11 民話
藤田さん似(曽根崎さん談)のゆるキャラを横目に、僕らは旅館に向かうためバス停に立っている。
「いっそ逃げたりはできないんですか?」
「難しいだろうな。ほら、あれ」
曽根崎さんが駅の改札口を指差す。つられて振り返り、「ヒッ」と声が漏れた。
集落で見た子供の一人が、雑踏に紛れて立っていた。固まる僕を見て、曽根崎さんは愉快そうに笑う。
「近づいてみるか? だんだん顔のパーツがただの穴に変わっていってな、結構面白いぞ」
「……遠慮しときます」
「そうか。じゃあとっとと旅館に行こう」
「よくあんなの見て平気でいられますね」
「最初は怖かったような気もするが、何度も見てる内に慣れた」
慣れてたまるか、と僕は思った。
ちょうどバスが来たので、乗り込む。そこから先は互いに言葉も少なくなって、ただ窓から景色の流れるのを見ていた。不思議な感覚だった。レールの上に乗った電車みたいに、僕らの体は無意識に同じ旅程をなぞっていた。録画した映像をバーチャルリアリティで再生している感じと言えば、もっと分かりやすいのだろうか。
それでも一応、記憶に無い会話や行動を試みることはできたのである。大きく外れようとすれば、途端に例の子供達が視界の端に映ったが。見張られている、もしくは牽制されていると感じた。
旅館に荷物を置き、着替えて、滝へと向かう。一歩山を進むごとに深まってくるのは、あの緑と土の匂いだ。あまりにもリアルで、前回のループの記憶が無ければ違う世界だと気付けないだろうと思った。
「……四つの神様を、食べた竜」
だけど、結局囚われていることには違いない。視界の隅に映る子供二人を気にしないようにして、僕は顔に飛び散った滝のしぶきを親指でこすった。
「滝は、四つの神様を食べた竜が浄化されてできたと聞きました。そして不気味な子供の数も、四人。曽根崎さんは、これら二つに関連性はあると思いますか?」
「そうだな。調べてみる価値はあると思う」
「分かりました。僕の記憶が正しければ、神の姿を模した祠もあったはずです。早速ネットで情報を検索を――」
「――してみた結果がこちらです」
「短時間クッキング的な用意の良さですね。っていうかアンタ、スマートフォンは忘れてたんじゃ……」
「これは君のだ」
「オイいつのまにスりやがった」
しかしささやかな怒りは、スマートフォンの画面を目にするなり上書きされた。思わず身を引く。そこに映っていたのは、人間の形に似た六足歩行の虫達が幾度となく石に潰される光景だった。石を掴むのは、三本指の節だらけの手。虫の内数匹は同胞の体液に溺れながらなお死ねないのか、グロテスクな脚はうごうごと宙を掻いていた。
「な、なんですか、これ……!」
「言ったろう、検索結果だよ。祠について調べると、必ず表示されるようになっている」
「どうして……」
「嫌がらせ以外の理由は無いんじゃないか? 動きに規則性があるわけでも無し、生きてる虫が文字を作ってるわけでも無し」
「検証できるぐらい見たんですか、こんな動画」
「当然だろ。こちとらループするたびに検索かけてんだ。な、君も見てみろって」
「ぎゃー! 嫌だ嫌だ気持ち悪いやめろ!」
「人間に似てはいるが、昆虫だとしたら心臓は無いのかな。体液も薄い緑色だし、もしやコイツらこのナリで葉っぱ食ってんのか」
「やめろっつってんだろ! いいからスマホください! 旅館の人に電話で聞いてみますから!」
「無理無理。この画面になったら、電源すら切れなくなるから」
「じゃあなんで検索したんだよ!!」
腹が立って曽根崎さんの手からスマホを引ったくり、滝壺の中にぶん投げる。二秒経ってやっと「アレ僕のじゃん!」と気がついた。
「ま、ここは現実の世界じゃないんだ」落ち込む僕の肩を、曽根崎さんがポンと叩く。
「特に問題は無いだろ」
「……もし影響が出てたら、弁償してくれます?」
「まるで私の過失みたいに言う」
「元はといえば、曽根崎さんが変な映像見せるからいけないじゃないですか。四分の一でいいんでお金ください」
「いいよ、全額払うよ。遠慮すんなって、変なとこで」
スマートフォンは失ってしまったが、僕らのルートは滞りなく繰り返されねばならない。徐々に迫ってくる三人の子供に追い立てられるようにして、僕らはまた山中に戻った。
人の足で踏み固められた道はすぐに無くなり、草をかき分けながら進んでいく。後ろには曽根崎さんがいて、おかげで多少子供達の存在は考えなくて済んだ。
「……ところで君は、どこでそんな民話を知ったんだ?」
「え?」
曽根崎さんの問いかけに、つと足が止まりそうになる。だが、これはあくまで意識上での話だ。僕の体自身は、機械か何かでできたみたいに絶えず前進していた。
「どこ……でしょう。旅館について調べた際に、チラッと見たのかも……」
「私の記憶している限り、君が民話を持ち出してきたのは三回目のループでだ」
「……」
「つまり、もともとの君はこの民話を知らなかった可能性がある」
「じゃあ、僕は誰から――」
――誰から?
自分で発した言葉だったのに、みるみるうちに顔から血の気が引くのが分かった。曽根崎さんは、「どこで」と尋ねた。なのになんで、僕は「誰から」と自問したんだ?
――本当は、知っているんじゃないのか。
「オイデ」
覚えているんじゃないのか。
「オイデ、オイデ」
今も聞こえる、嗄れた声との会話を。
「曽根崎さん、あっちになんか見えますよ」
「見える?」
「はい。屋根っぽいものが」
「ああ、山小屋かな」
「もしくは民家のある場所に出たのかもしれませんね。行ってみませんか?」
「……まあ、そうだな。他に道も無いし」
聞き覚えのあるセリフが、勝手に口から出てくる。僕らの足は、勝手に集落へと向かっていく。曽根崎さんは、恐怖に笑っている。
彼の肩越しに見た子供の数は、四人に増えていた。





