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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第3章 人魚のミイラ
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9 お堂の前

「ど、どういうこと……?」

 状況は、分からない。峰柯の安否も、分からない。ただ理解できるのは、椎名が今から謎の集団をぶちのめす気満々だということだけ。


 ……ええー?


「あの人強いの? 大江ちゃん」

「わかりません。というか、私もさっきお会いしたばかりで……」

「それもそっか」

 情報も、無い。しかしやはり椎名は余裕綽々のテイだったので、何か手を隠していると考えるのが妥当だろう。

 であれば、今は様子を見るべきか。三条と大江はそう結論づけた。 

「……こういう時って、何を言えばいいんだろうな」緊張感の一つも無く、椎名が言う。

「ミイラを返せ? ご住職を酷い目に遭わせて許さないぞ? それとも、この場所から一人も逃さないとか?」

「何を言ってやがる……!」

「俺的には全部正しいんだけど……悩ましいな。一気に全部言われても困るだろうし」

 ……なんだか、独特な疑問を抱く人である。あれも挑発の内かなぁと考えていた三条だったが、大江に袖を引っ張られて我に返った。

「三条さん、あれを見てください」

 彼女の指差した先には、少し離れた場所で大きな木箱を抱える男二人。……読みは当たっていた。この集団は、人魚のミイラを盗みに来ていたのだ。

「……それにしたって多過ぎない?」

「私もそう思います。せいぜい二、三人が関の山かと思っていましたが、まさか七人もいるなんて。ひょっとすると、ミイラを高額で売買できる目処がついているのかもしれません」

「買い手がいるってこと? そんな人いるかなぁ」

「普通なら好事家がいいとこでしょうけど、伝承を知っていれば話は別です。なんせ姿を見れば確実に死ぬのですから。お金に糸目をつけず、欲しがる人もいるでしょう」

「物騒な世の中だ」

「まだ憶測の域を出ませんけどね。せめて一人でも犯人の顔が分かれば、今までお寺に来た人の中から洗い出せるのかもしれませんが……あっ」

 出し抜けに事態は動いた。停滞する状況に焦れた男の一人が、いきなり椎名に殴りかかったのである。

「おっと」

 男の拳は、確かに椎名の腹部を捉えたかに見えた。が、椎名は少しぐにゃりと体を動かしただけで涼しい顔を崩さない。

 束の間の沈黙。次の瞬間、がくりと膝をついたのは男の方だった。

「は……!? お前、何を!」

「あれ、さっきの見えなかった? じゃあやっぱり君ら何の訓練も受けてないんだ。この人に至っちゃ、喧嘩慣れしてる感じも無かったし」

「……!」

「そんなんで俺と戦おうなんて思わないほうがいいよ? 俺、強いから」

 椎名はだらんと両手を下ろすと、男達に向かって笑みを見せた。今までの鷹揚なものからは一変した、凄みのある笑みを。

「ただのイタズラでミイラを盗んだんだとしたら、全員今からご住職に謝るべきだ。だって普通は怪我したくないもんな。痛いのも嫌だろうし」

「……何者だ」

「さぁ。逆に君たちは名乗れるのか?」

 彼の言葉に手前にいた三人がナイフを取り出し、一気に襲いかかった。思わず飛び出そうとした三条だったが、大江に止められる。

「待ってください、三条さん」

「でも……!」

「見てください。運搬役の人たちも動き出しました」

「!」

 彼女の言は正しかった。木箱を抱えた二人の男が、一目散にこの場から逃げ出していたのである。あの三人を囮にして逃げる気なのだろう。

「うっそだろ、仲間見捨てやがった……!?」

「……嫌な予感がします。追ってみましょう」

「え?」

 言うが早いか、大江は男達を追い始めた。三条は一度椎名を振り返ったものの、引き続き彼は平然と三人を受け流し続けている。……強いと自称したのは、伊達じゃないようだ。放っておいても問題無いだろう。

 それよりも大江である。倒れている父親を置いてまで行動しているなら、もう止まらないことは三条にも分かっていた。だから彼は急いで大江に並ぶと、スマートフォンを起動させたのである。

「大江ちゃん」

「大丈夫です椎名さんならお父さんを守ってくれます私のすべきことはミイラを追うことです私は考えて行動してます」

「わかってるって。止める気無いからこれ見てくれる? 地図アプリなんだけど」

 三条の申し出に大江は足を止める。男を見失わないよう気を張りつつ、大江は尋ねた。

「それがどうかしたんですか?」

「オレちょっとこの辺りの方向感覚分かんないんだけどさ、これ使ってアイツらがどこ目指してるか見当つけてほしいんだ」

「え? 流石にそこまでは……」

「方向だけでいい。多分だけど、そこにアイツらはミイラを運ぶための車を停めてるから」

 彼の指摘に、大江は「あっ」と口を押さえた。

「そっか、そうですよね。徒歩で来てるわけないし、ましてやタクシー呼ぶなんてもっての他ですもん」

「うん。だから見当つくようならオレの車に乗って、アイツらの所に先回りしたいんだ」

「なるほど……! このまま追っていても、いずれ気づかれるか引き離されるかするでしょうしね! すごい三条さん、名案です!」

「へへ、そう?」

「いつもとは別人みたいです!」

「うん?」

 大江としては、「いつもは明るくて屈託ない素敵な方ですけど、今の三条さんは状況がよく見えて先読みもできる素敵な方です!」という意味をこめての発言だった。だがいかんせん言葉が足りなかった。三条は少し落ち込んだ。

「と、とにかく調べられる?」

「はい、あの人たちが目指しているのは北東なので、周辺で車を停められるとなると……ここですね。ですが一方通行の多い道なので、この交差点に行けば先回りできると思います」

「分かった、じゃあそこを目指そう。あ、車に乗ったらオレのスマホから景清に連絡してもらっていい? 景清に言えば曽根崎さんにも伝わると思うから」

「はい。私もお母さんに連絡しておきます」

「……それと、一つだけ約束してもらいたいことがあるんだ」

「なんですか?」

 小首をかしげる大江に、三条はこれまでに無い真顔を向ける。まっすぐ見つめられて頬を赤らめた彼女には一切気づかず、三条は言った。

「――もしアイツらの拠点を見つけたとしても、絶対に車から出ないでくれ……!」

「あ、はい……」

「今日の大江ちゃん、マジで心臓に悪いから……! 今オレの寿命マッハで縮んでるから……!」

「すいません……長生きしてほしいです……」

「大江ちゃんによる……!」

 このやり取りを最後に、二人は三条の車が停めてある駐車場に向けて走り出す。数秒後、三条はまた柔らかめの土を踏み抜きずっこけることになるのだが、この時は知るよしも無い。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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