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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第3章 人魚のミイラ
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23 “お願い”

 ……驚きはした。驚きはしたけれど、案外すんなりと納得できていた。僕の中の何かが、朧げながらも彼の推測に呼応していたのかもしれない。

 自分は、罪を贖う必要がある。たとえどれほどの永き時を食い尽くしても、それが与えられた重さだというのなら。

 けれど、その為に他の犠牲は必要無い。

「……まだ、残ってるようだな」

 額に軽い痛みが走る。曽根崎さんに指で弾かれたのだ。

「大丈夫か? 話すことが失った記憶のトリガーになる時もある。無理はさせたくないが」

「いえ、ここでやめられるほうがキツイです。なんか夢の中でも出てきそうで」

「そうか」

「はい、お願いします」

「つっても、さっき言ったこと以上の内容も無いんだがな」パタンと音がする。曽根崎さんのスリッパが落ちたのだ。

「ミイラが生きている。生きて、妙な力を行使することができる。しかし黒の筒に入っている以上外部及び内部からの影響は遮断されており、そしてミイラ自身も『自分をしまう』こと以外の行動を取っていない」

「だったらミイラ自身は無害ってことですよね? 特に問題無いのでは?」

「今の所はな」

 不穏な一言である。

「今はそうでも、これからそうならない保証はどこにも無い。加えて、種まき人の連中もアレを狙ってるんだ。どう使うつもりかは知らんが、ろくでもないことには違いないだろう」

「そう、ですね……。だからって対処法があるわけでも」

「無いな。ああー、せめて黒の筒の素材だけでも再現できりゃあなぁ。そうすりゃ、ドラム缶に入れて周りをガチガチに固めて、二度と浮かんでこられないよう太平洋に沈めてやれるのに」

「えらく反社会的なやり口ですね……」

 根はガラ悪いからなぁ、この人。でも、曽根崎さんの言う通り、怪しく先行き不透明なことばかりだ。

「……」

「……」

 そして、沈黙が訪れてしまった。椎名さんもそうだけど、曽根崎さんもこういう空気が平気な人である。僕は苦手なので、いつもは適当な会話を始めるのだけど……。

「……」

「……」

 ……ど。


 どうしよううううう……!


 ポケットに隠した分厚い封筒に触れる。今から僕はこれを曽根崎さんに手渡し、あるお願いをしなければならない。それでようやくこの事件は終わるのだと田中さんは言っていたし、僕もそう思うから。

 だけど……。

「何を考えている」

 あれこれ考えていると、やっぱり顔に出ていたらしい。ずいと不審者面が近づいてきた。

「言ってみろ。聞いてやるから」

「えっと、でも……」

「言いたいことは言っておけ。後悔しないように」

「ですが……」

「……」

「……」

「面倒くせぇな! 何コソコソ隠してやがる景清!」

「ぎゃー!」

 もじもじしてたら奴の本性が出た。繰り返すが、根はガラが悪い男なのである。あれよあれよという間に、僕は田中さんから預かった封筒を奪われていた。

「なんだこれ。封筒……の中に札束?」

「あああっ……!」

「これが君の所持金のはずはない。どこの田中から何を言われた?」

 既に真相の半分は突き止められている。僕は観念して、全て吐くことにした。

「……すいません、曽根崎さん。実はお願いがあるのですが……」

「最初から言えばいいのに、まどろっこしいことを。で、なんだ? とっとと言わないと、この札一枚ずつ燃やしてくぞ」

「明治時代の成金でもそんな燃やし方しませんよ! えーと、えーと……!」

 頭が真っ白になる。曽根崎さんはライターを取り出した。時間が無い。

 ――ええい、ままよ!

「曽根崎さん! こ、この“お金”と“僕”を使って……な、なんでも……!」

 なんでも? なんでも、何だっけ? えっと、えっと、

「なんでも――自分の好きなことをしてくれませんか!!!!」

「……」


「はあー?」


 びっくりするぐらい、見たことのない顔をされた僕だった。




 ある病室の前に立っている。中からは、ドアを挟んでも分かるほどの悲鳴が聞こえてくる。

「いや……だ……! 目が……目から……! なんで、オレ、まで……!」

 ……三条の声だ。いつもの快活さとはまるで違う、苦悶に満ちたもの。いたたまれなくて隣にいる長身の男を見上げると、彼は頷いた。

「まず間違いなく影響を受けているな。三条君の見たものは抉り出された眼球の欠片、つまり間接的に神の残像を見た目なのだろうが、たとえその一片であっても神の影響力は免れなかったのだろう」

「……」

「あの程度なら消せるだろう。任せておけ」

 そう言うと、曽根崎さんはドアを開けた。薄暗い中、まっすぐに三条の元へ行くと耳元に唇を近づける。

 まもなく、白いシーツを握りしめていた三条の手が緩んだ。眉間に寄っていた皺も、今は無くなっている。

 僕が曽根崎さんに頼んだのは、三条の記憶を消してもらうことだった。念の為連れてこられた三条は、病院に着くなり眠りに落ちた。最初はずっと気を張っていたからかなと思ったけど、うなされ始めた時から皆が奇妙に思い始めた。彼が呟いていたのは、明らかに彼自身の記憶に無いはずのものだった。

 三条が、何かから影響を受けているのは明白だった。大江ちゃんは自分のせいだと泣いていたし、柊ちゃんはそんな彼女を必死で慰めていた。そして、それを知った峰柯さんは田中さんに相談して……。

(田中さんは、曽根崎さんの呪文を使うことを僕に提案した)

 直接言わなかったのは、なんとかして僕を巻き込む為だろう。何故かはわからないけど、田中さんは僕を曽根崎さんのメンタル回復装置だと捉えている節がある。僕を介することで、削られた曽根崎さんの正気を回復させようとしたのだ。

 ここ最近、大きな事件が続いたことで、曽根崎さんにかかる精神的負荷は尋常ではなかった。だから田中さんの目論みとしては、お金と僕を寄越すことで曽根崎さんに休息を与えたかったのだという。

「……よし、これでいいだろう」

 曽根崎さんの体が三条から離れた。聞こえてきた三条の寝息は、すっかり穏やかなものになっている。……さっきまであんなにうなされていたのだ。後は、朝までゆっくり寝られるといい。

「しかし、これぐらいすぐに言ってくれればいいのに。別に構いやしないよ」

 やれやれと前髪をかき上げる曽根崎さんに、僕は首を横に振って返す。

「嫌ですよ。それだと、曽根崎さんを利用してるみたいになるじゃないですか」

「妙なことを言うなぁ。人間関係なんざ、利用してなんぼだろ。君の好きそうな言葉で言うなら、『もちつもたれつ』。そういうもんだ」

「だとしてもですよ。だって……」

「だって?」

 ――僕が後でアンタの狂気を和らげてやるから、呪文を使って友人の三条を助けてくれ、だなんて。

 そんな自惚れた意味になるじゃないか。

「……なんでも、ないです」

 だけど、飲み込んだ。飲み込んだせいで、また曽根崎さんに怪訝な顔をさせてしまった。

 起こってしまったことは変えられない。結局のところ、僕は曽根崎さんを利用したのだ。自分の存在はまだ彼の正気を繋ぎ止め、あまつさえ狂気の世界から引き戻せるのだという傲慢を抱くことで。

 言いようの無い罪悪感に、胸が騒ぐ。一方で三条の寝顔に安心感を抱いてる僕もいて、つくづく僕は自分勝手な人間なんだなと憂鬱になっていた。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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