番外編1 病室にて、君とオレ
――阿蘇さんや椎名さんみたいに、強かったらな。
柊ちゃんみたいにいるだけで周りを華やかにできて、曽根崎さんみたいに頭が良かったら。景清みたいに、ここぞという時の勇気を持てたならな。
真っ白なベッドの上で、オレはぼんやりと天井を見上げていた。とりとめもなく浮かんでは消えるのは、三条正孝が持っていないものへの憧れ。オレらしくないなぁと思いながら、打ち消すように寝返りを打った。
昨日、何が起こったのか。大江ちゃんとミイラ泥棒を追って、アジトを見つけて。今にも飛び出しそうな大江ちゃんを宥めながら、景清たちを待っていたところまでは覚えている。
けれどそこから先の記憶が無い。何か見たような気はするが、思い出そうとすればするほど頭に霞がかかってうまく掴めなくなるのだ。
多分、景清が何かしてくれたんだろうな。さっきお見舞いに来てくれた時、「今は大丈夫? しんどいこととか無い? 怖いこととか……」なんて聞いてきたし。すげぇ目が泳いでたな。アイツは自分で思ってる以上に嘘がつけないことに、早く気づくべきだと思う。
……うーーーーーん。
ダメだ、オレ暗いな。よし、元気出そう! 今から元気モードになるよ、オレは! やっぱ体動かせばいいのかな? あと日光に当たれば元気になるって聞いたことがあるし、なら服脱いで窓際でラジオ体操してたらそれもう最強になるんじゃ
「三条さん」
「マ゛ーーーーーーッ!!」
でも服脱ぐ前にノックの音がした。危なかった。あと三秒タイミングがズレてたら、大江ちゃんにあられもない姿を見せるとこだった。ヤベェ。
「入っても構いませんか?」
「ももももちろん! オレ服着てるし!」
「当然のことでは?」
まもなくドアが開き、大江ちゃんが入ってきた。今日はいつもの制服ではなく、可愛らしい感じの私服である。
「お身体の調子はいかがですか?」
「元気いっぱい!」
「そうですか、良かったです」
「大江ちゃんは?」
「私も元気です」
彼女は、明らかにホッとした顔で笑っていた。けれど弓形になったその目は、いつもより少しだけ腫れているように見える。
……泣いてたのかな。でも、泣いてたんだとしたら、きっと理由はオレが思い出せない場所にあるんだろう。
不甲斐なくて情けない。つい、ため息をこぼした。
「ど、どうしました? 大丈夫ですか?」
そうしたら気付かれてしまった。オレは大馬鹿野郎である。
「なんでもないよ! オレ超元気だもん!」
「本当ですか?」
「うん! ご飯もおかわりしたし!」
「……」
じっと見られる。オレは景清ほど顔に出ないと思うけど、こうなると平常心でいろっていうほうが無理だ。五秒ぐらいで観念して、頭を下げた。
「……ごめんよ、大江ちゃん。オレ、全然役に立てなくてさ」
「えっ……」
「もっとオレが強かったり頭良かったりしたら、違う形で大江ちゃんを助けられたと思うんだけど。結局ミイラも奪われて、景清とかが来るまで何もできなくて……」
「い、いいえ! あのミイラは、他の誰にもどうすることはできませんでしたよ! えっと、あああ! 違うんです! 言いたいことそうじゃなくて! ううう……っ!」
オレのみっともない懺悔に、大江ちゃんは両腕をぶんぶん振って否定してくれている。かと思ったら――。
「私が悪いんです……!」
ぶわっと大江ちゃんの目から涙があふれた。
「おわーーーーーっ!!?」
「さ、三条さんが止めるの聞かずに突っ走ったから……! ごめんなさい……!」
「えっ!? ナンデ!? なんで泣くの!? 大江ちゃんなんも悪くないよ!」
「悪いんです! 三条さんがいなかったら私、絶対に酷い目に遭ってました……!」
眼鏡を外してハンカチで両目を覆う大江ちゃんに、「そうなの?」と尋ねる。けれどやっぱり、何も思い当たる節が無い。オレの頭は、依然としてぼんやりとしたモヤがかかったままだ。
「……三条さんは、向こう見ずな私を何度も守ってくださいました」大江ちゃんは、ぐすぐすと鼻をすすって言う。
「危険から遠ざけ、その中でできることを考えて、私を落ち着かせてくれました。お父さんの悲鳴が聞こえた時も、ミイラが盗まれた時も、犯人の棲家を見つけた時も。全部」
「……トラブルを避けただけだよ。オレは喧嘩強くないし、頭もそんなに良くないからさ」
「それを守ると言うんです!」
彼女の赤らんだ目が、オレをまっすぐ見つめた。
「私、一つだって怪我も怖い思いもしてないです! 全部三条さんが助けてくれたからです! だから……三条さんが『役に立てなかった』って言われるのは、絶対に違います!」
「……大江ちゃん」
「私、守ってもらいました! 助けてもらいました! でも、私が最初からちゃんと冷静に行動してれば、三条さんを巻き込むこともなかったんです……」
「……」
「ご、ごめんなさい……。謝りながら泣くのが一番悪いってわかってますが、と、止まらなくて……」
大江ちゃんはなんとか泣き止もうと、自分でほっぺを伸ばしたり捏ねたりしている。謎の儀式だ。この子いつもこうやって涙止めてるのだろうか。
「な、泣き止まなくていいよ」
どうしていいか分からなくて、パシッと彼女の手を握った。大きな大江ちゃんの目が、いよいよ丸くなる。
「あれ、違うか。こういう時は泣かなくていいよって言ったほうがいいの? でも、オレ大江ちゃんが泣いても困らないんだよ。あ、勿論笑ってくれたほうが嬉しいけど、泣いてても大丈夫って意味でね!」
「……」
「あの、ありがとう! オレ、大江ちゃんの役に立ててたって知れて、嬉しかった!」
我ながら、詰め込みすぎて何を言っているか分からない。けど頭のいい大江ちゃんならちゃんと受け取ってくれると思ったから、伝えたいことを全部言ってしまおうと思った。
「あと、自分が悪いって思うこともないよ。オレは心配で色々言っちゃったけど、大江ちゃんの気持ちは間違ってなかったと思うもん。お父さんを心配したり、ミイラの被害を防ぎたいと思ったりとかさ。それにしっかりオレの話を聞いて、動いてくれたよ! 大江ちゃん、すげえ頑張ってくれたから!」
「うう……三条さん……」
「……ん、あれ? 一回だけオレのお願い無視して行動した気がするな。どこだっけ……確か、車から出て……」
「私!!!! 全部お利口さんに言うこと聞きました!!!!」
「ア、ハイ!!」
一瞬何か思い出しかけたけど、大江ちゃんの大声で全て吹き飛んだ。まあいいか。大江ちゃんはいつもお利口さんだしな!
「じゃあもう謝るの無しね。オレもやめるよ」
「はい、ありがとうございます」
「うん! あ、何それ。お見舞い持ってきてくれたの?」
「はい! 苺大福です!」
「ありがとう! いただきます!」
早速綺麗に包装された紙を開き、お菓子を取り出して一口食べてみる。……美味しい。そわそわしてる大江ちゃんにも一個渡して、二人で「美味しい美味しい」と笑いながら味わう。
本当に、大江ちゃんはいい子だ。この子が来ただけで、オレのウジウジが全部無くなったもん。春の花が咲いたような笑顔に、オレはふと思った。
「……やっぱり、笑ってるほうがいいな」
「え、なんですか?」
「ふおっ!? なんでもないよ!」
声に出てた。危ねぇー。ドキドキしながら、苺大福の最後の一欠片を飲み込む。
大江ちゃんは笑いながら、そんなオレにお茶を差し出してくれたのだった。
〜その頃、病室の外に出て〜
峰柯「嫁にやるのと婿に来てもらうの、どちらがいいと思いますか?」←お見舞いに来てた人
景清「ぼ、僕に聞かれても……」←お見舞いに来たら峰柯に出くわした人
峰柯「彼は教員志望ですからね。人柄からして実に良い教師になるでしょうし、その道を諦めさせるのは良いことではないと思います」
景清「はあ」
峰柯「ですが良い住職になれるとも思います」
景清「はあ……」
峰柯「そうだ、寺子屋!」
景清「とりあえず、涙を拭かれてください。ハンカチどうぞ」
峰柯「君は心根の優しい方ですね……。流石三条君のご友人」
景清「もう全部軸が三条じゃないですか」
病室にて、君とオレ 完





