3 お相手について
「――本当に、こんな変装で阿蘇さんにバレないと思ってるんですか?」
帽子とサングラス、そしてマスクというベタな装いの僕が、藤田さんに尋ねる。
「大丈夫大丈夫。人は顔の印象が9割って言うだろ? それに阿蘇だってデートに夢中で周りなんて気にしてなぐふぅ胃から血が!」
「ストレスで血を吐くぐらいなら言わないでください!」
僕らは今、カフェのテラス席に座る客を装って、阿蘇さんをこっそりと見張っていた。
「ここが女の尻尾を掴む最後のチャンスなんだよ」白い錠剤を噛み砕きながら、キャスケットを目深にかぶった藤田さんが言う。「いいか、景清。目を皿にしてあの女の瑕疵を見つけるんだ。どんなに些細なことでもいい。そして女がやらかした瞬間オレ達が飛び出し、上から目線で糾弾するんだ」
「女女言わないでくださいよ、なんか怖い。それから何度も言ってますけど、僕はそんな陰険な作戦に参加する気はありませんからね? 今日ここに来たのは藤田さんを止めるためです」
「でもあの女のバックに反社会的組織がいたら……?」
「いるわけねぇだろ! 相手の人はごく普通の会社員だって曽根崎さんも言ってたじゃないですか!」
そう。曽根崎さんが調査した結果、阿蘇さんのマッチング相手は至って普通の女性だとわかったのである。あれは昨日のこと――。
「名前は春海さくら。26歳で中堅企業の事務として働いている。突出して有能というわけではないが、人当たりがよく職場での評価も悪くない。趣味はパン作りとジョギング。また、SNSを見るに某男性アイドルグループを贔屓しているが、目も当てられないほど入れ込んでいる様子ではないようだ。交際を前提にしたとしても十分許容範囲内の趣味だろう」
「なぜそんな嘘を?」
「嘘じゃないぞ、藤田君。現実を受け止めろ」
藤田さんは、曽根崎さんの報告を絶望的な顔で聞いていた。他者を条件付きで評価したくないけれど、ここまで聞く限り確かに好印象な人である。だけど藤田さんは食い下がった。
「顔! 顔はどうです!? 髪はぼさぼさ、目の下には濃いクマがあり、性根の悪さが外に滲み出しているような凶相じゃないですか!?」
「例として挙げた特徴が非常に限定的だが、聞き流してやろう。で、容姿を知りたいと言ったな? こちらを見るといい」
曽根崎さんが提示した写真に藤田さんが飛びつく。かと思いきや、片手で顔を覆って天を仰いで嘆息した。
「合格ラインじゃん……」
もうずっと失礼すぎるな、この人。
「明るくも派手すぎないゆるやかなウェーブの髪は肩まで伸ばして、化粧はナチュラル系。笑うとあざとい八重歯がちらっと見える。女性に不慣れな日本人男性相手なら、ちょっと微笑むだけで『あの子、オレのこと好きなんじゃね?』って思わせるんだろうな……」
「偏見まみれの解説ありがとうございます、藤田さん。つまりかわいい人ってことですね?」
「オレのほうがかわいいけどね!」
「張り合わないでください」
――とまあ、そういうやり取りがあったのだ。その流れで藤田さんが「でも肉眼で確認したら致命的な欠点が見つかるかもしれない」などと言い出して、今こうして阿蘇さんの待ち合わせ現場をこっそり見張っているのである。
ちなみに、僕らは一度朝に阿蘇さんに会いに行っている。理由はもちろん、例の激ダサコーディネートを勧めるためだ。結果、僕は藤田さんが腕ひしぎ十字固めをかけられている姿を見ることになった。
「それにしても、阿蘇を待たせるなんて大した女だと思わない?」曲がっちゃならない方向に曲がりかけていた左腕をさすりながら、藤田さんは言う。「オレなら一時間前には待ち合わせ場所にいるけどね。なぜなら阿蘇との時間を一分一秒も無駄にしたくないから」
「あんた割と遅刻常習犯でしょ」
「阿蘇と景清が相手の時はそんなに遅刻しないもん」
「そもそも今待ち合わせ時刻の15分前だし。阿蘇さんだって来てから5分も経ってないじゃないですか」
「チッチッ、阿蘇の5分は常人の5分とは違うんだよ」
「阿蘇さんだけ違う時の流れにいるんです? じゃあますます遅刻しがちな藤田さんの罪が重いじゃないですか」
そんなことを言い合っていると、腕時計に目をやりつつ待ち合わせ場所に近づいてくる女性の姿が見えた。春海さくらさんだ。晴海さんは阿蘇さんが既に待ち合わせ場所にいることに気づくと、綺麗に整えられた眉を八の字にして小走りで阿蘇さんに駆け寄った。
「すみません! お待たせしてしまいましたか?」
「いや、全然」阿蘇さんはスマートフォンから顔をあげると、相手を安心させるように微笑んだ。「今来たとこ」
「ぐおおっ」
恋人のテンプレートのような二人のやり取りに、僕の隣にいる人が唸り声をあげた。それからまた白い錠剤を取り出し、ばりばりと噛む。
「ちょっと、それやめたほうがいいですよ」錠剤の服用の仕方に癖のある曽根崎さんに慣れすぎて気づくのが遅くなったが、慌てて止める。「絶対薬の用法用量守ってない飲み方してるでしょ」
「大丈夫、これ薬じゃなくてラムネだから」
「ラムネなんですか!? 紛らわしい食べ方やめてくださいよ。でもよかった、てっきり藤田さんが病んでるのかと……」
「このラムネも阿蘇が好きだったんだ……」
「病んでますね」
が、悠長に藤田さんに構っている暇はない。阿蘇さんたちが移動を始めたのだ。
「ほら行きますよ、藤田さん。いつまでもラムネ噛んでないで」
「つーか、やっぱ肉眼で見てもオレのほうがかわいいと思わない?」
「張り合うなって言ってんでしょ!」
僕は藤田さんを引きずって、阿蘇さんたちを追いかけたのである。





