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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第3章 人魚のミイラ
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24 翌日からの話

 翌日、目が覚めた三条はすっかり事件のことを忘れていた。

「なんかー、すげぇボロいアパートを見つけたのは覚えてんだよ。でもそっから記憶無くて。寝ちゃったのかなぁ、オレ」

 もりもり朝ごはんを食べる彼は、そう言って首を傾げていた。

 峰柯さんと大江さんには、事情を伝えてある。大江ちゃんは思いの外しっかりした顔で「あの日見たことは、全てお墓まで持っていきます」と約束してくれ、峰柯さんは深く曽根崎さんに頭を下げていた。ひょっとすると、彼は呪文やそれに関わるリスクのことを知っていたのかもしれない。

 だが、罪悪感を背負うべきは峰柯さんではない。直接曽根崎さんに呪文を促した、僕のほうにあると思う。

「――怪異の掃除人として、全てを無かったことにする。その為にあの処置は必要なことだった」

 事務所に戻って、人魚のミイラに関する後処理にてんてこ舞いしていた時。ふと、忙しさに紛れて曽根崎さんは言った。

「だから君が気に病む必要は無い。非があるとするなら、ハッパかけた田中のジジイだ」

「またそう乱暴な呼び方を……。っていうか、本当にいいんですか?」

「何が」

「あのお金ですよ。全額僕に任せるとか」

「うん、いい」

 ぴたりと僕の文字を打つ手が止まる。別に返事に動揺したわけじゃない。大量に作られたSNSアカウントに送る文面を確認したかったからだ。

 終わってみれば、結構な重労働だった。だって一つ一つ内容変えなきゃいけないんだもんな。そこまでする必要ある?

「まとめて同じ文章じゃダメなんですか?」

「ダメだ。少しでも違和感があれば、全文検索されて複数アカウントがバレてしまう」

「そこまでする人いるかなぁ」

「世の中の厄介ごとは、概ね暇人により引き起こされるからな。念には念をというやつだ」

「そんなことないですよ。アンタよくそんな偏った知見で生きてこられましたね」

「世界の真実だぞ?」

「すーぐ世界規模にする。一番ヤベェタイプですよ」

 軽口を叩いておいて、エンターキーを押す。これでうまくいけば、SNS界隈では一週間ほどで人魚のミイラに関する嘘顛末を拡げることができる……らしい。少なくとも、曽根崎さんはそう言っていた。

「だけど、景清やマサには色々と面倒をかけちゃったわね」

 それから間も無く訪れた柊ちゃんが、僕に美麗な笑みを向けて言った。そんな彼女が持っているのは、『人魚のミイラ、火事により焼失!?』というおどろおどろしい見出しが踊る週刊誌の下刷り記事だ。アンバランスな事この上無い。

「ほんとは、シンジとボクでサクッと終わらせるつもりだったんだけどね。まさか、あんなイレギュラーが起こるなんて」

「誰だって想像つきませんよ。それに僕のほうは、大したことしてないですし」

「何言ってんの。あの時、ボクやみっちゃんに現場を見せないよう、ずっと率先して動いてくれたじゃない」

 柊ちゃんは、僕の頬に触れて優しい笑みを浮かべていた。

「ありがとね。すっごく頼もしかったわ」

「……柊ちゃん」

「みっちゃんのケアは任せて。マサが記憶を失くしてフォローできない部分は、ボクがついといてあげるから」

 頼もしいのは柊ちゃんのほうだ。僕は彼女にお礼を言うと、下刷りの記事を受け取った。

「――そう。本当に君達には、何と御礼を言って良いやら分かりません」

 そう言って頭を下げたのは、二日後退院して高価な菓子折りを手に事務所を訪れた峰柯さんだった。

「人魚のミイラもそうですが、何より三条君のこと。私の不徳の致す所ではあるものの……曽根崎君、君には負担をかけてしまいました」

「いえ、仕事の一環ですよ。報酬をいただいている以上、礼を言われるようなことでは無いかと」

「……まったく。いつぞやの私と同じ言葉を、君は口にするのですね」

 峰柯さんの目が細まる。まるで、我が子へ向けるような慈愛の眼差しで。

「大人になりましたね、曽根崎君は」

「ええ、ほんの十一年ほど前に」

「そういった口の利き方だけは変わらない。田中さんに怒られませんか?」

「なんのことやら」

 いつもならもうあと一言二言ぐらい余計な口を叩くのに、えらく早く切り上げるものだ。やはり、曽根崎さんにとって峰柯さんは特別な人なのだろう。

「かといって、まだ全ての謎が解けたわけじゃねぇ」

 次にやってきたのは、阿蘇さんである。

「九須寺の物置小屋にあった遺体だが、四日経った今でも身元不明だ。片っ端からそれっぽい失踪者を当たっちゃいるけど、さっぱり引っかからねぇし」

「ふぅん」

「聞くだけ聞くけど、兄さんのほうで心当たり無い?」

「そうだなぁ……。思うんだが、わざわざ失踪者をあたる必要は無いんじゃないか? あの死体には種まき人の刺青が彫られていたんだし、例えば……そう、以前脳モドキを入れられていた哀れな男がいただろう。彼の周辺から探ってみたらどうだ? 長期休暇を取っているような者も含めてな。案外そういう所から糸口が見つかるかもしれん」

「なるほど、一理ある」

「だろ」

「……が」

「うん?」

「なんっで、そういう情報閃いてんだったらとっとと俺に教えねぇんだよ! いつもいつも無駄な用事で電話かけてきやがって! この口と脳は何の為にくっついてんだオラオラオラオラ!」

「おおお落ち着いてください、阿蘇さん! ほらこれとっても高級なお菓子です!!」

「もぐもぐもぐもぐ」

「美味しいですか!?」

「もぐもぐ」こくこく

 ……先に、峰柯さんが来てくれてなかったら危なかった。峰柯さんというか、高級なお菓子が。甘党の阿蘇さんは上品な和菓子に絆され、ソファに腰を落ち着けるともぐもぐと味わい始めた。

 その間、一命を取り留めた曽根崎さんはスマートフォンを耳に当てている。呑気にも、かかってきた電話に応対しているようだ。

「……そうですか」

 相手はきっと、田中さんだ。次の言葉でそれが分かった。

「ミイラは無事、安置されましたか」

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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