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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第4章 夢で見た小箱
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8 ここにいた俺を

「どうしたい……って」

 こぼした声は震えていた。情けないことだ。

「言葉の通りさ。自分で死ぬか、外に出てあの不気味な子供らに殺されるか、それとも私に介錯されるか」

「……」

「繰り返すが、あまり悩んでいる時間は無いぞ。君って奴は、いつも死に方を決めてからが長いから」

「誰だってそうでしょ。いきなり死ねって言われて、行動に移せる人とかいませんよ」

「本当に死ぬわけじゃない。始点に戻るだけだ」

「死ぬ行動を取ることに変わりはないです」

「あーもう、堂々巡りしてる余裕は無いって言ってるだろ。ほら、ナイフを寄越せ」

「僕を殺すんですか?」

「君を死なせたくはないからな」

「なんか禅問答みたいですね」

「だからふざけてる時間は」

「分かってますよ。だから――」

 曽根崎さんに向き直る。彼の手首を掴んで地面に押しつけ、体を固定したところで首にナイフを当てた。驚いたように息を飲むのが、聞こえた。

「ぼ、僕が……アンタを、殺します」

「……できるのか?」

「や、やります。なんてことないですよ」

 フヒッとわざと変に笑ってやる。本当は口から心臓が出そうなぐらいバクバクしていたけど、悟られたくなかった。

「大丈夫ですよ、すぐに後を追いますし。ほら、僕そういうの慣れてますから」

「自虐も自虐だな。まあ助けられてきた側からすると、何も言えないんだが」

「あと僕、人を殺したことがないんで、刺してから死ぬまで時間がかかるかもしれません。そこは初心者ってことで大目に見ていただき、そっちで便宜を図ってください」

「どうしろと」

「気合いで血を放流」

「ダムじゃねぇんだよ」

「できるだけ痛くしないようにしますから」

「無理無理。絶対痛いもんだ、あれは」

 そんなやり取りをしている間にも、青い光は近づいてきていた。焦っていた。焦っていたけれど、曽根崎さんの首に当てられたナイフは、未だ微動だにできていなかった。

 ――やらなきゃ。早く曽根崎さんを殺さなきゃ。だって、もしも曽根崎さんの正気が僕を殺した瞬間に失われたらどうする? 自殺ができず始点に戻れなかったら? この人はループを覚えている。そのたびに消耗されただろう今の精神なら、何かの弾みでそうなってもおかしくないのだ。

「……」

 曽根崎さんを助けたければ、曽根崎さんを殺さなければ。僕が、ちゃんとやらなければ。

 手が震えている。呼吸が短くなる。肺が痙攣している。頬を伝うのは汗だろうか。それとも涙? 冷たい。内臓が。手が。指先が。

「……つくづく君は、“人間”だよなぁ」

 腹立たしいほど呑気な声と共に、軽く足首を引っ張られる。曽根崎さんは、また僕のアンクレットに指を引っ掛けていた。

「いっそ感心するよ。生き長らえる保証があるのに、わざわざ君は葛藤する。理由はループごとに変わるようだがな。果たして今回は何だったのやら」

「……だから、それが普通じゃ」

「私は君を殺せるよ。そうする必要があれば」

「……」

「けれど……そうだな。一点だけ、心残りがあるとすれば」

 曽根崎さんの手が、ナイフを持つ僕の手に添えられる。ポカンとする僕に何の説明もなく、ぐっと刃が動かされる。

 血が噴き出た。僕の手に、顔に、生温かい液体が飛び散った。

「……ここにいる今の君を、失うことだ」

 曽根崎さんは、疲れたように微笑んでいた。

「いやなぁ……これでも結構楽しんでるんだよ、この旅行。もっとも、いつも途中で……それどころじゃ、なくなるが」

「……」

「不思議なことに……見る景色は同じでも、君の反応や行動は毎回、微妙に違うんだ。意外なアクシデントが、起こることだってある。しかし、それも……ループに入れば、全て君は忘れてしまう」

 声に血が混ざって、ゴボゴボと音を立てている。もう数十秒ももたず、曽根崎さんは死ねるだろう。なのに僕は、ナイフを捨てて彼の血を止めようと必死で首を押さえていた。

「……寂しい、というのかな。これは」

 曽根崎さんが、僕の後頭部を押さえた。思いの外強い力で引き寄せられ、彼の肩に僕の額がぶつかる。……もう、こんなに体が冷たい。声だって酷く余裕が無いのだ。まるで今肺にあるだけの酸素で、残る言葉を吐いてしまっているかのように。

「なあ、無かったことにするなよ」曽根崎さんの心音に、血の音が混ざる。

「僅かでも……楽しいと思ったなら、さ。見た景色を。感情を。辿ってきた、道を。俺と交わした……言葉だって、そうだ」

「曽根崎、さん……」

「たの、む」

 血まみれの手が、僕の耳の後ろ辺りの髪を掴む。肘で体を固定される。僕はやっと、自分が捨てたはずのナイフが無くなっていることに気がついた。

「ここにいた、俺を……忘れるな」

 僕の脳に、鋭い凶器が差し込まれた。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
小説家になろう 勝手にランキング script?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点] ループの為とはいえ心中……! 心中……!! そして忘れるなの言葉……なんて尊い……!! (性癖にどストレートかまされて呼吸困難半死半生)
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