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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第3章 人魚のミイラ
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7 回転寿司

「ちょ、待っ……! なんなんですか!? 説明してください、曽根崎さん!」

「……ッ!」

「曽根崎さ……」

「重い!」

「はぶっ!?」

 お寺を出た所で、力尽きた曽根崎さんに落とされた。奴にしてはまあまあもった方だと思うが、腹が立つことに変わりはない。土埃を払いつつ、僕は立ち上がった。

「何なんですか、もう! いきなり過ぎるでしょ!」

「よし、ちょっと早いがメシ食いに行くか」

「残念ながら僕はご飯でごまかせる人間ではないんですよねぇ。いいから説明を……」

「奢るぞ」

「……」

「回らない寿司でもいいぞ」

「…………や、それは流石に申し訳ないです」

「そうか」

「回る方でお願いします」

「寿司は食べたくなったんだな」

 僕にとっては、いずれも贅沢品なのである。突然拉致られた怒りは、お寿司で流してやることにした。

「で、人魚ミイラの処理手配は終わったんですか?」

「一応な」

 並んで歩きながら、つらつら曽根崎さんと会話する。時刻は既に夕方。ただでさえ高身長な彼の影は、どこまでも長く伸びていた。

「まず現地にて財団でミイラの現状を調査し、それが終われば保管所へ運ぶことになる。ざっと見積もって四日程度あれば終わるんじゃないかな」

「げ、そんなにかかるんですか?」

「これでも早い方だぞ」

「んー、じゃあ僕や三条にできることはあります?」

「そうだな。情報拡散用のSNSアカウントを百ほど作ってもらい……」

「大変そうな作業だな……。その手間賃、依頼料と相殺できません?」

「考えておこう」

 何の気は無しに、足元の小石を蹴っ飛ばす。石はコロコロと転がっていき、水路に音を立てて落ちた。

「……で、あのダンディな人は誰なんですか」

 まあ、聞かないわけにはいかないよな。いくら訳ありでも、今後一緒に仕事するなら情報は共有しておいた方がいいし。

 ごねるかと思ったけど、曽根崎さんは案外あっさり教えてくれた。

「蓮美さんから聞いたんじゃないか? ツクヨミ財団お抱えの言語学者だよ」

「そこは聞いたのですが。でも、どうしてそれぐらいで曽根崎さんが拒否するんです?」

「えー……なんつーか、面倒なんだよな。合わない」

「性格が悪いってことですか?」

「や、そういうわけでもないが」曽根崎さんは、顎に手を当て空を見上げる。

「だが、厄介な人間であることに変わりはない」

「厄介」

「ああ。例えばアイツは仲良くなった相手を週末ちょっとしたスポーツに誘い、月二でちょっとしたパーティーに参加させるタイプだ」

「なんだそれ」

「二時間ぐらいボルダリングやフットサルを楽しんだあと仲間たちと値段高めのバーガーショップに行き、夜は全く腹に溜まらねぇサイズの謎チーズが陳列するワインの試飲会に行く」

「えー……つまり椎名さんって、陽キャの権化みたいな人なんですか?」

「試しに家に行ってみろ。無限に洋楽がかけられる中、こだわりのグラスに洋酒を入れて出されるぞ」

「偏見では?」

「そして延々とワインの蘊蓄うんちくを聞かせられる……」

「偏見では?」

 だけど、なるほど。なんとなく椎名さんの人となりが分かった気がする。陽キャだ。紛れもなく陽の気を持つ人だ。そしてそうなると、曽根崎さんが苦手がるのも理解できた。この人、人と関わるの好きじゃないもんな。

「あとベジタリアンでな。朝食に野菜ジュースしか飲まない」

「だから偏見」

 けれど、そんな椎名さんだって正義を大々的に掲げるあのツクヨミ財団の人なのである。偏屈な曽根崎さんはあれこれ言っているけど、根はちゃんと善良な人なんじゃないかなと僕は思った。

 ……だからって普通、僕を抱えて逃げるまでするかな? うーん……。

「っていうか、僕らだけで晩御飯食べちゃっていいんですか? 三条は大江さんと食べるだろうけど、柊ちゃんとか」

「彼女は一旦機材などを取りに会社に帰っている。ついでにそっちで食べてくると言っていた」

「椎名さんは?」

「知らん」

 冷たい。もし椎名さんが大江家に気を遣って夕食を食いっぱぐれてたら可哀想なので、後でコンビニに寄って食料を調達してあげよう。パンやお米って、ベジタリアンの人でも食べられるよね?

 そうやってしばらく歩いていると、お目当ての回転寿司屋に到着した。九須寺は結構市街地寄りの場所にあるので、こうした飲食店もすぐ見つかるのだ。

「さて、メシを食ってる間に君に人魚の豆知識でも披露してやるとするか」

 熱いお茶をものともせずに飲み、曽根崎さんは言う。

「日本で知られている最初の人魚の目撃談は、日本書紀にある」

「ははあ、そんな昔から」

「ある日、摂津国の漁師が子供のような何かを捕らえた。その姿は魚にもあらず、人にもあらず。どんな名で呼べばいいかも漁師には分からなかったそうだ」

「へぇー」

「ちなみに聖徳太子も会ってるらしいぞ。前世で捕りすぎた魚を殺していた業により人魚の姿となった漁師が、自分を成仏させるよう彼に頼んだとか何とか。あー、聖徳太子といや浄土真宗の開祖である親鸞も尊んでいたな。これは無視できない共通点だ」

「ふんふん」

「だから実際はこうかもしれない。人魚のミイラと思われたそれは、実は聖徳太子の法力によって封じられた災いそのものだった。浄土真宗系の寺を通して収められてきたが、長きにわたる時を経てとうとう眠りから覚めたのである……!」

「ほえー」

「オイ、もっと構えって」

 そんなこと言われたって、こちとら流れてくるお皿を見逃さないようにするので必死なのである。たまご、マグロ、イカ、タコ……。あ、すごい。唐揚げとかも乗ってるんだなぁ。

 そうやって色とりどりのネタを楽しく見ていると、曽根崎さんが眉間に皺を寄せて僕の顔を覗き込んできた。

「……君」

「はい?」

「もしや回転寿司は初めてか?」

「はぁ!? んんんんなわけないでしょ! 常連ですよ、常連!」

「言ってるそばから皿をレーンに戻そうとするな。ほら、こっちに重ねときなさい」

「なるほど、こうしておいたらどれだけ食べたかすぐ分かりますもんね。へぇー、よくできてるなぁ」

「常連じゃなかったのか?」

「常連ですよ? 常連ですけどこの店は初めてで……うわー、でもほんと種類が多いんですね。食べたいの全部食べられるかなぁ」

「……」

「なんですか?」

「……いくらでも頼んでいいからな」

「はい! ありがとうございます!」

 隣に座る曽根崎さんが、うなだれて深いため息をついた。疲れているのかもしれない。そっとしておいてあげて、僕はお寿司を選ぶことにした。

 周りの人が賑やかに話す声と、時折曽根崎さんと交わす言葉。穏やかな時間だった。まるで、明日も明後日も当たり前に続いていきそうな。

 けれど、この人は怪異の掃除人で僕はそのお手伝いさんなのである。いきなり曽根崎さんのスマートフォンが音を立て、彼は素早く電話に出た。

「はい、曽根崎です。どうされました、蓮美さん。……何? それは本当ですか? 椎名は……クソッ、あのアホ。……わかりました。今すぐ戻ります」

 強く舌打ちをして、曽根崎さんが立ち上がる。その姿に僕も慌ててお寿司を口に詰め込み、席を立った。

「ほ、ほーひはんへふは、ほへはひはん!」

「どうしたもこうしたもえらい事だ。景清君、峰柯殿が襲われてミイラが盗まれたぞ」

「へ……」

「誰にかは分からん。だが、更にまずいことに……」

 曽根崎さんは、苛々と片手を挙げて店員さんを呼んだ。

「大江さんと三条君が、犯人を追いかけているらしい」

「ふへ……!?」

「とりあえず、急ぎ寺に戻ろう」

 曽根崎さんに促され、真剣な目で頷く。だけど奴はじっと僕の顔を見て……。

「君……リスか何かか? どんだけ口に詰め込みゃそんだけ頬が膨れるんだ」

「ほっほへ!!」

 ほっとけ! と言ったつもりだった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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