11 三人の家宅捜索・上
――景清が曽根崎の申し出を受けて事務所を訪れなくなり、かつコンサートまであと四日と迫った午後。目立つ風貌の三人が、高層マンションを訪ねていた。
「これからって時に亡くなっちゃったでしょう? 古和さんのご遺族の方も大変消沈されてね、あんまり退去について強く言えなくって」
四、五十ほどの背の低い女性が、制服姿の警官を振り返って言う。
「だからあの部屋、まだ亡くなった時のまんまなんですよ。そりゃあ早く空けばいいのかもしれないけど、向こう半年分の家賃も貰ってるし、ねぇ?」
「ええ、分かります。ご寛容な決断、我々も感謝しております」
「いい男にそう言ってもらえると報われるわぁ」
マンションの管理人である女性は、嬉しそうに警官の肩を叩いた。それに不快そうにするでもなく、警官は微笑む。
「でも警官さん、まだ何か調べ足りないことがあったんですか? 古和さんが亡くなった時、一通り調べてたと思うんですけど。まさか今になって、本当は事件だったとか……」
「いえ、古和イオさんは間違いなく病死です。ですが彼女と契約していた業者の方が、どうしても楽譜を回収したいとのことで」
「まあ。それがそちらのお二人?」
「はい!」
答えたのは、モジャついた髪の不審者面ではなく、艶やかな黒髪の美青年である。彼は自然に女性の手を取ると、目の覚めるような微笑と共に軽く頭を下げた。
「村下様、お忙しい中でのご協力心より感謝いたします。我々としても、古和イオという天才の紡いだ楽譜が失われるのは何としても避けたい所存でしたから」
「あらあ、いいのよー! やっぱり人助けはしなきゃですし!」
「助かります。あなたのお陰で、一つの貴重な楽譜が埋もれずに済みました」
「まああ、まああっ!」
非の打ち所がない美形に迫られ、今にもとろけてしまいそうな女性である。その光景に、残る二人はこっそりと視線を交わして頷き合った。
やはり、顔だ。信頼とは顔で勝ち取るものであり、説得力そのものなのだ。
こうして三人──曽根崎と阿蘇と柊は、難無く『The Deep Dark』の作曲者である古和イオの部屋に潜入できたのである。
「フフン、やーっぱりボクの男装は完璧ね! どんなレディでもメロメロにしちゃうんだから!」
部屋に入るなり、腰に手をあて本性を露わにしたのは月上柊である。普段は暁闇出版の編集者である彼女だが、実は音楽方面にも造詣が深く、それをアテにした曽根崎に召喚されたのだ。
そんな彼女に、冷蔵庫の中を確認しながら阿蘇が言う。
「別に男装じゃねぇだろ。実際男なんだから」
「ま! アンタったらすーぐそういうこと言うわよね! ほんとデリカシー無いったら!」
「こら忠助、いくら体にゴツい所があろうが柊ちゃんは女性だ。気遣いを忘れるんじゃない」
「ゴツい所は余計よ、シンジ! 大体引き締めようと思ったらある程度筋肉質になるの! そういうもんなの!」
柊という人は、体の性は男、心の性は女性というトランスジェンダーなのである。なお恋愛対象は女性であり、阿蘇のような男臭い男は一番好みのタイプから遠かったりする。
「うわー、ゼリー飲料しかねぇよ、この家。兄さんみてぇな生活してたんじゃねぇか、古和さんって」
「一緒にするな。私の家にはそれすら無いぞ」
「無いぞじゃないわよ。何も自慢にならないわよ、それ」
古和イオの部屋にて、賑やかに家探しをする三人である。狙いは当然、生前の彼女について情報を得るためだ。
作業机に目をやり、曽根崎はため息をつく。
「これで日記とか残ってりゃ楽なんだがな」
「はっ、ンなもんそうそうつけてる奴ぁいねぇだろ」
「それはそうだ。だから、彼女の人となりはここに残されたものでしか判断するしかない。一つたりとて見逃すなよ」
「はいはい」
生返事をしながら、阿蘇はパソコンを起動する。不用心と言うべきか幸いと言うべきかパスワードはかかっておらず、すんなりと中を見ることができた。
デスクトップには、作曲家らしく音楽フォルダや編集ソフトなどが並んでいる。ざっと見回した阿蘇の目に留まったのは、メールソフトの存在だ。クリックして中を開き、しばらく受信メールの一覧を眺めてみる。
「……兄さん。中伴って人が、今回の事件の依頼者なんだっけ?」
「そうだ。楽団の指揮者でもある」
「その人とやりとりしたメールが結構な数残ってるよ。しかも……」スクロールバーを下げ、阿蘇は目を鋭くする。
「この人のメールだけ、他の人達と違ってタグ付けされてる」
「作曲を頼まれていたからじゃないか?」
「や、それだったら他のクライアントのメールもそうするだろ。あと、わざわざ御礼の応酬とかなんでもねぇようなメールまで残すのは変じゃねぇか?」
「そうねぇ……。だったら、古和さんは中伴さんに恋してたって考えてみるのはどう? それならすっごく自然よ!」
割り込んできたのは柊だ。そこまで安直に考えたものか曽根崎には分からなかったが、ありえない話でもないと首を縦に振る。
「そうかもしれんな。いずれにせよ、古和イオ氏にとって中伴さんが特別な存在だった可能性はある」
「特別な存在かぁ」
しんみりと言葉を繰り返した柊が見ていたのは、本棚である。作曲関係や楽器に関するもの、指揮に関するもの。音楽関係の本や雑誌がひしめき合うそこに指を沿わせていた柊は、ある資料に気がついた。
「何これ……DVDかしら?」
「DVD? 別に珍しくはねぇだろ」
「それはそうなんだけど、ほら見てコレ」
柊がこちらを向いた阿蘇と曽根崎に、DVDに貼られたラベルを見せる。そこには、『中伴指揮・第九』と丁寧な字で書かれていた。





