10 尋問?
大急ぎでお寺に戻った僕らを迎えたのは、真っ青になった蓮美さんだった。
「曽根崎君、景清君!」
「蓮美さん! すいません……お寺を留守にしてしまって」
「いえ、こんなことが起こるなんて誰にもわかりませんから」
蓮美さんの隣には布団が敷いてある。そこには、峰柯さんが寝かされていた。
「救急車は……」
「椎名さんと相談した結果、財団を通して呼ぶことになりました。とはいえ、頭の腫れ以外に目立った外傷もありません。気絶しているだけだといいのですが」
「……そうですね」
峰柯さんの頭には氷嚢が当てられていた。自分がいて何かできたとは思わないが、やるせない気持ちで胸がいっぱいになる。
「あの、曽根崎さん。未智と三条君は大丈夫なんでしょうか」
「無論急ぎ追いつかねばなりません。ですが三条君には景清君を通して、『それなりに距離を取るように』『深追いはしないように』『決して車から出ないように』『人通りの少ない場所には入り込まないように』と伝えています。これらを守ってくれさえすれば、危険は無いでしょう」
「見失ってしまうのでは?」
「構いません。むしろ彼らの身の安全を考えれば、そのほうがいい」
曽根崎さんは、ぐるりと周りに視線をやった。
「椎名が確保した四人がいますので、三条君達を追いかけるのと並行して場所を聞き出そうと思います。椎名はどこに?」
「あ……彼は今、物置で泥棒の人達を見張ってくれています」
「案内をお願いできますか」
「はい」
蓮美さんに導かれるまま、僕らは一度外に出る。するとすぐに、プレハブ小屋の前でしゃがみ込む椎名さんを見つけた。
ずかずかと大股で歩いていき、曽根崎さんは威圧的に彼を見下ろす。
「おい、椎名」
「うわっ、曽根崎。戻ってたのか」
「当然だ、ミイラが盗まれたんだぞ。お前がついていながらなんてザマだ」
「だなぁ。田中さんから大目玉をくらうよ」
「まずは何が起こったか報告しろ」
「はいはい」
椎名さんは軽くため息をつくと、曽根崎さんの目線に合わせるために立ち上がった。こうして見ると、彼も結構な長身である。
「十八時二分、俺がご住職に会いにミイラのお堂に向かっていると、お堂から彼の悲鳴が聞こえた。急いで向かうと六人の男が倒れたご住職を取り囲んでいて、内二人はミイラの木箱を抱えていた。どう見ても財団関係者じゃなかったからね、俺はそいつらの中に割って入って聞いたんだよ。『何してんの』と」
「どう返された?」
「『誰だ、お前』と」
「そうなるだろうな。いっそ無いほうがマシなぐらい不毛なやり取りだ」
手厳しい。何故聞いたんだ。
「でもご住職は守るべきだし、ミイラも取り返すべきだろ? そう判断したから、ひとまず一人二人挑発してやっつけることで牽制しようとしたんだ。それで大体、出来心程度の輩は降参してくれるからね」
「……しかし、そうはならなかった」
「ああ。四人は囮になり、俺の注意を引き付けることで木箱を持った二人を逃したんだ」
椎名さんは、親指で自分の背中にある物置小屋を差した。そこに例の四人がいるのだろう。
「でもさぁ、そこまでする必要はあったのかね。手合わせして分かったけど、素人も素人なんだよ。なのにアイツらは躊躇わず俺に向かってきた。変だよな?」
「お前が舐められたんだろ」
「そうかなぁー? 普通目の前で仲間が怪我すりゃ、逃げるなり何なりすると思うけど」
「なら、怪我を上回るメリットが奴らにあったというわけだ」
「何それ?」
「知るか。つーかそれを聞かなきゃなんねぇんだろうが」
曽根崎さんは、椎名さんに対してだいぶ雑であるようだ。頭をガリガリと掻き、彼は物置の戸に手をかけた。
「……景清君」だけど開ける前に、曽根崎さんが僕に言った。
「君は、一度蓮美さんの元へ戻っていてくれ」
「え、どうしてですか?」
「そりゃ今からするのは尋問だもんなぁ。景清君に聞かせるわけにはいかな……」
曽根崎さんにギロリと睨まれ、椎名さんは慌ててそっぽを向いた。「言っちゃダメなら、最初にそう言ってくれないとー」なんてブツブツ言ってる。
……え、待って。尋問? た、尋ね問いかけるだけだよね? マフィア系映画に出てくる方向性とかそんなんじゃないよね?
けれど椎名さんの言葉を信じるなら、彼はたった一人で四人を制圧してしまえる力の持ち主なのである。なら、マフィア的な方向でもあり得る、かも……。
「……」
……なんか、椎名さんが一気に怖い人に見えてきたな。けれど彼はそんな僕の視線をものともせず、ニコニコとしている。だから僕は少し考えて、買ってきたものを差し出したのだ。
「ん、何これ?」
「さ、差し入れです。曽根崎さんから聞きましたけど、椎名さんってベジタリアンなんですよね? ご飯を見つけにくいんじゃないかなと思って、買ってきたんですが……」
「え! ありがとう!」
椎名さんは、大喜びでコンビニのビニール袋を受け取った。野菜スティックだったり、梅干しおにぎりだったり、昆布おにぎりだったり。どれも一つずつ手に取って、「美味しそう美味しそう」と頷いてくれ――。
「噂に違わぬいい奴だね、君は!」
「おぅえっ!!?」
いきなり、抱きしめてきた。
「いやぁー、あの曽根崎の所で長く続いてる子だろ!? だから絶対いい奴で俺と気が合うと思ったんだよねー! やっぱりだ!」
「うぶえええぇぇ」
「連絡先交換しよう! あ、週末空いてる? よかったら俺とフットサルに……」
「よいしょ」
「あぐっ!!」
曽根崎さんの鋭い前蹴りが炸裂し、解放された僕は急いで彼の後ろに隠れた。……まだ体に香水の匂いが残ってる気がする。怖い人だ。そんなに仲良くないのに触ってくる人は苦手だ。
椎名さんは膝をさすりつつ、唇を尖らせた。
「いてて……。もー、いいじゃないかハグくらい。せっかく友達になったんだから」
「景清君のご意見は?」
「すいません、お気を悪くされたら申し訳ないのですが僕自身あまり他の人から触れられるのが得意なほうではなく今後その点をご留意くださると大変ありがたいのですが」
「見たか、この他人行儀っぷりを。一ヵ月おいてまた他人から出直せ」
「ええー。食事まで差し入れてくれたのに」
「……提案したのは彼だが、金を出したのは私だ」
「そうなのか? じゃあ曽根崎にハグを」
「殺すぞ」
「本気だな?」
曽根崎さんは舌打ちをすると、僕を振り返った。
「とまあ、そういうわけだ。一旦帰っときなさい、景清君」
「どういうわけですか?」
「勿論、ただ蓮美さんと茶をしばいとけと言うつもりはない。君には私の助手らしく、仕事をしてもらう」
「仕事……」
「ああ。これを持って三条君に合流してもらいたいんだ」
曽根崎さんから細長い箱を手渡される。なんだこれ。
「中身は巻き物だ。解読できない文字が書いてあるほうのな」
「何に使うんですか?」
「さあ。とりあえず肌身離さず持っていてくれ」
「とりあえずって」
「根拠はあるにはあるが、詳しく説明している時間が無い。とにかく決して手放さないようにしてくれれば、それでいいから」
「わ、わかりました」
「あと、忠助と柊ちゃんも合流する」
「阿蘇さんまで?」
「連絡入れたら来られそうだったから呼んだ。あと五分ほどでここに到着する。そうだな……理想的なのは、君たちと入れ替わる形で三条君と大江さんを追跡から離脱させるという流れか。加えてコソ泥の根城も見つけられれば万々歳だ」
「でも、その二人がいて僕の役目があるとは思えないんですが……」
「そんなことないよ。君は自分で思うより、よっぽど有益な人間だ」
「……」
「頼むよ、景清君」
そこまで言われたら、ちゃんと期待に応えなくちゃいけない気持ちになる。せめて足を引っ張らないよう心の中で自分に言い聞かせ、僕は頷いた。
……断っておくべきだった。いや、もう少しだけ粘って曽根崎さんとの会話を長引かせておくべきだったのである。
曽根崎さん達と別れた後、すぐ僕のスマートフォンに着信が入った。
「――どうしましょう、景清さん」
電話の向こうにいたのは、大江さんだった。声は緊張と恐怖に震えていて、戸惑っていて。
「私達、ミイラ泥棒さんの家を見つけてしまいました……!」
「……!」
僕は、曽根崎さんがいるはずの物置小屋の方向を振り返った。





