跡を祝して・・・」

「はあ!」

 我慢の限界を越え、ついに怒りの感情がでてしまう。

「なんや、身持ちの堅か人やなあ。ま、そんくらいがよかばってん」

「・・・・・・」

「どうせ、相手おらんとやろうもん」

 牛山のぶしつけな言い方に思わず、

「います!だからお断りしたはずですよ」

 断言する希穂。恥ずかしさより怒りが勝っている。

「また、またあ」

 全く信じようとしない牛山。

「います。いるんです」

 希穂のかたくなな態度に、牛山はいないと勝手に確信した。

「ちょっとでよかけん。いっぺん話しようや」

「いいです!」

「ちよっと、待てや!こらあ!」

 牛山は逆ギレをした。

「なんで会ってくれんし、話してもくれんとに、どうしてそげな態度ばとれるとや!」

 今、会っているし、話もしてるが、牛山の気持ちは高揚している。メール断りの件が尾を引いていて可愛さあって憎さ・・・といったところだ。

「だから、私は彼氏いますって」

「ウソや」

「ウソやなか!」

 ついに腹から力を込めて希穂は叫んだ。普段ではありえない大声だ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 睨み合いが続いた。

 希穂は振り切ろうと速足で歩きだした。牛山は追いかける。

 並走しながら、

「俺は牛山茶園の息子ぞ!」

「だけんなん(だから何?)」

「食いっぱぐれる心配はなか」

「だけんなん!」

「だけん!」

 牛山は叫んだ。そして、

「だけんが、付き合ってくれ」

 希穂は脱力し立ち止まった。

「それがなんね。付き合えんて言うとるやろ」

「なんで?」

「何度も言うよろうが、彼氏がおるって」

「ウソや」

 頑としてきかない牛山。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 再び睨み合いがはじまる。

 やがて希穂は、

「ふう」

 大きな溜息をつく。それからまた歩きはじめた。

「どこに行くと?」

「彼氏と会うと」

「ウソばっか、言うなや」

 そんなやりとりが延々と続き、きんぷく亭の前まで着いた。ガラス窓越しに見える店内には匠がいた。希穂はほっとした。

 牛山の視線が希穂の視線の先、匠を見た。

 希穂は手を振った。匠はすぐに気が付き、立ち上がると笑顔で手をふる。隣の牛山に気づき、軽く会釈する。

「マジなん」

「分かりましたか」

「マジか、早くよ。言ってくれや」

「何度も言いました」

「・・・・・・」

「いや、本当にスマン。ごめん、忘れてくれ」

 牛山はそう言うと、フラフラと薄闇寒い中を駆けだした。

 希穂は虚脱感とえもいわれぬ空しい気持ちになった。が、そこには匠がいる。とっさに笑顔をつくると店内へと入った。


 匠の段


 数日前の事。

 美奈は決心した。

(やっぱり言おう)

 強く思った。

(・・・想いを伝えよう)

 オフィスの二つ隣の匠を見た。彼は黙々と追われながら仕事をこなしている。美奈の机の上には、はかどらず山積みになった仕事の資料があった。

「ようし」

 心にケリをつけた。

 そうと決まれば話は早い。美奈は一心不乱に作業をはじめた。三時間後にはすっきり片付いた。

 時計を見れば、まもなく終業時間である。

 彼女は決意の拳を固める。

 ついに定時となった。

 数人の社員が立ち上がり、手短に挨拶を済ませ家路へと急ぐ。

 匠は仲のいい同僚と談笑していて、まだ帰る様子はない。

 美奈はつぶさに匠の行動を観察しながら、自分はさりげなく仕事を片付けているフリをした。

「おっ、仕事熱心だな」

 部長がポンと肩を叩く、美奈は愛想笑いを浮かべる。

「じゃ」

 と、匠。

「おう、明日」

 同僚が手を上げる。二人の話は終わったようだ。

「やっぱり、明日にしようっと」

 美奈はさりげなく言うと、マッハの動きで荷物をカバンに詰め込んだ。急いで匠の後を追う。豹変した彼女の動きに部長は何事かとポカンとなった。

「馬場さん」

「おっ、美奈ちゃん」

 走って来たので、美奈の息は切れている。

「ちょっと、あの」

「ん」

「その・・・」

 うまく言葉がでない。

「どうした?」

 美奈の顔をのぞきこむ匠。

「あの・・・」

「うん」

 美奈は勇気をもって、

「相談したい事が」

 想いっきって言えた。

「・・・今?」

「うん、出来れば」

「・・・んーよかよ、可愛い後輩の頼みだもん」

「ありがとう!」

「じゃ、メシ食って帰ろうか」

 美奈はとりあえず、ホッと胸をなでおろした。

 匠は美奈を車に乗せる。

 助手席に座った彼女は嬉しそうな表情を見せた。

 ゆめタウンに着く。敷地内のお好み焼き屋チェーン店「どんどん亭」で食事をとることにした。

「本当にここでいい?俺が食べたいのやけど」

「はい。よかですよ」

 二人が注文をすると、店員が鉄板で焼くためのレクチャー説明がいるかたずねた。

 常連らしく、

「わかっとうよ」

 匠が言うと、店員は一礼して厨房へ戻っていった。

 コップの水を飲み、ゆっくりとテーブルに置く。

「んで、相談って」

「ん、うん・・・」

「うん、まぁ」

「じゃ、希穂さん呼ぼうか?相談事なら女同士がよかろ。向こうが都合つけばやけど」

 匠はスーツのポケットから携帯を取り出そうとした。

「わー!いい。いいよ!お姉ちゃんは」

 慌てて手を振る美奈。

「??」

「・・・お姉ちゃんは・・・いいよ」

「そう?」

 匠は携帯を戻した。

「・・・・・・」

 急に美奈はしゅんとなり、匠は不思議がる。

「・・・そっかあ、やっぱりお姉ちゃんと付き合っとると」

「え,うん。美奈ちゃんのおかげだよ」

 思わず照れる匠。

「・・・・・・」

 普段ならすぐに「おめでとう」と言いそうなものだが、美奈はうつむいている。

「そう・・・」

「そうなんだ」

 ぽつりと呟く美奈。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 妙に重苦しい空気が包む。匠はそれとなく察した。自分もついこの前まで経験していたのだから。

「あのね!」

 美奈は思い切って口を開いた。

 それから先の言葉を匠は遮った。

「美奈ちゃん、まずメシ食べよう」

「う、うん」

 それから、二人は黙々とお好み焼きを食べた。

 食べ終わると、二人は手早く会計を済ませた。

 後ろに立つ美奈は涙目になっている。傍目から見れば痴情のもつれに見えているだろう。事実レジを打つ店員も気をつかい、目を合わさずうつむき加減で会計を行っていた。

「行こうか」

「・・・うん」

 二人は店を出た。

 冷たい夜風が頬にあたり寒い。

 匠は車のキーレス鍵を取り出し、ボタンを押そうとしたが、

(・・・・・・)

 少し考え止めた。

 それから美奈の方へ振り向き、

「ちよっと歩こうか」

 と言った。

 美奈はこくんと頷き、匠の後ろに続いた。

(・・・・・・)

(・・・・・・)

 二人は無言のまま、しばらくあてもなく歩いた。

 匠が突然、立ち止まった。びくりと美奈は反応する。

「あのさ」

「・・・うん」

「美奈ちゃんが思っている事、言ってみい(みて)」

「・・・・・・」

「多分、俺もそうだったから、言わんと後悔する」

「・・・うん」

 長い間の後、美奈は重い口を開き溜めた想いをゆっくり伝えた。

「馬場さん好きです」

「うん」

 匠は真剣に頷いた。

「ありがとう。でも、俺は希穂さんを大切にしたい」

「・・・・・」

 こみあげる涙が滂沱と流れる。

 そんな美奈の姿を見て、オロオロと何も言えない匠。

 やがて、

「うん、わかっている。わかっていた・・・だけど」

 涙が止まらない。

「ありがとう」

 匠はもう一度、感謝を伝える。

「俺も昔、好きな人がいて、気持ちを伝えたんだ。見事に振られたけど、その女の子が真剣に話を聞いてくれて、言って良かったと思った」

「・・・・・・」

「溜め込んでいるより、正直に気持ちを伝えた方がすっとする。希穂さんの時もそうだったけど、美奈ちゃんが勇気くれたんだよな」

 美奈は鼻をすすりながら頷く。

「大丈夫。美奈ちゃんは可愛いから、すぐに俺よりカッコいい彼氏が出来るよ」

「そんな事言わんで」

「ごめん」

 匠は空を見上げた。

 冬の透きとおった夜空に、オリオン座が輝いている。

「ちょっと、ごめんけど、胸借りていい」

「どうぞ」

 匠は両手を広げた。

 そっと胸に収まる美奈、すすりなく声と嗚咽が聞こえる。匠は美奈が落ち着くまで、しばらくそのままでいた。


 二人の段


 希穂にとってその日の「きんぷく亭」である。

 匠にとって、その数日後の「きんぷく亭」である。

 やがて日は暮れ辺りは闇に包まれようとしている。

 希穂が店に入ると、匠は笑顔で迎えた。

「お待たせしました」

「いえ、いえ時間通りですよ」

 匠は腕時計を希穂に見せた。時刻は十八時ジャストだった。

「あれっ、さっきの人は?」

 ガラス越しの男のことを尋ねる。

「ああ、あの人ね、あの人は・・・」

 と言いながら希穂は、先程の件を何というべきか迷った。けど、正直に伝えることにした。

 匠はしばし希穂の話に耳を傾けた。

「それは、大変やったですね」

「はい」

「早く告白出来て良かった」

 匠は一歩間違えれば自分もそうだったのかもしれないと呟いた。

「ん?」

「いえ、実は俺も」

 匠は言いかけて、ふと止まった。美奈のことである。

 希穂と美奈は姉妹のような関係だ。先日の出来事は出来れば伝えない方がよいのでは、彼はそう察した。

「いや・・・ははは」

 笑って誤魔化す。

「???」

「さあさあ、今日は奮発してコースメニューを頼みました」

「まあ、ありがとうございます」

 言葉を濁した匠に、希穂は多少の疑問を感じつつ、ほどなくして前菜が運ばれてきた。

 サーモンのカルパッチョがテーブルに置かれる。

「さぁ、食べましょうか」

「ええ」

 希穂がフォークとナイフを持ちあげようとした時、携帯が振動しバイブ音が聞こえた。カバンから携帯を取り出す。

「あっ、美奈ちゃん」

 希穂は一人呟いた。匠は一瞬、ぎくりと固まる。

 携帯越しに匠にも聞こえる美奈の声。

「あのさ、もしかして馬場さんいる」

「うん。いるよ」

「じゃあ、ちょっと二人に伝えたいことがあるんで云ってもいい?」

「うん、ちょっと待ってね」

 希穂は匠に小声で、

「美奈ちゃんが私達に伝えたいことがあるそうです」

 彼女は彼に目配せをして確認をとる。彼はぎこちなく頷く。

「いいよ。きんぷく亭でご飯食べてるよ」

「わかった。すぐ行く」

「うん。わかった」

 交わされる会話に、匠は後ろめたいことはないと思いつつ、変な汗をかきはじめていた。

(気持ち切り替え食事を楽しもう)

 匠は思った。

 二人とも思うところはあったものの、美味しい食事を食べ、会話をはじめると楽しくなる。

 ほどなくして美奈がやって来た。

「おまたせ!」

 はぁはぁ、息を切らせている。

「美奈ちゃん、座らんね」

希穂は美奈に着座するように勧める。美奈は首を振った。

「いい、すぐ済むから」

「そう」

「うん、じゃあ」

 美奈は大きく深呼吸をする。心を整える。

「二人とも幸せに!」

 店内に響き渡る大きな声、美奈は二人に深く一礼をし、大きく手を振って店を出た。

「・・・どうしたんやろ」

 突然のことに呆気にとられる。

「はい」

 匠はここまで来て伝えた美奈の思いに、先日の話をはじめる。

「希穂さん・・・あのですね」

 匠は話はじめた。

「・・・・・・」

 希穂は匠の話を時折、頷き相槌をうちながら真剣に聞いた。すべて聞き終わると、

「そうだったんですか」

「はい」

 それから、希穂はしばらくテーブルに置かれているワイングラスに視線を送り、沈思黙考した。なんとも割り切れない釈然とした思いが渦巻いた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 雰囲気が一変、二人とも黙り込んでしまった。

「あの希穂さん・・・・・・すいません」

「何であやまると」

 少し苛立ちのようなものを覗かせる希穂の口調だった。匠はそれを感じつつ、

「いや」

 と、少しぶっきらぼうに言い、口をつぐんだ。

「ふう」

 希穂は小さな溜息をついた。匠がどうこうではない。分かっている。ただ何だか言い知れないものが、心の中に暗くのしかかったような気がした。

 それからの二人は、食事を終えるまで、互いに当たり障りのない会話をして過ごした。

 会計を済ませ、店を出ると木枯らし。寒さが体にしみる。

「じゃ」

 希穂は呟く。

「・・いや、送っていきます」

 匠はすぐに返した。

「今日は一人で帰りたい」

「・・・・・・いや、あの」

「・・・・・・」

「送りますから」

「・・・いいし」

「・・・・・・」

「じゃ」

 希穂は一礼し、振り返ると歩きはじめた。

「・・・・・・」

 拳を震わす匠。

「僕はあなたが一番です!」

 叫ぶ匠。

 匠の言葉に一度立ち止まる希穂。が、何も言わず家路へと歩いた。

「・・・・・・」

 希穂の後ろ姿を匠はじっと見ていた。

 希穂が家に着くと同時に、携帯のメール受信音が鳴った。匠だという事は分かっていたが、すぐ見る気にはならなかったので、風呂に入り一呼吸置いた。

 温かいお風呂に入ると、少しずつ落ち着いてくる。

 今日のハードな一日を思い返してみる。牛山のこと。美奈のこと。それから・・・。

 顔を左右、何度も振ると思わず湯に潜った。鼻、耳の穴にお湯が入ってくる。長い髪がぷかりと浮かぶ。

「ううううう!」

 顔を出すと声にならない叫びをあげる。

「はぁ」

 深く深呼吸をして息を吸い込み、どっかりと浴槽に背をもたれる。

 ゆっくり目を閉じ、何も考えず瞑想した。

 次第に落ち着きを取り戻す。

 冷えた身体があったまることだけを心がけ、いっとき湯船に浸かった。

 パジャマに着替え、自室に戻りドライヤーで髪を乾かす。気になって、ちらっと携帯を見た。

(まだだ)

 携帯から顔を背け、髪を乾かすことに専念する。

 それが終わると、気を落ち着かせる為に布団の上で胡坐をかき瞑想する。ちらり携帯を見る。

(まだ、気持ちが整のっとらん)

 瞑想に次ぐ瞑想を重ねる。

(よし!)

 目を開き、携帯を見る。匠から電話二件、メール三件が入っていた。美奈からのメールが一件。美奈のメールから見た。

「お姉ちゃん、今日はごめんね。でも、言えてすっきりしました。二人いつまでも仲良くね」

 希穂は読み終わると、居ても立っても居られなくなり、美奈へ電話をかけた。

「はい」

「美奈ちゃん、匠さんから聞いたとよ」

「うん、ごめんね」

「ううん」

 希穂は携帯越しに首を振る。

「でも、ちゃんと気持ちば伝えられて、すっきりしたとよ」

「・・・そっか」

「こんな性格やけん。はっきりさせたかったと」

「うん」

 頷く希穂。

「だけんね。こっからは二人の事、いっぱい応援するよ」

「・・・ありがと」

「お姉ちゃん」

「はい」

「私に気をつかったりせんよ」

「うん。わかった」

「もしかして、私のことで二人が気まずくなったりしとらんよね」

「う、うん」

 曖昧に返事する希穂。

「お姉ちゃ~ん、分かり易いね」

「えっ」

「今すぐ、仲直りして」

「はい?」

「電話かけんね」

「今からね?」

 時計を見れば夜の十時半を過ぎている。匠にはメール以外でこんな遅い時間に連絡をとったことがない。それに今日のこと、躊躇が先にでてしまう。

「約束よ」

「へっ」

「今日中に仲直りね」

「・・・」

「ねっ」

 促す美奈。

「・・・・・・」

 返事に窮する希穂。業を煮やした美奈は、

「仲直りしないと、絶交だから」

 と、一言。

「えっ」

「じゃあね~」

 ぷつりと切ってしまった。

「私のせいで縁が切れたらいかんやん」

 美奈はポイと携帯をソファに落とし呟いた。

「ちょっ!」

 希穂はしばらく呆然とその場に佇んでしまった。

 のろのろとした動きで、匠のメールを見はじめる。

一件目。

「今日はすいませんでした。後で電話します。」

(ごめん)

 この五分後、履歴を見ると電話があり、二件目のメールは三十分後、

「おいしい食事でしたね。よかったら、電話ください。待っています。」

それから十五分後、三件目。

「何度も申し訳ないです。でも、ちゃんと話がしたいと思います。電話します。」

 メールの後、すぐ電話があった。

 匠の着信履歴から通話ボタンを押そうとするが、直前で止まる手。携帯とにらめっこする希穂。刻々と過ぎる時間。ふと時計に目やれば、十一時を過ぎようとしていた。

(このままずるずるはまずい!ままよ!)

 決意した希穂は、目を閉じ震える手で通話ボタンを押した。

 一回目のコール音が終わったと同時に匠の声が聞こえた。

「あの・・・」

「希穂さんですか」

「はい」

「あ~よかった~連絡つかんかと思いました」

「ごめんなさい。おまたせして」

「いえ、いえ。ありがとうございます」

「?」

「電話してくれてありがとうございます」

「いえ、私こそ」

 二人は携帯越しに頭をさげた。

 本題に入るまで互いに沈黙があった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「あの」

「あの」

 同時に喋る二人。

「どうぞ」

「いえ、いえ、どうぞ」

 譲り合う二人。

「いえ、どうぞ」

「希穂さん、どうぞ」

 匠は先を譲った。

「じゃ、さっき美奈ちゃんに連絡しました。怒られちゃいました。仲良くしなきゃダメだって」

「はい」

「なんか心がモヤモヤして・・・すいませんでした。匠さんは悪くないのに」

「いいえ・・・僕こそ・・・あの希穂さん」

「はい」

「僕はあなたが好きです」

「・・・うん」

「それは絶対に変わりません」

「うん。ありがとう」

 希穂は思わず涙が溢れそうになる。

「電話できて良かった。じゃ、また明日」

「はい、また明日」

 希穂と匠はそっと電話を切った。

 わだかまりがとけると、お互いがほっとして、心あったかい心地になった。 










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