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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第2章 誘う音楽
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9 手遅れ

 僕と藤田さんは、会場の前で待っていた。ちなみに曽根崎さんは指揮者の中伴さんに話があると言い、別行動をとっている。

「曽根崎さん、時間かかりそうだから先に帰っていいってさ」

 スマートフォンを確認し、藤田さんが言った。

「帰り、送ろうか?」

「子供じゃないんだから大丈夫ですよ。それに僕、一旦事務所に戻ろうと思いますし」

「事務所? なんで?」

「曽根崎さん、さっきのファミレスで何も食べてなかったじゃないですか。だから軽いものでも作って置いておこうかなって」

「真面目だなぁ。でも曽根崎さんも家に直帰するんじゃない?」

「あ、じゃあマンションのドアにぶら下げておくべきですかね」

「真面目っつーかもう健気なレベルだな。それ彼女とかのすることだからね?」

「そこにあるのは愛じゃないので……」

「またまたぁ」

「お金なので……」

 現実問題、晩御飯でも時間外労働でもしなきゃマジで借金が減らないのである。いや、利子は無いから少しずつ減ってはいるのだけど。でも元が莫大だからか、焼石に水みたいな減り方しかしないのだ。

「っていうかさ、そんなに焦って返さなくてもいいんじゃない?」

 部活帰りの女子高生が、藤田さんを見てキャアキャア言っている。そんな彼女らに軽く手を振ってから、彼は僕に向き直った。

「数十年かけてゆっくり返していきゃいいじゃん。お前、将来的にも曽根崎さんと働く気なんだろ?」

「それはそうなんですが……」

「何か早く返さなきゃいけない理由でもあるの?」

 ──これは、実は核心をついた質問だった。

 僕は今、曽根崎さんから三千万円以上ものお金を借りている。少し前、僕は父親から自分の人生を買い取ることで親子の縁を切ったのだが、その際の費用を全て曽根崎さんに肩代わりしてもらったのだ。

 なおそれとは別に奨学金も返してもらったため、実質数百万円ほど上乗せされてる。だって利子がつかないんだもんな、曽根崎金融。活用しない手は無い。

 ともあれ、この借金は僕にとって特別な意味を孕んだものだった。もはや僕の生きてきた価値そのものと言ってもよくて、それを返すことは僕の人生を自分のものにする一種の儀式のようにすら思っていたのである。

 ──思って“いた”。最近は、ちょっとだけ理由が変わってきていたりする。

「あ、藤田さん! 人が出てきましたよ!」

 が、ここで洗いざらい藤田さんにぶちまけるのはちょっと恥ずかしかった。折よく会場からパラパラと人が出てきたので、急いで叔父の服を引っ張る。

「ほら、見覚えのある人もいます!」

「ほんとだ。えーと例の野辺さんは……あそこだね」

「早っ。こんな遠くでよく見つけられますね」

「センサーついてるから」

「どこにかは聞きませんよ」

 適当に人が散らばる頃を見計らい、僕らは野辺さんへと近づく。ギョッとされるかと思ったけど、存外彼は落ち着いた様子で迎えてくれた。

「野辺さん、大丈夫でしたか?」

「ああ、竹田さん。先程は失礼しました。お見苦しい所を見せてしまって……」

「いえ、全然。気にならさないでください」

 恥ずかしそうに頭を掻いている野辺さんに、首を振る。……容姿、話し方、雰囲気、怪我の有無。特に変わった所は無さそうだ。

 だけど、それが一番の違和感だった。

「野辺さん」

「はい?」

 胸が痛いくらいにドキドキしている。手をぎゅっと握りしめる。緊張に喉が乾くのを感じながら、僕は無理矢理笑顔を作った。

「……一週間後のコンサート、僕も楽しみにしています」

 すると、野辺さんははにかんで答えた。

「ええ、ぜひ最後まで聴いていってください」

 その瞬間、僕は全身から血の気が引くのがわかった。

 ……言うはずがない。練習前までの野辺さんなら絶対に言うわけない。何故なら、コンサートの最後に演奏されるのは彼が恐れてやまなかったあの『The Deep Dark』なのだ。

 ──「手遅れだ」。曽根崎さんの声が、頭の中で響いた。

「景清」

 藤田さんに肩を叩かれ、ハッとする。喋らなくなった僕を不思議そうに見る野辺さんに別れを告げ、僕らは最初にいた場所にまで戻った。

「……ど、どうしましょう、藤田さん。野辺さんが……!」

「うん、あれは演技とかじゃない。何かがあったんだろうね」

「……僕の、せいです」

「景清のせいじゃないってさっき結論出たろ。一度出た判決をひっくり返すな。それか控訴でもする?」

「……」

 複雑な思いに言葉を失くす僕を、軽やかな着信音が呼ぶ。のろのろと尻ポケットからスマートフォンを取り出し、通話ボタンを押した。

「……はい」

『やあ、そちらは目的を果たせたか?』

 曽根崎さんだ。取り急ぎ報告を入れてくれたらしい。

『中伴氏と話してきた。どうやらまた気絶者が出たらしいな』

 その人の名前が誰なのかは、聞かなかった。聞く必要もなかったからだ。

『これで楽団員は全員、気絶済みになった。ものの見事に一人残らず……いや』

 僕には、何故か電話の向こうの曽根崎さんが笑っているように聞こえた。

『中伴氏を除いて、だな』

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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