6 騒がしい締めくくり
「で、なんでお前と景清君がここにいんだ? 偶然じゃねぇだろ」
「偶然ですぅー。オレと阿蘇は運命のゴールデンチェーンで結ばれているから、自ずと導かれただけですぅー」
「どうせ尾行してきたんじゃねぇのか?」
「してないですぅー。オレと阿蘇は離れていても心は一つだから自ずと足が向いただけで、決して尾行や盗聴をしてたわけじゃないで」
「なるほど、盗聴まで」
「違うんですぅー」
阿蘇さんの尋問に信じられないぐらいボロを出す藤田さんの隣で、僕は縮こまっていた。……居心地が悪すぎる。でもこうなったのも、藤田さんを止められず、かつしっかり盗聴に熱を入れてしまった僕の因果応報だ。申し訳ありませんでした。
一方、ぽこさんはオロオロと藤田さんや僕を見ていた。
「え、顔良……」
なんと言っていたのかはよく聞き取れなかった。
「さて、こんなことになっちまってすいませんね、ぽこさん」
僕らの登場により色々どうでもよくなってしまったのだろう。かなり態度が砕けた阿蘇さんが、ぽこさんに向き直った。
「ですが、彼らも今回の件に協力できるかと思います。同席しても構いませんか」
「そうなんですか?」
「え? 協力ってなんですか、阿蘇さん?」
ぽこさんと僕が疑問を発したのは、ほぼ同時だった。僕はぽこさんと顔を見合わせ、互いに「どうぞどうぞ」と譲り合う。その間に藤田さんが質問の列に割り込んだ。
「今回の件ってなんだよ? 阿蘇は今日、この人とラブラブマッチングに来てたんじゃなかったのか?」
「違う。直接相談に乗ってほしいって言われたから会っただけだ」藤田さんの問いに煩わしそうに手を振って、阿蘇さんは答える。「俺の職業は警察だから頼りにしてくれたんだよ。最初は断ろうかと思ったが、ざっと話を聞いてみたら少しきな臭くてな。詳しく知っておくべきだと思ったんだ」
「そりゃ仕事熱心なことで」
「ありがとよ。でもこれは、俺じゃなくて兄さんの領分だな」
さらりと告げられた言葉に、僕の体はびくっと反応した。曽根崎さんの領分だって? ということは……。
「もしかして、怪異絡みの……?」
「そうと決まったわけじゃねぇが、視野に入れておいたほうがいいかもってとこだ」
「ちょ、ちょっと! なんですか、その怪異っていうのは!」思わず口を挟んだのは、ぽこさんである。「私の友達のことなんですよ? 確かに少し妙な話かもしれませんが、怪異だなんて聞き捨てなりません!」
「ああ、ごめんね、お姉さん。この人たち、すーぐ怪異って言葉を使うんだよー」すかさず藤田さんが柔らかな声色でフォローに入った。「この間なんか、空っぽのゴミステーションでゴミ袋片手に『怪異だ……』って言ってたからね。もちろんゴミ収集車が早めに来たってだけの話だよ。身の回りにあるちょっとした謎でも怪異判定するんだ、この人たち」
「はあ、なるほど……?」
「でもこの説明でなるほどって言っちゃうぐらいには、お姉さんのご友人の身に起こってることも不思議な話なんだね?」
藤田さんがテーブルに両肘をつき、ずいとぽこさんに身を乗り出した。突然の確信めいた発言に僕はまたぽこさんを怒らせるんじゃないかと慌てたけれど、ぽこさんは「ええと」と言葉を濁しながら顔を背けるだけだった。その頬はほんのりと赤く色づいている。え、なんで?
「それじゃ、本題に戻りましょうか」
藤田さんの肩を掴んで座席に戻しながら、阿蘇さんが言う。
「申し遅れましたが、こちらは藤田で隣が竹田。信用できる二人だと保証はしますが、違和感があればその時点で帰るなり通報してくださって結構です」
「わかりました」
「では、改めてぽこさんの話を聞きましょう」
阿蘇さんがゆったりとソファに身を沈める。その動作は、どことなく曽根崎さんを連想させた。
「――とある老人ホームに反対にされたことにより、婚約破棄寸前のご友人の話を」
なんだそれ!? そう思ったけれど、当然ツッコめる雰囲気ではない。僕は真剣な表情を崩さないように努めつつ、ぽこさんの話に耳を傾けたのだった。
「――まさかマッチングアプリに潜ってまで、私を売り込んでくるとはな」
ところかわって曽根崎さんの事務所である。ぽこさんとの話を終えた僕達は、曽根崎さんに今日の報告をするべくここに帰ってきていた。
曽根崎さんは座り心地のいい椅子をギイと鳴らして、不気味な微笑みを阿蘇さんに向ける。
「おそるべき営業手腕だよ。警察にしておくにはもったいない」
「嫌味ったらしいな。そもそも酔っ払った藤田が、俺のスマホにマッチングアプリを入れなきゃよかった話なんだよ」
「スイマセンデシタ」
「おう、今日のメシはお前が奢りだぜ」
そして結局、阿蘇さん婚活騒動の発端は藤田さんにあったことが判明した。経緯はこうである。藤田さんが阿蘇さんの家に遊びに行った折、酒瓶を片手にくだを巻いていた時……。
『阿蘇さぁ、最近女っけないよね?』
『そうか?』
『男っけもないよね!?』
『あったらお前、俺を見る目が変わるだろ』
『阿蘇ほどの男がこれとは由々しき事態ですよ! 俺が発破をかけてやる!』
『はあ? んなもんどうやって……』
『用意!』
『おいばかやめろ、勝手に人のスマホを! まあパスワードがわかるわけ』
『突破!』
『わかるのかよ!』
『アプリをイン! 個人情報爆速入力!!』
『だーかーらー、やめろっつってんだろ!』
『あぎゃーっ!!』
「……思い返しても、お前よく俺に垂直落下式ブレーンバスターされながらマッチングアプリに登録できたよな」
「なるほど、だからオレ翌日めっちゃ体痛かったんだ」
阿蘇さんのぼやきに、藤田さんがぽんと手を叩く。どうやらあほらしい一幕があったようだ。つまり藤田さんは、自分で引き起こしたトラブルなのにそれを忘れて大騒ぎしていたというわけである。脳みそ40グラムか?
「ともあれ、そういう事情なら一度私も話を聞いてみるかな」
さほど乗り気じゃなさそうなものの、曽根崎さんが言う。お節介かなと思いながらも、僕は彼にぬるめの水を出しながら口を開いた。
「確かにちょっと変な話ではありましたけど、曽根崎さんが関わらなければいけないほど道理が通らない件ではなかったですよ。断りづらいなら僕から言っておきますし、今回はスルーしてもいいと思いますが」
「いつもの私ならそうしただろうな」
濃いクマを引いた鋭い目が僕を仰ぎ見る。瞳孔の境目すらわからない真っ黒な瞳だ。
「だが、ちょっと気になることがあるんだ。それを見定めるためにも直接情報を得ておきたい」
「気になることですか?」
「ああ、またあとで話すよ。君に妙な先入観を与えてもいかんからな」
引っかかる言葉を残して、曽根崎さんはパソコンに張り付き、調査タイムに入ってしまった。こうなったらしばらくは話しかけないほうがいいだろう。だから僕は、阿蘇さんがいる来客用ソファのもとへ行き……
「このたびは本当にすいませんでした」
流れるように土下座したのだった。
「おう、いいっていいって。顔上げてくれ、景清君」
阿蘇さんはわざわざソファから立ち上がると、僕の前にしゃがみこんでくれた。藤田さんはちょうど席を外している。
「どうせ藤田の野郎に巻き込まれたんだろ? 迷惑かけたな」
「いえ、会話を盗聴したのは事実なので」
「バカ正直だな。黙ってりゃバレねぇのに」
阿蘇さんは、盗聴したことよりむしろ白状したことに呆れているようだった。ぽんぽんと優しい温度が僕の背中を叩く。
「だからいいんだって。俺だって聞かれて困るような話はしてなかったしさ」
「そう、ですか?」
「おう。実際君も聞いてみてそうだったろ?」
そう言われて、阿蘇さんの言葉を思い返してみる。……聞いてるこっちが照れてしまうような内容を、耳にした気がするけれど……。
そういえば、藤田さんはトイレに行っている間も阿蘇さんの会話を盗聴していたのだろうか?
考えていると、藤田さんがスライディングで飛び込んできた。
「うえええん、阿蘇ーッ! 曽根崎さんがひでぇんだよ! ベビ清のかわいいお写真、原本じゃないと報酬として受け取らないって言うんだ!!」
「べび清……赤ちゃん時代の景清君のことか?」
「あ、僕の赤ちゃんの時の写真を渡すことが今回曽根崎さんが協力してくれる条件だったんです」僕の補足に、阿蘇さんはやれやれと頭を振った。
「なんつー条件だ。俺がいないとすぐ狂気が蔓延する……」
「やだやだやだ! 阿蘇からも言ってやってよ! ベビ清の写真は叔父であるオレのもんだって!」
「やだよ、面倒くせぇ」
「さあ藤田君、答えを出せ」じたばたする藤田さんのもとに曽根崎さんが迫ってきた。逆光も相まって魔王の風貌に近い。「この場で50万円支払うか、写真を寄越すか。心配せずとも写真は君より厳重に保管してやろう」
「うわああああん!!!! 貯金おろしてくる!!!!」
「考え直してください、藤田さん!!」
こうして、阿蘇さんの婚活騒ぎは騒がしくも幕を下ろしたのだった。……少しだけ謎をまとった、新しい依頼を残しながら。
第9.5章 婚活クライシス 完





