4 するよ!尾行!
僕達は、つかず離れず阿蘇さんを尾行し彼のデートを見守った。
ある時は、アパレルショップの前で――。
「ねえタダスケさん。この服とこの服だったらどっちが似合うと思います?」
「俺が好きなのは左です」
「え、じゃあ右はイマイチってこと?」
「かわいいとは思いますけど、ちょっと生地が薄過ぎませんか。ほら、手ぇ入れてみるとわかるけど結構透ける」
「あ、ほんとだー!」
「こっちの服のほうがいいですよ。何よりぽこさんの明るい雰囲気に合っています」
「明るい? そ、そうかな?」
春海さくらさん――通称たんたこぽこぽこさんは、照れ笑いを浮かべて阿蘇さんを見上げた。自然なカップルだ。三年前から付き合っていると言われても信じてしまいそうである。
一方、身を潜めている棚にしがみついた藤田さんは、じっとりとした目で二人を見ていた。
「あな妬ましや……妬ましや……」
「古典的な幽霊?」
「本来ならあの女の場所にいるのはオレだったはずなのに!」
「そんなことないでしょ」
「あるよ! つかあの女、自分のことばっかだよね? かーっ! オレだったら、むしろ阿蘇に似合う服を選ぶのに!」
「今朝阿蘇さんに激ダサファッションを勧めたのは誰でしたっけ」
「春海さくら」
「責任転嫁しない!」
そしてある時は、道端で――。
「すみません阿蘇さん、荷物持たせちゃって。重たくないですか?」
「これぐらいなんてことないですよ。それより、一旦どこか店に入りませんか」
「でも、予約したお店はもう少し先じゃ……」
「ぽこさん、さっきから足を引きずってますよね。痛むんじゃないですか? 無理するより早く処置したほうがいいと思います」
「あ……」
「それに、ちょうどこの辺りにおいしいシュークリームが食べられるカフェがあるんですよ。普段は男一人じゃ恥ずかしくてなかなか入れなかったんです。もしぽこさんがよければ、一緒に来てもらいたいんですが」
「え、ええ! ぜひ!」
一度は恥ずかしげに目を伏せたたんたこぽこぽこさんだったが、阿蘇さんの言葉に嬉しそうに顔をあげた。そうそう、ドキッとするぐらい鋭いけれど、その上で気遣いができるのが阿蘇さんなのである。見ているこっちがむず痒くなってくるぐらい、お似合いの二人だ。
一方、身を潜めているガードレールにしがみついていた藤田さんは、どっしりとした質量を感じられる陰気なため息をついた。
「妬ましや……」
「阿蘇さんたちの邪魔しないでくださいよ、藤田さん。今のところ、ぽこさんに怪しいところは全然ないんですから」
「でも見てよ、あの女。阿蘇に車道側歩かせてるぜ」
「逆ですよ。阿蘇さんが車道側歩いてくれてるんです」
「言っとくけど、アイツオレと歩く時も車道側歩いてくれるからな」
「僕と歩く時もそうですね」
「メロいよな、アイツ……」
「なんなんですかアンタ」
またある時は、二人が予約していた喫茶店で――。
「わあー、どっちのケーキもおいしそう! 悩んじゃうー」
「……気になるなら、どっちも買いませんか?」
「え、でも食べ切れるかな。さっきのカフェでもシュークリーム食べちゃったし……」
「二人で分けましょう。最初から切り分けておけば、自分が好きなだけ食べられます。余ったら俺が食べるんで、気にしなくていいですよ」
「いいんですか!? じゃあ頼んじゃいますね!」
パッと顔いっぱいに笑顔を広げるぽこさんを見ていると、僕にまで嬉しい気持ちが伝搬した。彼女の近くにいる阿蘇さんは尚更だろう。ここから見えるのは阿蘇さんの後ろ姿だけだけど、口元を緩ませている表情は容易に想像できた。
一方、少し離れたテーブルでふてくされている藤田さんは、今にもナプキンを噛みちぎらんばかりの顔をしている。
「妬ましや……!」
「ずっとそれ言ってますね」
「何よ阿蘇ったらデレデレしちゃって! あんなかわいさ重視のヒールを履いてきて足を痛めた女に!」
「自分とのデートにかわいい靴を選んで履いてきてくれたってことですよね? かわいい人じゃないですか」
「どっちの味方だ、このジェントルマン!」
「褒められた……」
「まあでも……そうだな。景清の言うとおりだよ」
ふいに藤田さんの声色がくぐもった。見ると、彼はテーブルに突っ伏していた。
「本当に、ごく普通の……いい子なんだよな。普通に付き合って、普通に結婚して、普通にこどもできて、普通に老後を過ごして、みたいな……そういう人生設計があっさり浮かぶ子」
「……」
「ねえ、景清」
顔をあげないまま、藤田さんは僕に問いかける。
「普通の幸せってさ、ああいう人とじゃないと掴めないもんなのかな」
その一言は、僕の体をギクッと強張らせるのに十分だった。なぜそんな反応をしたのかはわからない。でも、普段僕らに見せる藤田さんのふざけた態度の底に沈んでいた何かが、今この瞬間だけ浮かび上がってきたのだろうということだけはかろうじて理解できた。
だけど、本当にそれだけだったのだ。回答に窮した僕は、何も口から吐けないまま藤田さんの後頭部を見下ろしていた。今にも誰かの姿が僕の脳裏によぎりそうで、その誰かの姿を頭から追い出すので精一杯だった。
そうやってどれぐらい重たい時間が流れただろうか。突然、藤田さんがすくっと立ち上がった。
「トイレ」
「あ、はい、いってらっしゃい!」
思わず上ずった声で返してしまい、慌てて阿蘇さんのほうを見た。幸い、僕の声に気づいた様子はない。僕はほっと息をついて脱力した。
その間に藤田さんはいなくなっていたけれど、正直それでよかった。藤田さんの質問に対する返答に猶予ができたからである。
さて、あの問いにはどう返すのがいいだろう。改めて考えようとした僕だったが、聞こえてきた声に再び動きを止めることになった。
「タダスケさん」
ぽこさんである。だけどその声は今までの朗らかなものとは違う。明らかに思い詰めているものだった。
「やっぱり、あなたは誰ともお付き合いする気がないのですか?」
急展開である。藤田直和、帰ってこい! 僕は、手のひらを返して心の中でそう叫んだのだった。





