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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第3章 人魚のミイラ
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17 言葉に振り回される

 最初に僕がしなければならないことは、状況の整理だろう。ローション(?)まみれのヌル崎さんとヌル名さんを病院に届けた僕は、一人待合室でぼーっと天井を見上げていた。

 人魚のミイラは、合計七人の人によって盗まれた。そのうち三人は昼間お寺に来ていた動画配信者の人たちで、ミイラを見てしまったことにより死んでしまっている。残る四人は椎名さんに捕らえられていたけど、どういうわけか一人分の死体を残して全員溶けて無くなってしまったそうで。

 ……。

(いやー……考えてもわけわかんねぇなぁ……)

 まるで理解ができない。曽根崎さんなら全て明るみに出してくれるかと思ったけど、今回は物置小屋でヌルヌルになってただけだったし。なんなら、何が起きたのかすら分からず終わってしまう可能性がある。

 だけど、当初の目的であるお寺からミイラを移すことだけは成し遂げられたのだ。その証拠に……。

「やあやあやあ、ガニメデ君。お隣いいかい?」

「あ……田中さん」

「いやに澱んでるねぇ。せっかくの美形が台無しじゃあないか」

 どさりと僕の隣に腰掛けたのは、和装に涼やかな目元が印象的な初老の男。ツクヨミ財団の理事長、田中時國たなかときくにさんその人である。

 何故、彼がこんな場所にいるのか。答えは簡単、今後人魚のミイラはツクヨミ財団の特別保管庫にて管理されるからである。

「人魚のミイラは、無事財団の施設に到着したとのことだよ」

 うっすらタバコの匂いがする。流石に病院ということで遠慮しているようだが、この人はヘビースモーカーなのだ。

「御苦労だったね。君達の尽力のおかげで、また一つ誰かの正義となることができた」

「……僕らは間に合いませんでしたよ。何人も犠牲者が出てしまいました」

「どれほど気を回しても起こるのが、事故というものだ。割り切れと言うつもりも無いが、君が苦しむ必要も無い」

「僕らはそう考えられても、峰柯さんは……」

「……彼なら」

 銀縁眼鏡を折り曲げた指で直し、田中さんは目を細める。

「問題無いよ。ああ見えて、しっかりと根の張った大木のような人さ。加えて阿弥陀如来だってついているんだ。君の憂慮は、かえって彼の気を患わせるだけに終わるだろう」

「……もしかして、お知り合いですか?」

「恩人だよ」

 さらりと言い、田中さんは僕に微笑む。……いや、ちょっと違う。彼の瞳は、一瞬僕じゃない誰かを捉えていた気がしたのだ。

 そういえば、曽根崎さんも峰柯さんに恩があると言ってたな。この合致には、何か意味があるのだろうか。

「だけども、あながちガニメデ君の心遣いも間違ってはいない」考える僕をよそに、田中さんは言う。

「ひとつだけ、大いに後悔していることがあると。そう峰柯殿は口にしていた」

「! 峰柯さん、意識が戻られたんですね!」

「ああ。僕が病室に入った途端、パチリとね」

 どっと肩の力が抜けた。

「本当に良かった……。しかし流石徳を積まれたお方は違います。田中さんの侵入にいち早く気づかれるなんて」

「今微妙に不適切な言葉が聞こえたな」

「で、峰柯さんの後悔とはなんですか?」

「うん、実はそのことで君に頼みがあるんだけど」

 田中さんは、おもむろに懐から分厚い封筒を取り出す。

「これを」

「これ? えっと、なんですか?」

「……この封筒の中身を使って、君に怪異の掃除人を動かして欲しいんだ」

「……」

 不透明な要求だったが、封筒の中身を見て腰を抜かしかける。一方田中さんは、僕を促すように立ち上がった。




 それから数十分後。田中さんと別れてまた待合室でぼーっとしていた所を、曽根崎さんに呼ばれた。隣には椎名さんもいる。

「まったく、散々な目に遭ったよ」

 病院で借りたのか入院用のパジャマを身にまとい、曽根崎さんは濡れた頭をかいた。

「これから烏丸先生の所へ行く。君もついてきてくれ」

「分かりました」

「行きながら、君の見たものについても教えてほしいんだ。粗方は忠助と柊ちゃんから聞いたが、君の視点も聞いておきたい」

「はい、僕でよければ全て伝えます」

「へー、曽根崎は景清君を信頼してるんだなぁ! 以前のお前からは想像もつかないよ! 一体コレ何があっ」

「よいしょ」

「ウッ!」

 ひょっこり顔を出した椎名さんに、曽根崎さんのローキックが炸裂した。……ほう? “以前”、とな。

「……椎名さんって、曽根崎さんのことをよく知ってるんですか?」

「知ってるよー。だって以前は一緒に住んで」

「オラァッ!」

「ガフッ!」

 今度は強めのローキックだった。正直続きが気になってしょうがなかったけど、これ以上深掘りすると椎名さんの脚の関節が増えそうなので、僕は粛々と報告に移ることにした。

「……なるほど。三条君曰く、最初に見た時と男の位置が違っていたと」

 曽根崎さんは顎に手を当て、僕の話を聞いてくれている。

「色々と妙だな。既にその時点では眼球が無かったんだろう? なのに、わざわざ木箱を閉めに戻ったとは」

「他の人に被害が及ばないよう行動した。そういうイイ人だったんですかね?」

「イイ人なら、峰柯殿を殴ってまでミイラを強奪したりはしないだろう」

「うーん、確かに」

「じゃあ潔癖な人だったんだ! なんでもキッチリ閉めておかないと、我慢ならないようなさ!」

「景清君、ロケラン持ってるか?」

「持ってるわけないし、持ってても渡しませんよ!」

 と、ふと僕は自分のリュックに入ったままの“預かり物”を思い出した。三条の所に行く前に曽根崎さんから渡された、何が書いてあるか分からない巻き物である。けれどそれを切り出す前に、烏丸先生のいる部屋に到着してしまった。

 曽根崎さんがドアをノックして、返事を待たずに開ける。中にいた烏丸先生は、特に気分を害した様子も無く振り返った。

「よ、曽根崎。よく来てくれたな」

「烏丸先生」

「手下君と椎名さんも一緒か。……いいんだな?」

「はい」

「なら早速報告に移るとしよう。まずはこれを見てくれ」

 そう言うと、彼はデスクに置かれていたバインダーを拾って曽根崎さんに渡した。覗き込むと、僕が現場で取った写真が数枚貼りつけられている。

「興味深い事実が分かったんだ」

 その中の一枚を指差し、烏丸先生は告げる。

「ここ。手下君が撮ってくれた、木箱にしがみつく男の写真ね。よく見たら、下の方に小さな斑点が出てるだろ」

「ええ、出てます」

「死斑っつってさ、個人差はあるけど、死んでから数十分ほど経たないと出てこねーんだよ」

「数十分……」

「そう。で、手下君。アンタのオトモダチが前にこの人を見た時にゃ、玄関前に倒れてて木箱も開いてたって言ったね」

「はい、大体二十分ぐらい前のことで……え、まさか」

「そう、つまり」

 烏丸先生は、眠たげな目を険しくさせた。

「この男は、その時既に死んでいた可能性が高いんだ」

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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