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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第3章 人魚のミイラ
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13 まだ生きている

「……はい、そうです、私達はアパートの下にいます。……わかりました。待機します」

 ピッと景清からの電話を切る。両手にスマートフォンを持ったまま、大江は「はー」とため息をついた。

「急いで行くから絶対中に入らないように、だそうです。それと、急に曽根崎さんが来られなくなったみたいで……」

「トイレ?」

「流石にそういうちょっとした用では無いと思いますが。代わりに柊ちゃん、阿蘇さんが来てくれるとのことです」

「フィジカル面とメンタル面、共にめちゃくちゃ頼もしい二人が来ちゃうな……」

 会話が終わった所で、三条は車のウィンドウを下げた。ちょうど頭上には、人魚のミイラを盗んだ犯人たちの部屋。万が一こちらの声が漏れてはいけないと、窓を閉めていたのだ。

「……でさー……俺好みに……的な……」

 二階から、男達の声が聞こえてくる。……昼間に聞いた声に、よく似ていた。人魚のミイラを要求し、峰柯に無茶苦茶を言って迷惑をかけていたあの三人組に。まるで自分達が何をしたかすら忘れているようなごく呑気な笑い声に、三条は沸々と怒りが込み上げてきた。

 だけど堪えなければならない。今ここで乗り込んだ所で、非力な自分じゃ袋叩きにされて終わりだろう。何より大江にまで被害が及んでは最悪だ。ぐっと拳を握り、三条はやがて来るだろう景清達の為に耳をそば立てた。

「三条さん」と、ふいに大江がずいと体を寄せてくる。ドキッとした三条だが、彼女はただもっと声をよく聞こうと身を乗り出しただけだった。

「今、配信って聞こえませんでしたか? 私の気のせいでしょうか」

「や、ご、ごめん、わかんない。聞き逃した」

「そうですか。私の聞き間違いだといいんですが……。逃げられるのは困りますが、犯人の方達がミイラを公開されるのもいけません。閲覧される方はもちろんですが、あの人たち自身もミイラを見てしまうことになりますから」

 大江は、見るからにソワソワとしていた。……彼女は、気づいているのだろうか。ミイラを盗んだのが、二度も父親を酷い目に遭わせたあの三人だということに。

 でも、言ったところで彼女が彼らを心配する気持ちに変わりはないのだろう。そういう子なのだ。悪いことに怒りはすれど、決して見捨てるようなことはない。

 ぎゅっと胸が締めつけられる。……本当に、真面目でいい子だと思う。こんないい子が傷つくなんて、絶対あってはならない。

 だから、自分は彼女を守らねばならないのだ。以前助けられたこともそうだが、彼女に無鉄砲な一面があるなら尚のこと。

 しかし、現実はそううまくいくものではない。息をつめて様子を窺っていた三条らの耳を、突如凄まじい悲鳴が貫いた。

「三条さん!」

「ッ!」

 スマートフォンに目を落とす。……まだ、景清からの連絡は無い。当然だ、お寺からここまで車で三十分はかかる。しかも細い道が入り組んでいるので、迷わず来られるかどうかも怪しい所だ。

 どうする? こうしている間にも、事態は悪化しているのかもしれない。もし、今行って助けられるのなら……!

「す、すいません! 私、ここから声だけでもかけて……!」

「オレが行く」

「え?」

 呆気に取られる大江を片手で制し、三条は言った。彼女の手をとって、スマートフォンと車の鍵を乗せる。

「オレが様子を見てくるよ。大江ちゃんは、ここで景清からの連絡を受けてくれ」

「でも、危ないです! 私も行きます!」

「大丈夫だよ。中に入るつもりは無いし、木箱が開いてたとしてもミイラさえ見なけりゃいいんだろ?」

「……!」

 大江は、ぶんぶんと首を横に振っている。眼鏡の向こうのぱっちりとした目が、不安と恐怖で潤んでいる気がした。

「大丈夫」

 だけど三条はもう一度言って、車の鍵を開けた。

「すぐ帰ってくるから、大江ちゃんは待ってて」

 見上げたアパートは、さっきの悲鳴が嘘みたいにシンとしていた。




 冷たく無機質な音を立て、三条は駆け足で鉄骨の階段を上がっていく。緊張で指先は強張って、膝から先はロボットか何かになったみたいだ。

「……」

 妙なアパートだった。一階と二階を合わせて八部屋はあるのに、人の気配は全然無い。古ぼけた三輪車や干されたボロボロのタオルなど、人の痕跡自体はあるのに。

 あたかも、一夜で全員夜逃げしたみたいな。そんな印象を受ける場所だった。

(確か、ここだったよな)

 錆びた手すり越しに自分の車を見て、犯人の部屋を確認する。一度深呼吸をし、ドアベルを鳴らした。

「すいません、近所の者なんですけど!」

 少し待ってみる。……反応は、無い。居留守なら物音一つぐらい聞こえそうなものだけど、それも無かった。

 唾を飲み込む。……ベルが壊れているのだろうか。そんなことを考えながら、手は自然にドアノブへと触れる。

 恐る恐る握り、ゆっくり回してみる。どうやら、鍵はかかってな――。

「鍵、かかってないんですね」

「!!!!」

 心臓が口から飛び出るかと思った。え、ほんと出てない? 心臓まだちゃんとオレの体ん中収まってる?

 っていうか、っていうか……!

「大江ちゃん! 何してんの!」

「す、すいません。いてもたってもいられず……」

「来ちゃダメって言ったでしょ!」

「ううっ、そうなのですが……やっぱり、これは私の家の問題ですから」

 小声で叱る三条にしおらしくする大江だったか、彼女とて一歩も譲らない。

「私の家の問題に三条さんを巻き込んで、あまつさえ怪我をさせてしまったら。そう思うと、どうしても耐えられませんでした」

「……」

「だから、一緒に行動してください。私は他に誰も来ないか外を見張って、それ以上のことはしませんから。お願いします」

「……分かった。でも、オレが逃げてって言ったら絶対逃げるんだよ」

「はい」

「絶対の絶対だよ?」

「はい」

「よし」

 ……ぶっちゃけ、言っても聞かないだろうなと思ったが、この子はそういう子だし、自分だってお互い様なのだ。二人なりの妥協案に頷いた三条は、大江を背にやりつつドアノブを握った。

「……お邪魔しますねー!」

 恐怖を打ち消す為に、あえて大声で挨拶してから開けようとする。

 だが、その直前のことだった。

「あああ、はは」

 ――笑い声が、聞こえてきた。あの三人のうち、一人の笑い声。それには間違いないけれど、少し様子がおかしい。なんというか、無理矢理笑わされているような……。

 だけど生きていることには間違いない。間に合ったという安堵を抱いた三条は、ドアノブを握る手にぐっと力を込めた。




〜その頃の景清〜


「あーーーっ!! 柊ちゃん! 柊ちゃん! 飛ばし過ぎです! あーーーーーっ!」

「喋ってんじゃないわよ、舌噛むわよ!? 捕まってなさい!」

「あーーーーっ! 車のはずでは! あーーーーっ!!」

「忠助は車よっ! ボクのは単車バイクだけどねっ☆」

「あーーーーーーーーーっ!!!!」

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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