番外編2 おばけアパート1
「曽根崎ー! 助けてくれよー!」
「景清君! 閉店!」
「そんなぁぁぁ!」
ある日突然、椎名さんが訪ねてきた。見た所曽根崎さんに依頼があるんだろうな。そうに違いない。でも残念ながら僕の雇い主は店じまいを宣言したので、今日のお仕事はこれで終わりである。お疲れ様でした。
「景清君からも何とか言ってやってくれ! 曽根崎が酷いんだ!」
「恐れ入りますが僕はあくまで一従業員である立場ゆえ面と向かっての上司への提言は憚られるものがあり」
「なんだよ、風通しの悪い職場だな! 頼むよ景清君ー!」
僕にすがってくるあたり、曽根崎さんに言っても梨の礫なのは重々知ってるんだろう。当の本人はというと、今台所に消えたところである。多分塩とか探してる。
「……仕方がない、こんなこともあろうかと」
「何ですか?」
「これを受け取ってくれ」
なんともファンシーな結婚式用の御祝儀袋を手渡される。中を確認してみてびっくり、なんと一万円札が三枚も入っていた。
「俺からの賄賂だよ。全額君の懐に入れていいから、曽根崎に取り次いでくれないかな」
「わ、わ、賄賂……!」
「どうだろう」
「……で、でも、流石にお金で釣られるようではこのアルバイトは務まらな」
「曽根崎がウンと言ってくれたら、成功報酬で更に一万円上乗せするけど」
「曽根崎さん、仕事ですよー!」
「君ってやつは!」
塩袋を小脇に曽根崎さんが現れた。だって合計四万円だよ? 向こう一ヶ月ぐらい健康的な食生活を送れる額だ。大金だ。
椎名さんがニコニコしながら、僕に一万円を渡してくれる。ちゃっかり受け取る僕に曽根崎さんは呆れたようにため息をついた後、いつものように事務椅子にふんぞり返ったのだった。
彼からの依頼は、大変奇妙なものだった。
「椎名さんのお友達の家に幽霊が?」
「そう! 絶対幽霊の仕業だぜ!」
椎名さんの運転する車の助手席で、僕は首を傾げる。ちなみにこの状況は、乗車直前に椎名さんがノリノリで助手席ドアを開けて僕を名指ししたことにより起こった。それからというもの曽根崎さんはずっと無言で、長い体を惜しげもなく使い後部座席を陣取っている。背後の圧が怖い。
「最近、友達が家を買ったんだけどな。古い感じの元アパート」
「へぇ、変わった物件ですね」
「そいつ、DIYが趣味なんだよ。家の耐震条件はクリアしてたから長い時間かけて直してさ、また人が住めるようにしたいんだって」
「なのに、幽霊が出たと」
「困るよなー。ま、曽根崎が何とかしてくれるからいいんだけど」
「……」
「曽根崎ー?」
徹底した無視である。だけどそれでメンタルがめげる椎名さんでもないのだ。そうこうしている内に、車は路地に面したコインパーキングに止まった。
「よし、到着! 例の家はすぐ目の前にあるよー」
「え? ……うわぁ、これは……」
現れた全貌に、僕はつい言葉を無くしてしまった。古い感じの元アパートと聞いていなければ、本当にここだと分からなかったかもしれない。コンクリートは剥げ、手すりは錆び、雨樋は壊れ、屋根は傾いて。窓に至っては、所々割れてしまっている。
シンプルに、廃屋。それが僕の第一印象だった。
「あ、今日はここの二階に泊まっていいってさ。タダだからお得だな!」
「むしろ金取るって言ったら僕帰ってましたよ。これ耐震条件クリアしてるって嘘ですよね?」
「そこは俺関与してないからなぁ。でも俺は友達を信じてるよ」
「キラキラした目で言うんだもん。曽根崎さーん」
「よし、怪異を撲滅する方法を思いついた。ショベルカー持ってきて、アパートを全解体するんだ。あとは地面掘って骨とか出てこなかったら、適当に埋め立てて解散。以上」
「壊したら意味無いんだよ、曽根崎! 家は据え置きで頼むぜー!」
「チッ、面倒くせぇ……」
機嫌の悪い曽根崎慎司は、いつも以上にガラが悪いようだ。スーツのポケットに手を突っ込み、ズカズカとアパートに向かっていく。
そしてある部屋の前で立ち止まり、鉄製のドアに貼り付けられたプレートを見上げた。
「まず、一〇一号室。ここでの怪現象は?」
「お、やる気になってくれたか!」
「早く終わらせて帰りたいだけだ。こんな場所に泊まりたくもないしな」
「なんでさぁ。俺と曽根崎と景清君とで、枕並べて夜通しおしゃべりしようぜ?」
「ここでの怪現象は?」
「無視するなよ。えーと、確か『恨めしげな女の悲鳴が聞こえて、振り返ってみるとカーテンの向こうに誰かいた。逃げようとしたけど、何故かドアが開かなくなっていた……』だったかな?」
「フン」
曽根崎さんは鼻で笑ってあしらうと、躊躇いなくドアを開けた。鍵、かかってないのか。不用心だ。
覗いた部屋の中は、案の定無残なまでにボロボロだった。畳は毛羽立ち、床は所々穴が開き。壁には、誰がやったか妙な落書きが描かれている始末だ。
「ここ、土足でいいんですか?」
「いいよー」
ちなみに曽根崎さんは、僕が確認する前から靴のままガンガン上がっていた。失礼すぎる。
床の穴は危ないと思ったけど、入ってみれば足を取られるほどの大きさでもなかった。うーん……これならギリ住める、のかな?
「……」
曽根崎さんは、しきりに窓を調べている。と思ったら、突然立ち上がった。
「ここ、電気は通ってるか?」
「勿論。じゃなきゃ住めないからね」
「そうか」
椎名さんを押し退け、曽根崎さんはコンロの前に向かう。なおここの間取りは、六畳のワンルームにキッチンと寝室がすっぽり収まってる形だ。
とりあえず、のこのこついて来て何もしないのもアレだな。そう思い、カーテンを調べてみようとした時である。
「オオオ……オオオオ……」
「……ッ!」
――どこからともなく、女の声が聞こえ。
向こうに誰もいないはずのカーテンが、ふわりと揺れたのである。





