15 闇の中で椎名と
一方、実行犯四人に尋問をする為、椎名と物置小屋に入ることになった曽根崎はというと。
「……一応聞くが、拘束してるよな?」
「勿論」
「よし」
椎名の言葉を信じ、曽根崎はガラリと戸を開ける。だが、そこにあったのは目を疑うような光景だった。
「な……!」
まず気がついたのは、直感的に拒絶する悪臭。胃液の混ざった嘔吐物の臭いだ。そこにもつれるようにして、口から薄緑色の液体を垂らす四人の男が倒れている。彼らの四肢はだらりとし、ピクリとも動かなかった。
……まさか。いや、そんな馬鹿な。
「んー、死んでるねぇ」
袖で口と鼻を押さえた椎名が、男の首に触れて脈を確認する。――やはり、そうか。曽根崎は、しかめっ面で吐き捨てた。
「おい大失態だぞ、椎名」
「やー、まさか自殺しているとは。全然気づかなかったよ。服毒かなぁ?」
「普通少しでも物音がすりゃ様子見るだろ。さては耳まで腐ったか?」
「本当だって本当――いや耳までって何? 曽根崎的には俺、他にも腐ってるとこあんの?」
相変わらず、妙にズレた男である。ここには、四つの死体が転がっているというのに。
「しっかし、これでますます彼らがここに来た理由が分からなくなったねぇ」やはりのんびりと、椎名は言う。
「正直、非常識な人達の悪ふざけだと思ってたんだけどな」
「どうも我々が思うより事態は面倒らしい。そこまでした理由は不明だが……ん?」
曽根崎が死体を漁っていると、あるものを見つけた。男が着ている上着の襟部分を引っ張り、脱力した首の後ろを覗く。
「刺青が彫られているぞ」
「刺青?」
「そう。……あー、なるほど。これは厄介なはずだ」
勝手に口角が持ち上がる。……目を模したマークの周りを取り囲む、先端がちぎれた六芒星。そして曽根崎は、全く同じものを別の人間で見たことがあった。
「……種まき人か」
椎名も察したらしい。長めの前髪をかき上げ、不服そうに鼻を鳴らす。
「やれやれ、最近動きが活発だねぇ。新人で可愛い女の子でも入ったのかな」
「貴様と一緒にされては種まき人も不快だろうよ」
「曽根崎は喋るごとに俺に悪態をつくね。なあ、実は俺のこと好きなんだろ。そうなんだろ?」
「ハッ、幸福な妄想ばかりたくましいことだ。その三分の一でもこの死体共に分けてやれたら、奴らも報われたろうにな」
「俺が知らないだけで悪口の養成所でもあるのかい?」
「まったく、この部屋には不快な存在しか無い。とにかく一度換気をするぞ。ドア開けろ」
「はいはい」
しかし、椎名がドアに手をかけた時である。しばらく硬直した後、彼は不思議そうにまばたきをした。
「曽根崎」
「なんだ」
「開かないんだけど、ドア」
「は? そんなわけ……」
あった。曽根崎も全力で押したり引いたりしてみるも、ドアは微動だにしなかった。
「……軋みすらしないのはおかしいな。どうなってる?」
「外から誰かが押さえてるとか?」
「貴様はもっと現実的な推測をだな……」
苛々と再び力を込めると、突然ドアに抵抗感が無くなった。開いた弾みでよろける曽根崎だったが、ドアの向こうに広がっていた光景に、すんでのところで踏みとどまる。
――闇だった。手を伸ばせば細胞の一片まで同化してしまいそうなほどのドス黒い闇が、曽根崎らに向かって口を開けていたのである。
「えー、何これ!」
「……私が知るか」
否、曽根崎は知っていた。このようなことができるのは、アイツしかいない。
いるのか、と椎名に聞こえない程度の声で闇に尋ねる。……返事は無かった。それでいて、“この闇は自分を招いている”と曽根崎は思った。
「……椎名は、ここにいろ」
「え、なんで? つーか行くの?」
「いいから言うことを聞け。これより先は私の因縁だ」
「ヒュー、かっこいい」
「締め殺されたいのか……!」
「褒めたのに」
いちいち緊張感の無い男に舌打ちをし、曽根崎は足を踏み出す。途端にずぷりと右足が闇に呑まれた。まるで巨大な舌に絡みとられ、そのまま消化されるような。怖気立つ感覚にこれは罠かと思ったが、今更だと振り払った。
歩を進める。一歩ごとに闇が体にまとわりつき、思うように動かせなくなっていく。いつか見た夢によく似ていて、胸が悪くなった。
「曽根崎ー!」
「だから! なんでついてくるんだ!」
近くで聞こえた能天気な声に思わずツッコむ。姿は見えないが、椎名はすぐそばにいるようだ。
「だって、こういう時は断られてもついていくもんなんだろう。手ぇ繋いでくれ。はぐれたら怖い」
「感情欠落者がほざきやがる」
「酷いこと言うな。じゃあ言い換えよう。はぐれて二度と家に戻れなかったら困るんだ。曽根崎、手」
「頼れるのは我が身のみ。自分と握手してろ」
「ここまで言わせてこの対応か。仕方ない、誰ともしないよりはいいし、自分と……ん?」
ふと足が止まる。……というよりは、“止めさせられた”。何かが、足に引っかかったのである。
「……人の、頭だ」
椎名が呟く。わざわざ口に出されずとも、曽根崎にも見えていた。
足元一面に、無数の人の頭が埋まっている。鼻から下は黒い土の中にあり、ギョロギョロと目だけが動いている。見たところ、性別人種年齢も関係無く様々な人がいるようだ。
瞬間、ゾッとする。全ての目が、一斉に曽根崎と椎名に向いたのだ。
「――ここに埋められた方々は、全員あなた達二人のことがお嫌いだそうですよ」
嘲笑的な声が真上から降る。そちらを見なくても、正体は確信できた。
「……それは違う」
だから曽根崎は、少し笑って言ってやったのである。
「埋められた奴らだけに限らない。私も椎名のことは好かん」
「曽根崎ーっ!」
「……」
嘲笑が僅かの間、止まった。





