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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第3章 人魚のミイラ
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3 本物

 草の生い茂った道無き道を歩くこと十分ぐらい。僕らは、SNSで見たあの塚の前に立っていた。

「ここが人魚のミイラ塚ですか……」

「はい」

 しかし、写真で見るより実物は随分荒れていた。地面は掘り返された跡があるし、文字の彫られた石も斜めに突き刺さっている。きっと、さっきのような奴らが荒らしたのだろう。

「いくら目を光らせていても、こうして侵入する者達がいるのです」

 ため息混じりに、峰柯さんは言う。

「好奇心は人の持つ抗い難きさが。とはいえ、不祥な思いは拭えません」

「じゃあお父さん、もしかしてミイラはもう持ち出されて……?」

「まさか。これは紛い物だよ、未智」

「え?」

 大江さんだけじゃなく、全員が目をパチクリとさせた。だがご住職は気にも留めず、塚を大きく跨いで更に林の奥へと進む。

「不届き者の目を眩ませるため、私はこうした偽物を餌としてあちこちに置いてあるのです。本物はこちらにあります。皆さん、足元に気をつけてついてきてください」

「偽物……ってことは、あの下には何も無いのかしら?」

「いや、たまに私が生ゴミなどを捨てに来てます。運が良ければ見つけられるでしょうね」

「生ゴミ」

 ……肝試しに来た連中も、ミイラを掘るつもりで生活感のある食べ残しを見つけたらさぞかしがっかりする事だろうな。

「ですが、今回の件がきっかけで“本物”にたどり着く者もチラホラ出てきました」

 木々に紛れて、古いお堂が見えてくる。こぢんまりとしてあちこち崩れていて、いかにも打ち捨てられた建造物といった雰囲気だ。峰柯さんは鍵すらかかっていない形ばかりの扉を開き土足で踏み入ると、しゃがみこんで床板を剥がした。

 覗き込んで驚く。姿を現したのは、ゴツい南京錠のかかった重たい鉄の扉だった。

「よって、これをここで見るのは皆さんが最後になります。それ故……中で見るものには決して触れず、誰にも口外しないこと。いいですね?」

 全員の同意を確認すると、峰柯さんは鍵束を取り出しその中の一本を南京錠に差し込んだ。軽い音を立て錠は外れ、ジャラジャラと鎖が解かれる。開かれた地下への扉は、まるで底が無いみたいに真っ暗だった。

「縄梯子で地下室に降ります。くれぐれも足を踏み外さぬように」

 中は、案外埃っぽくなかった。僕らは一人ずつ、慎重に下へ下へと降りていった。

 やがて地面に足がつく。僕は一番最後だったので、見上げるとぽっかりと空いた四角い穴がよく見えた。深さは大体三メートルぐらいだろうか。

 ……あれが外から閉められるとどうなるのだろう。ふと湧いた嫌な想像を振り払い、僕は地下に視線を戻した。

 峰柯さんの手にした懐中電灯で照らされた部屋は、さほど広くはなかった。木や石で補強された壁に囲まれていて、除湿剤っぽいものが撒かれていて。一見すると、何の変哲も無い地下蔵に見えたかもしれない。

 だけど、部屋に一つだけある異様が。

 ――奥に据えられた、横幅二メートルぐらいの古ぼけた木箱が。がらんとした部屋を、重苦しく不穏な雰囲気に変えていた。

「まず、改めて皆さんにはお礼を言わせてください」

 木箱の前に立ち、峰柯さんは僕らに向き直る。

「さきほどの人達を追い払ってくださったこと、一連の騒動解決に協力してくださると申し出てくださったことを。……しかし、だからこそお伝えしておかねばなりません」

 彼は懐中電灯を曽根崎さんに渡すと、懐から白い布手袋を取り出して手に嵌めた。眼鏡越しに見える目は、ひどく緊張している。

「ここにある人魚のミイラは、本物です」

 懐中電灯の光が揺れる。曽根崎さんが頷いた為だ。僕は、そんな彼の反応が何より真実を裏付けている気がした。

「先代よりその事実とミイラを託された私は、今日まで決して誰の目にも触れさせないように注意を払ってきました。ですが、私の落ち度によりとうとう明るみに出る日が来てしまった」

「お、お父さんは悪くないよ! 悪いのは勝手に入って勝手にネットに上げたほうなんだから!」

「そうよ! アイツはなんかこう……ギッタンギッタンにして目にもの見せてあげましょ!」

「未智、月上さん、ありがとうございます。しかしやはり、現代社会においていつまでも一人で隠し続けるというのは厳しいのでしょう。だからこのたび、アドバイザーとして曽根崎君、情報拡散力のある月上さん、そしてミイラを継ぐかもしれない未智にここまで来てもらったのです」

「え!? オレ来て大丈夫でしたか!?」

 名前が無かったことにすかさず戸惑う三条である。すると峰柯さんは、ものすごく複雑そうな顔で三条を見てボソボソ呟き始めた。

「うん……君に関してはむしろ一番大事だというか……将来的に未智と共にいてくれるなら絶対に伝えておかねばならないし……でも現段階で君にそこまでの決意をさせるのも申し訳ないしキッカケがこのミイラというのもアレだしそもそもまだ完全に二人の仲を認めたわけじゃないという父心もあるっていうか……」

「お父さん!!」

「なんかわかんないですけど、大江ちゃんをしっかり守るならいていいんですね! オレ頑張ります!」

「百点満点の答えを秒で返さないでくれ。婿に来てくれることを期待してしまう」

「お父さんっ!!!!」

 三条の未来は明るいようだ。こんな辛気臭い場所でも全然ブレないのすごいなぁ。

「そして勿論、景清さんのことも信用しております」

 またしても突然ご住職の話の矛先が僕に向けられ、ドキッとする。

「あなたは普通なら臆するようなあの状況でも、勇気を出して割って入ってくださいました。ありがとうございます。加えて曽根崎君の認めた助手、三条君のご友人ということであればその人柄や誠実さに間違いは無いでしょう。景清さんさえ良ければ、どうぞ私にお力をお貸しください」

「わ、わ……! あ、はい! 守秘義務は守ります!」

 丁寧に頭を下げられ、動揺してしまう。敵意を向けられるのは当然怖いが、もしかすると僕は善意を向けられるのも苦手なのかもしれない。嬉しいけど、どう対応すればいいか分からないのだ。

「些細ありませんよ、峰柯殿」

 催促するように懐中電灯で木箱を照らし、曽根崎さんが言う。

「ここにいるのは全員、若年ながらあなたと私が望む働きをしてくれる者です。かえって事実を知らない方が、後々厄介な事になるやもしれません」

「……そう、ですね」

「躊躇うお気持ちも分かりますが、今は後顧の憂いを無くすべきかと」

「……」

 何十歳か年下の曽根崎さんの言葉に導かれるようにして、峰柯さんは木箱に手を置く。その間に、曽根崎さんはこっそり僕の耳元に口を寄せてきた。

「……景清君。今回ばかりは、私は怪異の掃除人というわけにはいかないぞ」

「え、どういう意味ですか?」

「実は三年ほど前、私はツクヨミ財団に加わる形でこのミイラを扱ったんだがな。その結果は散々たるものだった」

 木箱の蓋が持ち上げられる。懐中電灯の光が、中身を暴いてしまう。

「――死者三名、行方不明者二名」

 僕らの目は、木箱に釘付けになっている。

「気を抜くなよ。これは、私が掃除に失敗した怪異の一つだ」

 中に入っていたのは黒っぽい金属の円筒。ちょうど、大人の人間と同じぐらいの大きさだった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
小説家になろう 勝手にランキング script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] 様々な怪異を相手取り千辛万苦を重ねながらもなんだかんだ事件を解決してきた曽根崎ですら解決できなかった事件... 続きが気になりすぎる!ッ
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