つづき4
第四章 匠
子どもの頃、壱
桜舞う頃。六年生のお兄さんに手を引かれた新一年生の匠は、ひどく長い時間歩いた気がしていた。
前日は遠足にワクワクしていたのに、目的地までのあまりの遠さに半泣きしそうだった。さらに手をつないでる六年のお兄さんは無口でほとんど喋らないので、より不安を感じた。
新入生歓迎遠足。高学年にはほどよい距離でも、入学して間もないピカピカの一年生にとっては、かなりのハードなものであった。
まぁ、中には六年生との相性が良く楽しそうに歌い笑いながら歩く一年もいた。ペアである六年がしっかりその子たちをフォローしているからだ。匠はその子たちを羨ましく感じながら、子どもながらにパートナーに恵まれていないことが悔しかった。
ようやく着いた目的地は吉田山で岩戸山古墳がある場所だった。
古代史を知る人にとっては「磐井の乱」で知られる超メジャーな地である。古墳時代かつてこの地を治めていた豪族磐井の墓がこの古墳だ。磐井は時の大和朝廷に反旗を翻し反乱を起こした人物。しかし反乱は鎮圧され失敗に終わる。磐井は気骨のある人物として、八女の人々に伝わっている(のかな?)。
現在、しかしながら広大なその前方後円墳は、子どもたちにとって、ただ大きな何もない広場でしかなかった。遊具も何もないそこは小学生にとって残念以外言う言葉がない。
かなり疲労していた匠だったが、その広場に石の像があるのが気になった。
それが気になってしょうがない。
匠は迷ったが、おもいきって六年の手を引っ張った。
「!えっ!」
六年生は驚く。
「あれ?」
匠は石の像は指さす。
「ああ、あれか」
「何?」
「石人、石馬だよ」
「せきじん、せきば?」
「そう」
思わず得意気な表情を見せる六年。
「へぇ~」
目を輝かせて見つめる匠。しばらく視線は釘付けだった。
初デート
その夜、匠はなかなか寝付けなかった。
酒の力を借りたとはいえ、匠は希穂に思いを伝えたことに興奮していた。が、その手段を使ったことに対して自己嫌悪している。嬉しさと歯がゆさといった反する感情が交互に押し寄せて交感神経が刺激され、悶々としてくる。
結果は大満足だが、過程に苛立ち、これからはちゃんとすると意気込む。この繰り返しの無限思考サイクルに陥ってしまっていた。
(あ~もう!)
匠は潜っていた布団から跳ね起き、台所へと行く。
水道の水を蛇口からガブ飲みし、トイレへ直行、用を足し布団へ。
(やはり寝れん)
そうなると男の本能か右手が勝手に股間へとむかう。理性がそれを制する。
(何をしようとしているんだ。お前は)
自分に問いかける。
(何ってナニだよ)
もう一人の匠が現れる。
(ナニですと、すると希穂さんをおかずにナニかすると?)
(好きな人でナニって何が悪い!)
激しい葛藤が脳内で繰り広げられる。
(冒涜だ!彼女に対する)
(ナニ今日に限って、いい子ぶってんだよ。早くよナニってスッキリしないと寝れないだろうが!)
(今日からは違う!)
どうせ、結局はオナニーしてしまうのに、背徳感が邪魔をして眠れない一日を過ごしてしまう。が、明け方、彼の鉄の意志はもろくも崩れ去ってしまう。男って悲しい生き物だ。
そうすること、四日目の夜、匠は希穂をデートに誘う事を決意する。携帯を持つ手に力が入るようやくの思いで送信した。付き合う宣言わした日から毎日メール交換は欠かさず行っている。いつものたわいのない世間話の最後に「あとで電話していいですか」と追加。
ほどなくして返事は絵文字のOKサインが返ってきた。匠は一人部屋でガッツポーズをしてみせた。
何度も呼吸を整える。携帯のディスプレイには彼女の番号、目を閉じ思い切って、ダイヤルボタンを押す。
トゥルルル、トゥルルル、ガチャッ!
「あの」
思わず、うわずる声。
「はい」
聞こえる希穂の声。感動。
「あの、今週の日曜、暇ですか?」
匠はいずれにしてもテンパってしまうと思ったので、必要事項を伝えることに専念することにしていた。
「・・・・・・」
ど直球に希穂の戸惑いが、一瞬あり、
「大丈夫ですよ」
匠はその言葉に手にも昇る心地だった。
「それでは、岩戸山に行きましょう」
「・・・岩戸山?ですか?」
訝しがる希穂。猪突猛進の匠。
「はい、岩戸山です。十時に宮野神社に集合で」
「はぁ、はい」
「では、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさいです」
二人の電話での会話は緊張もあって、ぎこちないものだった。
匠は携帯を切った後、
「うぉ~」
喜びの雄叫びをあげた。
そして当日を迎えた。
二人はカジュアルな軽装で吉田山にむかっている。
(これって、デートだよね・・・)
フツフツと沸きあがる希穂の不安をよそに、匠は嬉々として歩を進めている。
国道三号線を北上し横道に入る。勾配のある坂をしばらくのぼる。次第にじんわり汗
をかく、ほどなくして到着した。
小高い丘の上にある岩戸山古墳(吉田山)は、交通量の雑多とした三号線から一変して、静かな小森とした場所にある。舗装された道を進むと、復元された住居や高床式倉庫があり、その先に古墳がある。一見すると、土手みたいな傾斜がありそれに沿って歩くと、成程、かぎ型になっているということが分かる。
ここが巨大古墳かと匠は思わずロマンを感じる。希穂は彼の意図(ここを誘った意味)が分からなかったが、懐かしさは感じている。
二人は古墳をぐるりと一周すると隣の岩戸山神社にお参りすることにした。
希穂は近くに住んでいながら、幾年ぶりに訪れたこの地に、
「懐かしかぁ」
思わず呟いた。
「そうでしょう」
匠は得意気な顔を見せる。
「でも何でここなん?」
希穂はずっと思っていた初デートチョイスの疑問をぶつけてみた。
「・・・初めから決めていました」
「はぁ・・・」
「彼女が出来たら、ここに来ようって」
その言葉に赤面する希穂は素知らぬ顔で、
「ふーん、そうなんだ」
「ええ」
満足そうに頷く匠。それから少し間を置いて、
「何故なら・・・」
「・・・何故なら?」
復唱する希穂。
「八女が好きだから・・・ですかね」
と、誇らしげな表情を見せる匠。
「はぁ」
にしてもと呆れ顔の希穂。自分とは違う反応を見せる彼女の様子に慌てて取り繕う。
「まぁ、太古の昔に思いを馳せるのは漢のロマンってヤツですよ。まずはお参りしましょう」
と、冷静を装い参道の石段をのぼる。
「はい」
と、彼女はなんとも腑に落ちない。
古墳のすぐわきにある神社の石段をのぼり社に着くと、周り様子は一変する。うっそうと茂る葉や樹木により、薄暗くそこが神域であると感じさせられる。
「じゃ、おまいりしましょうか」
「はい」
二人が同時に取り出したお賽銭は、匠が五円、希穂が五十円だった。
「・・・」
「・・・」
「ご縁(五円)が」
と、匠。続けて、
「ありますように」
賽銭箱に投げる。希穂も続いて賽銭をほおる。
二人は互いの顔を見合わせて笑った。柏手を打ち参拝する。
匠は手を合わせながら、ちらりと横目で彼女を見た。目を閉じ静かに祈る凛とした希穂の表情に見惚れる。
(良い、良い)
匠は再認識。祈りが少しの間続く。
「さぁ、行きましょうか」
匠は自分でも不思議と積極的に自然と手を差し出した。
「・・・ええ」
一瞬、はにかんで手をのせる希穂。二人は手をつないで、ぎこちなく歩きはじめる。
近くのコンビニで弁当を買い、古墳公園で食べる。
「懐かしいなぁ。ちょうどこの辺りで小学校の遠足で弁当食べたんですよ」
匠は感慨深げに言った。
「へぇ、私はあの辺りで」
希穂が指さす先には、石人・石馬があった。
石人・石馬は当時にあたる埴輪のようなもので、墓の主を鎮護する為のものらしい。朝廷に逆らって敗れた磐井の墓は、乱の終結後破壊された。石人・石馬の首や腕も例外なく。今、復元された広場にある石像も首や腕がない。
「そうですか」
匠は改まった顔でその方を見た。
それから、お弁当に向かい手を合わせて、
「いただきます」
「はい、いただきます」
希穂もそれに倣った。
透き通るような秋空、差し込むは穏やかな日の光。おいしく弁当をいただいた。
ふと、望穂が、
「ここって昔、悲しいことがありましたよね」
希穂は先生が遠足前に磐井の話をしたことをぼんやり思いだしていた。
「そうです。大和朝廷に敗れた。磐井は殺され、墓は破壊されています」
「ですよね」
「でも」
「でも?」
「すごいと思いません。八女の地で中央に逆らうような強い力が・・・八女にですよ」
目を輝かせる匠。
「そうですね」
頷き、愛想笑いを浮かべる希穂。
かろうじてそれを察した匠は、うんちくを語り出す直前で暴走するのを止めた。
「すいません・・・八女が好きなもんで・・・」
反省の弁の匠。
「ふふ」
思わず、希穂は笑ってしまった。
「いいですね。自分の故郷が好きって」
「ありがとうございます!」
(良かった。この人に惚れて)
寛大な受容を見せてくれる彼女に心底そう思った。そして、つい調子に乗り、
「で、ですね。この八女なんと!第二次世界大戦中に遷都計画があったらしいんですよ」
「・・・」
希穂は薄め目になって笑った。目は遠い方を見ている。
「・・・」
匠はやってしまった感を丸出しに固まってしまう。
「・・・」
「は・はは・は・は」
「は・は・はは」
互いのぎこちない笑いが錯綜する。
そんなこんなもありで、互いにとって初デートは不完全燃焼といったものだった。
子どもの頃 弐
暑さ真っ盛りの夏休みの昼下がり。
公園で少年たちがポン球野球をしている。
「ピッチャー野茂、第一球投げた」
匠はそう言うと身体を思いっきり捻り、バッターに背中を見せトルネード投法をする。ふらつきながらもボールを投げ込む。
「一番、ライト、イチロー」
バッターボックスの少年は振り子打法で応戦、空バット(プラスチック製)をフルスイングする。ジャストミートした球は、一瞬ぐにゃりと凹みボンという鈍い音をたて、大飛球となった。
「ヨシノブ(高橋由伸)追いかける」
外野の少年はそう言いながら、ボールを追うも公園のフェンスを越えた。狭い車道を転がり抜け、民家へと入り込んだ。
「このヘタクソ!」
自称ヨシノブ少年から野茂匠にヤジが飛ぶ。
「ちえっ」
匠は、フェンスを飛び越え、車道を渡り民家の庭へ入り込む。
自称イチロー少年もそれに付き合う。ヨシノブは公園で腕組をして事の成り行きを見守っている。
「見つからんと、よかばってん」
イチローは呟く。
「うん、あそこのおっちゃん、怖かもんなぁ」
匠は頷いた。
ほどなく・・・。
「こうら!なんばしよっとか!」
けたたましい怒り声が辺りに響く。
「あ~あ」
少年二人の溜息。次の瞬間、蜘蛛の子を散らすように全力で走る野球少年たち。
本日のポン球野球はこれにて終了。
各自走り回り、なんとなくの合流場所、裏の公園にある福島城階段横の時計灯に集合する。
「今日はこれでしまいやね」
と、ヨシノブ少年。
「しょうがなか」
イチロー少年は頷いた。
「ごめ~ん」
猛スピードで走ってくる匠がみんなに謝りながらやってくる。
デートその二
深まる秋の頃。
ベッドの上で胡坐をかき、目の前にある携帯をじっと見つめる匠。時刻は夜の七時半。
(この前は、失敗しちゃったなあ)
腕組みをして思案する匠。
(次は八女トーク控えなきゃなあ)、
「うーん、でもなあ」
思わず、一人だけの部屋に唸り、独り言を呟いている。
匠には杞憂する案件があった。明日は休みだが、やり残した仕事があるのだ。だが、希穂とデートがしたい。
(難しいよなぁ)
「でも、会いたいんだよなぁ」、
思いが後半、声に出る。鉄は熱いうちに打て、今まさにそういう気分だ。
前回のリベンジと純粋に会いたい思い。足枷のやり残した仕事、携帯との睨めっこがしばらく続いた。
すると、不意に着信音が鳴った。ディスプレイには彼女の名前。
すばやく、携帯を取り上げ電話に出る。
「ふぁい!」
思わぬことで、声がうわずる。
「匠さん?」
「はい、そうです」
私が変な・・・と続きそうな勢いだ。
「あのですね・・・」
「はい」
「あのですね・・・」
「・・・・・・」
自分になにか言いたい電話越しに希穂の緊張が伝わってくる。しばらくの間があり、携帯越しに彼女の息を吸う音が聞こえる。
「たしか、明日休みって言っていましたよね」
「はい!もちろんです」
「ちょっと、今日、お菓子を・・・クッキーをたくさん作り過ぎちゃって・・・あの、良かったら貰っていただけませんか」
「はい、喜んで!」
即答だった。何の迷いもない。
「ふふ。ありがとうございます」
喜ぶ希穂の弾むような声を聞き、匠はにへらと笑う。たが、憂慮すべきことがある。
「あっ、でも」
思わず口がでてしまう。
「都合、悪いですか」
「いいえ、全然」
「それじゃ」
「はい、明日十時に」
「はい」
(よっしゃあああ!)
電話を切る。
(あっ、仕事)
後の祭りだ。
(・・・まっ・・・いいか)
が、現実問題そういう訳にはいかない。しばらく匠は考えを巡らす。
「そうだ!」
妙案がうかび叫ぶ匠。
翌日。
広い窓から注ぎ込む秋の陽光が心地よい。辺りを包む静謐と静寂。
「すいません、希穂さん」
「いいですよ。私こそ、お忙しいのにすいません」
二人は小さな声で会話をする。二人が訪れているのは図書館。
匠はテーブルいっぱいに資料を広げ、仕事を終わらせようと懸命に作業している。
希穂は絵画美術の本を開き、興味深く熱心に見ている。
匠はそんな希穂をちらりと見た。
伏し目がちに本に見入る彼女。
(ええ、良いです)
匠は思わず頷いた。視線は彼女を捉えて固まる。
熱視線に気づく希穂。
「どうかしたと?」
希穂の視線が匠へ向く。
「いえ、ええ」
「ん?」
「大丈夫です。はい」
頷くと希穂は本に視線を移す。
匠は呆けた気を取り直し仕事に没頭する。
静かな環境でのおかげで、匠の仕事ははかどり、希穂は充実した時間を過ごした。
二時間弱が過ぎ、
「よしっ!終わった」
匠は大きく伸びをし、椅子越しに身体を伸ばし、反り返ると後ろの館内時計を見た。
十二時を回っていた。
匠が思ったよりも時間は経過していた。
「すいません希穂さん。長々と」
「・・・終わりました?」
「ええ」
彼女は三冊目となる本をゆっくり閉じると、にこりと笑った。
(ええ良い)
再び思い、喜びをかみしめる匠。
「じゃあ、昼飯食べに行きましょう。お詫びにおごりますよ」
「はい、ありがとうございます」
二人は館を後にした。
図書館からほどなく歩き、市役所前のうどん屋「つるや」で二人は食事をとる。この店の九州名物ごぼう天うどんは揚げたてで、パチパチと音をたててやってる。聴覚にも訴えるのである。
二人はごぼう天うどんとおにぎりを注文した。
「すいません。僕の都合に付き合わせちゃって」
匠は改めて詫びた。
「よかとですよ。ゆっくり、いい本も見れたけん」
「絵画の本を見ていましたね」
「ええ、よか気分転換になったとよ」
希穂は屈託なく笑った。
(ええ良い)
匠はまたしても思った。
ほどなくして、ごぼう天うどんが食欲そそる揚げたての音をたてながらやって来た。
「いただきます」
「いただきます」
二人は食べ始めた。
匠は自他ともに認める早食いだ。ものの三分もしない内にうどん、おにぎり共に完食してしまった。
希穂は猫舌で、食もゆったり食べる方なので、彼が食べ終わっても、ようやく半分ぐらいだった。
手持無沙汰となった彼は、店に置いてあった雑誌を片手にとり読み始める。彼女は待たせてはいけないと思うあまり、慌てて食べようとする。
ふーふーしながら、頑張って食べるその様子に雑誌越しからそっとのぞく匠、
(ええ、可愛い、良い)
当時の、やっぱり思ってしまうのである。
「希穂さん、気にせずゆっくり食べてください」
「はい」
と言いつつ、必死に食べている希穂。それに幸福感を覚える匠だった。
やがて、食べ終えた二人はお店をでた。
「希穂さん」
「はい」
「ちょっと、腹ごなしに散歩しませんか」
「いいですよ」
「じゃ、公園でこれ食べましょう」
匠は先程貰った、クッキーを見せた。
「うん、よかですね」
希穂は頷いた。
八女公園は市役所の近くで図書館の隣に位置する。公園は城跡がある広場と噴水、ステージがあり、奥に遊具と公園があり、子どもたちがのぼれる大きな木、八女ゆかりの画家坂本繁次郎の銅像、戦没者の慰霊碑がある。
二人は城址石段の中ごろに腰掛け、クッキーを食べることにした。
平日の昼間とあって、ほとんど人はいない。
綺麗にラッピングしている袋からクッキーを取り出し、匠は一口で頬張る。
「うん、おいしい」
「本当?」
希穂は嬉しそうに言う。笑顔につられ、
「本当ばい。うまかです!」
匠は思わず大きな声になってしまったことに、恥ずかしそうに照れた。
子どもの頃 参
小学高学年になると鍛錬遠足があり、その場所は飛形山だった。
五年となった匠にとって、それはハードで遠足というより山登りではと思うほどだった。彼は息をきらせ道中を歩いた。
木々に光を閉ざされた山道には、大きな山ミミズが何匹も農道の真ん中を蠢いている。畑の傍らにポツンとある肥溜めに、以前恐怖本で見た肥溜めに落ちた人の話を思い出しゾッとした。
そんな光景も次第に慣れていく。仲のいいクラスメイトとワイワイ話しながら歩いていると、そんな恐怖感もいつの間にか忘れていた。
ほどなくして頂上付近の公園に着いた。
ゴールの喜びもそこそこに、匠はガッカリした。その広場ただ広いだけで何もないのだ。遊具もない。
ここで何をするのかと子どもながらに怒りを感じた。
しかし子どもの頭は柔軟だ。広場で弁当を食べ終わる。彼は何をしようかと考える。すると三組のイチロー少年が、弁当箱を包んでいた広告紙を丸めて紙ボールにし嬉々としていた。
「おおい」
イチローはそれを持って高々と掲げた。
「おお」
匠は驚嘆し、素早く反応、脇の草むらに入り、ほどよい枯れ木を見つける。バット代わりに、素振りをする。一斉に男子が集まる。そこからクラス合同のなんちゃって野球大会がはじまった。
デート その三~ホマレとタクミ~
匠と希穂のお付き合いは始まった。
三度目のデートは、八女伝統工芸館と八女人形会館に行くという、なんともぱっとしないものだった。希穂はこれってデート?と疑問に感じるものがあったが、まぁそんなものなのかなと思うことにした。実際、匠に会うのは楽しい、そう感じていた。匠はデートであると確信している。
しかし匠も少しずつ、自己満してないかなと感じつつあった。彼女は喜んでいるのかなと。
(どうなんかなぁ)
少し、デート内容に不安を覚える。
四度目の今回は、飛形山に深まる秋を見に山歩きというプランだった。
「ふう」
ベッドに仰向けに寝そべり天井を見、溜息をついた。
「それにしても」
独り言がつい、でてしまう。
(自分勝手な八女好きにもほどがある)
匠は八女を愛してやまない、普通とはかけ離れたイタイ男だった。
自分優先の独りよがりによって、たまに見せる希穂のついていけない視線は退屈ということじゃないのか、思えば思うほど、悶々と深みに入っていく匠だった。
(まぁ,それはいい)
希穂はそう思っている。同郷の者として、地元が好きな彼は自分も誇らしく感じる。度が越してる部分もあるが、そこが可愛いとも。
(でも、デートらしいこともしましょうよ)
不満はあるにはある。自分も八女の伝統工芸に携わる身、深く知ることは悪いこどではない・・・けど。
(小学生の方が、ましなお付き合いしているかも)
多少、不安になってくる。これでいいの?と。
(ひょっとしたら、向こうが気をつかってくれているのかな)
と、一瞬思ったが、いやいや天然だろうという結論になる。
(まぁ、いいか)
彼氏がいるという事は間違いないのだから。
以前の漠然とした不安を感じる日々はない。付き合うことになって、毎日が充実しはじめたと実感している。
そう思うと、匠に感謝したい。
希穂は布団をかぶると、すぐに寝入った。
当日。
その日は見事な秋晴れに恵まれた。木々の葉たちは赤みを帯び日差しは優しい。
二人はゆっくりと並んで歩く。日々の喧騒を忘れての山歩きは思いのほか、気持ちがよく心が軽やかになる。
(気持ちいいなぁ)
希穂はそう思った。
「・・・・・・」
さっきから匠がソワソワしだしている。手の伸ばしてはおさめ、挙動不審なのだ。
(手をつなぎたいのかしら)
と、希穂はそう思わないでもなかったが、小、中学生でもあるまいし、以前も繋いだし、そんなシャイボーイでもないだろうと気にしないふりをした。
だが、匠の不審者ぶりはおさまらない。
ついに・・・。
「あの・・・希穂さん」
「はい?」
「手をつないでください」
(やっぱり・・・)
微かに笑うと、
「どうぞ」
差し出される右手。
ぱっと匠の顔が明るくなる、ぎこちなくも手をつなぐと途端に上機嫌になった。
あまりの単純と純粋さに、彼女は彼が可愛くて嬉しくなった。
二人は山頂の石碑がある広場で昼食にした。
そこには希穂が夜明け前から一生懸命につくった自信作の手作り弁当が、匠の眼前に広げられた。
「ありがとうございます。いっだきまーす!」
匠はいちいち感激しながら、喜びをあらわし口に運んでいった。
「おいしいです。ありがとう」
改めて素直に喜びを表す人なんだと希穂はにっこりと笑う。
食事が終わると、二人は広場の芝に寝転がり仰向けに空を見た。
どこまでも突き抜けるような青い空に、秋のたなびくうろこ雲。
「いいですね」
希穂は呟いた。
「はい」
匠は笑う。それから、
「あの・・・」
遠慮がちに匠は言う。
「どうぞ」
希穂はそっと手を差し出す。匠ははにかみながら、その手を握った。
二人は、その青空をしばらく見ていた。
青空はどこまでも澄んで、二人の心を穏やかに優しくとらえていた。




