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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第3章 人魚のミイラ
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12 木箱の中身

 そこまで深く考えていたわけじゃなかった。最初は人魚のミイラをインターネットで独占配信できれば話題になると思っただけだし、提案すれば他の二人だって賛同してくれた。実際自分達『メフィストズ』もそこそこ有名になってきたとはいえ、後から来た奴らに登録者数を上回れることがしばしばあり。上を見ればキリがないとはよく言うが、ここで何か一つ大きな目玉が欲しかった。

 けれど、せっかく取材した寺の住職は信じられないぐらいの堅物で、俺らの提案はすげなく断られたのである。……あの態度には腹が立ったものだ。自分達の配信で寺が話題になれば参拝客も増えるというのに、それが分かっていない。時代に取り残される住職に、俺は怒りを通り越しいっそ哀れすら覚えていた。

 だから腹いせに、あの妙な男の誘いに乗ってしまったのかも知れない。寺を出ようとする前に現れた小太りの男は、俺らに一通の手紙を渡してきた。書かれていたのは、「即刻住職の後を追え」という一文。首を捻りながらも、これもまあ話題になればと三人全員で寺に引き返したのである。

 ぞろぞろと人を連れて歩く住職は、気を張っているように見えた。けれど不思議なぐらい、後をつける俺らは視界に入っていないようだった。

 やがてあるお堂の前にたどり着く。中は見えなかったが、住職の話す声なら外からでも聞くことができた。

 ――笑いをこらえるのが大変だった。なんと住職は、本気で人魚のミイラの呪いとやらを信じていたのである。

 だがエピソードも込みで、ネット受けしそうな内容だったのは良かった。そんなに怖がっているのなら俺らが引き取ってやろうかなんて話していた、その時である。

 また、あの男が目の前に現れたのだ。

「……」

 男は、良い身なりをしていた。けれどその良い身なりが帳消しになるぐらい、不気味な雰囲気を纏っていた。見開かれた目は何故かずっと焦点が合わず、嫌な圧迫感がある。そしてこっちが呆気に取られている内に、何も言わず紙切れを差し出すのだ。

 『人魚のミイラにおける回収依頼』。次の紙には、そう書かれてあった。

 男の後ろには四人いた。一人を除いて全員目が虚で正直げんなりしたが、まあ何事も経験だろう。これら経緯をどんな流れで配信しようかと頭で組み立てながら、俺らはミイラを盗む算段に協力することにした。

 人魚のミイラは、最終的に小太りの男に渡しさえすればその間何をしてもいいらしい。つまり、生配信でご開帳しても腕をもぎ取ってもいいわけだ。加えてもし見つかったとしても、全ての罪はあの四人が被ってくれるという。あまりに上手い話だと思わないではなかったが、広い世の中そういう人もいるのだろう。インターネットや本の世界では、信じられないような経験をしている人がたくさんいる。これだってそれらの一つに過ぎない。

 ――とはいえ、流石にその一人が駆けつけた住職を殴りつけたのには焦った。あの躊躇いの無さを見るに、派手なオッサンが来なければ命まで奪っていたかもしれない。まあ、腹の立つ坊主が一人死ぬぐらい別にいいかと今になって思うのだが。

 とにかく、こうして俺ら三人は人魚のミイラを手に入れた。危ない橋を渡ったが、その甲斐はあっただろう。事前にSNSで宣伝していたお陰で、視聴者の期待度も高い。これは再生率が稼げそうだ。

「で、どうする? 生配信にするー?」

 仲間の一人が、木箱を軽く蹴って言う。

「でもさー、もし盗んだってリアルタイムでバレたらヤバくね? 住職死んでんだし、警察とか探してんだろ」

「殺すなし! 何? お前ビビってんの、超ウケるんですけど」

「ビビってねーし! なんか捕まんの嫌じゃね? って話」

「あ? 配信の日ぃズラすの冷めるくね?」

「けど警察来た時に、現物あったら現行犯逮捕じゃん。でさー考えたんだけど、ちょっと録画しとかねー? 開けるのは生配信にするとして、録画しといた分があればそれで時間稼ぎできんじゃん。その間に怖いオッサンにミイラ返せば、足つかねぇだろ」

「なーるほど、それでいくか。呪いの巻き物もあるし、尺は取れるぜ」

 どさくさに紛れて盗んできた巻き物を取り出す。何が書かれてあるのかはさっぱりだったが、雰囲気はあるしオカルト好きは考察したがる奴が多いもんだ。尺稼ぎにはぴったりだろう。

「ミイラ盗む時のあのハゲ、めっちゃウケたなー」

 機材の準備をしながら、一人が言う。

「呪いは本物だから絶対に箱を開けるなーって。すっげバカ。呪いとか今時ガキでも信じてねぇだろ」

「それなー。でもアイツの娘、結構可愛くなかった?」

「何お前あんなの好きなの? 地味好き?」

「磨いたら光る感じとかいいじゃん。俺好みに育てる的な」

「ははは、配信で有名になったら向こうから来るだろ。女って肩書き的なやつに弱いし」

 好き勝手で都合のいい未来に思いを馳せる。だけどこの人魚のミイラには、確かにそれだけの魅力があったのだ。

「じゃあまず中開けて、ミイラの全体像撮るか」

 カメラを片手に、友人の一人が木箱に手をかける。この時の俺は引き続き照明の準備をしていて、アイツらのことは見ていなかった。

 異変に気づいたのは、二分後ぐらいか。いやに静か過ぎると思い、声をかけたのだ。

「おい、一応何か言うかしろよ。声は編集で消せるんだから、喋っといて損は無いんだし」

 だが、何かが返ってくることはなかった。返事どころか、物音さえも。

「……?」

 そこでようやく不審に思い、目を向けたのである。――変わり果てた、友人らの姿に。

 見た瞬間息を呑んだ。いや心臓すら止まっていたと思う。さっきまで当たり前にいたはずの友人二人は、箱を開けたままの姿で石のように固まっていたのだ。

 ……違う。“石のように”ではない。“石になっていた”のである。

 ヤバいと思った。脳で判断するより先に、体が反応した。早鐘のように心臓は鳴り、全細胞がここから逃げるべきだと叫び。いつのまにか腰を抜かしていた俺は、尻もちをついたまま後ずさっていた。

 悲鳴を上げていたと思う。これ以上ここにいたくなかったし、来てくれるなら警察でも良かった。なのに俺の体は、いきなり意に反してすんなり立ち上がったのである。

 おかしかった。奇妙だった。嫌だ嫌だと喚きながら、俺の体は人魚のミイラの入っている木箱に近付いていった。

 箱を覗き込む友人の体を、ぞんざいに横に払いのける。血の通っていたはずの二人は、およそ人間の発するとは思えない固い音を立てて床に倒れた。

 首が伸びていく。俺の首が伸びて、人魚のミイラを見ようとしている。右手には、あのわけのわからない巻き物を握りしめていた。

 ――ミイラが、いた。

 いや、ミイラではなかった。あったのは、ただの石像。人間にも似ている気がしないでもないが、どちらかというと爬虫類に近いか。まるで生きているかのような、リアルなウロコの質感をもった……。

「あ」

 だが、目が、開いていた。

 人魚のミイラの目の中を、俺は覗いてしまった。

「……あああ、はは。ぎゃは、あああア、おおおオオオオオ」

 後悔した。覗くんじゃなかった。みるんじゃなかった。あんな男に手を貸そうなんて思うんじゃなかった住職の言うことを聞いておくべきだった配信なんてすべきじゃなかった。

 だって目の目の目のめの網膜にアレが焼き付いてイた。死んでない。しんデない。コイツは死んでいなかったのだ神によって神により神に生かさレていた無限の牢獄ノ中に閉じ込められて脳を生かされたまま、ああ、あああああ

苦しい。くるしい! 鱗だらけの体がしわだらケのカオが目が、目が細長い恐ろしいこわいなんでなんで! こんなモノを見セたみたくなかったなんでなんでおれがこんなめに

「ああアアいアア! いたいいたいいたいいたいー」

 こえがとける。かおがとけル。もうダめだだめおれはおれはしぬここでしぬこわイふれてはナらなかったあああからららら

「あいいいいああああああああ」

 あ。





 ――静寂が訪れた部屋の中。

 ガチャリと、古いドアノブの回る音がした。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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