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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第1章 人喰いスナック
28/285

番外編 ゲイバー暴発にご招待♡

「何よ何よ何よ! 繁華街で調査って、なんでボクを呼んでくれなかったのよーっ!」

 ――美麗過ぎる顔を曽根崎さんに近づけて地団駄を踏むのは、絶世の美女・月上柊つきがみしゅう

「そうだそうだ! しかもゲイバーで接待を受けたとか、絶対オレを呼ぶべき案件じゃねぇか!」

 ――これまた爽やかなイケメン顔を不満に歪ませ迫るのは、阿蘇さんの幼馴染(かつ僕の叔父)・藤田直和ふじたなおかず

「ああもう、散れ散れ! 事件は終わったんだ!」

 そんな二人に挟まれる曽根崎さんは、コバエを追い払う要領で手を振った。

「事件にそう易々と他人を連れていけるか! っていうかどこで聞きつけてきたんだ! 忠助か!?」

「俺だなぁ」

「知ってるか、忠助。我々の業界には守秘義務という言葉があってだな」

「この間ゲイバー行ったんだわー、って世間話のどこが守秘義務違反だよ」

「え、事件の調査なの!? なんだよ、チクショウ! オレってばとうとう阿蘇がそっち方面に目覚めてくれたかと思ったのに!」

「相変わらず勝手に期待して勝手に散ってるな、藤田君は」

 僕の叔父は今日も元気いっぱいである。喋ってる内容、一個も誇れないけど。

「何、お前らゲイバーに行きてぇの?」

 ここでふと、ジュースを飲み終えた阿蘇さんが顔を上げた。

「そんなら今晩連れてってやるけど」

「え、いいの!? ボク、タダでお酒飲めるならどこにでも行くわよ!」

「オレもオレも!」

「……忠助、どういうことだ?」

「ニュース見たチルティさんから連絡があってさ。労ってやるから店に来いって」

「へえ、そうなのか。断っとけ」

「それが他に誘われてた丹波さんと檜山さんが、既に断っててさ。俺だけは行くようにって申し付けられてんだ」

「元警察のコネをフル活用するチルティ、ほんとタチが悪い。で、枠が二人分空いていると」

「そうそう」

 曽根崎さんと阿蘇さんが話す横で、柊ちゃんと藤田さんは肩を組んでご機嫌である。既に行く気満々のようだ。

 まあ、僕としても皆が楽しそうならそれでいいのだ。だから今晩の曽根崎さんの夕食は考えなくていいなぁ、何食べようかなぁ、なんて考えつつ、帰る準備をしていたのだけど……。

「何言ってんだ。君も行くに決まってんだろ」

 曽根崎さんに、がしりと肩を掴まれた。

「むしろなんで逃げられる気でいたんだ。君は事件解決の最功労者だぞ」

「そ、そんなことないと思いますが」

「頼むから来てくれ。よく言うだろ、死なば諸共、旅は道連れ世は情け」

「その二つが並ぶ状況、聞いたことない」

「私の分まで彼女らのサービスを受けてくれ、いちごみるくちゃん」

「そのあだ名、本気で嫌なんですけど言ったらやめてくれますかね」

 何故か行くことになっていた。拒否権無いなぁ。

 若干抵抗したものの、力の強い阿蘇さんと藤田さんに半ば強制連行させられる形で、僕は事務所を後にしたのである。




「きゃあーんっ! また来てくれたのね、男前クンっ、色男ちゃんっ、いちごみるくちゃん! 待ってたわぁーんっ!」

「ちょっとどきなさいよ、おブス! アンタの扁平足に合うガラスの靴は無くってよ!」

「んまぁーっ、大変っ! アンタはアンタで魔法解けてるじゃないの! ちょっとー! 左官屋さん呼んでー!」

「ヤダッ、イケメン増えてるっ! 誰誰誰!? ねぇなんてお名前!? お住まいは!? どこのメーカーのおパンツ穿いてる!? 結婚したらマンション買う!?」

「ハァァンッ!? 何でこんな所に美女がいんのよ! アンタがいると貴重なゲイがバイになるわ! 帰んなさい!」

 ――数日ぶりのゲイバー『暴発』は、それはもうすごかった。ぐいぐい来る四人のお姉様方と、圧。あと、僕の背中に隠れる曽根崎さんからの後押しも強くて。

 が、ここはコミュ力限界突破の藤田さんと柊ちゃんである。二人は美麗に微笑むと、僕の前に立った。

「やあ、初めまして。オレの名前は藤田直和といいます。美人ばっかで目移りしちゃうなぁ。よろしくね」

「ボクのお名前は柊ちゃんよ! ボクってばとっても美しいから、アナタ達が緊張しちゃうのも無理ないわ! 今日はたくさんおしゃべりしましょうね!」

「……!」

 お姉様方の動きが、止まった。けれどすぐに僕らに背を向け、ヒソヒソと会議を始める。

「どうするどうする? こんなに粒揃いなの初めてじゃない? どの子にする?」

「正直男前は譲れないと思ってたけど、改めて見たら色男で火傷したい気持ち出てきたわ……」

「ねえねえ、アタシいちごみるくちゃんとイケメンで両脇固めて出撃したいんだけど」

「どこに出撃するの? 都庁? 迎撃されて小汚く散ってきなさいよ」

「ちょっとー、アタシ絶対あの美女無理なんだけどー。何あの女ー」

 ……びっくりするぐらい、筒抜けである。いつもの事なのかもしれないか、お姉様達の自由さがここに極まっている。

 だが、それもチルティさんがトイレから帰ってくるまでであった。

「ちょっとオカマ共っ! なぁにチンタラ井戸端ってんのよ! あれだけパーティーの準備しとけって言ったでしょ!」

「げぇっ、ママ!?」

「ほらほら、メロンは早く和太鼓の準備をなさい! シロップ、アンタは照明! パオはステージ! ポロリは……そうね、なんか適当に脱いでなさい!」

「はぁい!」

「待って待って脱ぐのは結構です!」

 思わずツッコんでしまった。いや、ポロリさんだけじゃないな。和太鼓でどうサービスしてくれる気なんだろう、ゲイバー暴発。

 ――この時の僕は、その十分後に見事な和太鼓演舞を見ることになるとは、夢にも思わなかったのである。




 和太鼓演奏の後は、めちゃくちゃサービスしてもらった。

「さあジャンジャンお飲み! 翌日マーライオンするぐらいお飲み!」

「サービスしちゃうわよぉ! ついでにベッドの中でも!」

 阿蘇さんと曽根崎さんにについているのは、筋肉好きのシロップさんと色男好きのパオ・パイパイさんである。

「へぇ、チルティさんすげぇいい酒出してくれたな。なぁシロップさん、これって高いんじゃね?」

「大丈夫。それね、中身だけ別のものに変えてっから」

「おい」

「ねぇねぇ色男さん、イイ人いないのぉ? アタシとかどぉお?」

「貴女は大変魅力的ですが、私には釣り合わないと思います」

「うん? これどっち? どっちを上げてるのかしら?」

 そして、あっちでは藤田さんとメロンさんが熱く語り合っていた。

「へぇー、メロンさん、元々ヤクザだったんですか」

「そうなのよぉー。でも昔ヘタこいてオヤジにヤキ入れられそうになった時、ちょうどガサ入れに来たママと檜山さんに助けられてね。『アンタ、正直に生きてないわね』って言われて、ハッとしたの」

「うんうん」

「そしてアタイは、シャバに出てきた後、指ィ詰めて足を洗った」

「ほんとだ、小指無いね」

「でも無くなった小指補って余りあるくらい、××が××だからぁ〜」

「アハハハ! いいなぁ、オレの××は××だし、あ、でも××は××で××××!」

「ガハハハ! アンタ最高ね! 言ってること最低だけど!」

「じゃあオレとワンナイトいっとく!?」

「悪いわね、アタイ老け専!」

 ……ものすごい用語が飛び交っている。いっそ清々しいような気がしないでもないけど、あの輪には入れそうにないな。

 一方、柊ちゃんと彼女への第一印象が最悪だったらしいポロリさんはというと……。

「ひっく……それからあの男、全然連絡よこしてくれなくなって……! 他に男ができたんじゃって、アタシ不安で不安で……!」

「んもうーっ! 何そんな男ごときでメソメソしてんのよ! せっかく可愛く生まれてきたのに勿体無いわ!」

「え……?」

「人間いつどうなるか分かんないのよ!? 自分を大切にしてくれないダメ男に、わざわざとっても貴重なポロリの時間を使ってあげることないわ!」

「しゅ、柊ちゃん……!」

「だからしっかりなさい! 今度すっごく美味しいケーキ差し入れたげるから!」

 友情を築いていた。柊ちゃんは本来明るくて優しい人なのだ。それがポロリさんにも伝わって良かった。

 そんなわけで、皆思い思いにゲイバー暴発を楽しんでいるようだった。

 ……え、僕? 僕はというと……。

「さあさ、飲みなさい、いちごみるくちゃん」

 何故か、チルティママに接待を受けていた。

「ぼ、僕はいいですよ、チルティさん。他の方の所に行ってあげてください」

「んもうー、遠慮しなくていいのに」

「でも……」

「ええ、アナタの言いたいことはわかってるわ」濃い紅を引いた唇が弓形になる。

「この有様なら、ここはゲイバーじゃなくオカマバーにすべき。そう言いたいんでしょ?」

「違いますが」

「でもね、最初からこの路線ってわけじゃなかったの。数ある出会い、仲違い、和解、卒業……。その果てに、気づいたらこんなのばっかり揃ってた。とんだロイヤルストレートフラッシュだわ」

「最強手じゃないですか」

「けれど皆が皆同じジェンダーってわけじゃない。例えばシロップは女寄りの心だけど、アタシは女装がはちゃめちゃに好きなだけの男だしね」

「はあ」

「ちなみに夜はネコ。覚えといて」

「はあ」

 すごく語るなあ、チルティさん。全然会話に追いつけないけど。

「……だけどアナタ、ずっと張り詰めてんのね」

 すると、ここでふとチルティさんが柔らかな視線を僕に向けた。紫色のツヤツヤした爪が、僕の頬をくすぐる。

「分かるわよ、見てたら。アタシにもそういう時期あったから。……世界が怖くて堪らない。なんだか、そんな目をしてる」

「そう、ですか?」

「ええ。でもね、聞いてちょうだい。その怖そうに見える世界の中にこそ、キラキラした愛ってんのは隠れてるのよ」

 チルティさんは、そっと僕にお酒を差し出した。

「生きていたら、怖いものばかり目に入るわ。なのに愛ほど見つけ辛いものは無い。でも、ここで踏ん張って勇気を出して正解よ。だってアナタが歩いた分だけ、アナタを抱きしめてくれる人がいるんだから」

「チルティさん……」

「もしその抱きしめてくれる人がアナタ自身だったら……それってとっても素敵なこと。でも、自分自身の温もりだけじゃ足りない夜もある」

 チルティさんは、聖母のような笑みで両手を広げた。

「温もりが欲しいなら、アタシがそばにいてあげるわ。おいで、いちごみるくちゃん」

 ……。

 …………。

 これ、抱きしめてもらったほうがいいのかなぁ。空気的にそんな感じだよな。断って気まずくさせるのも悪いし、お酒のせいか頭もぽわぽわしてるし……。

「何してんです、チルティさん」

 だけど僕が判断する前に、低い声が僕らを遮った。見上げると、そこには水の入ったコップを手にする曽根崎さん。そして、チルティさんの隣で仁王立ちする阿蘇さんの姿があった。

「何俺らがちょっと目を離した隙に手を出そうとしてるんですかね……?」

「ちっ、ちちち違うのよ、誤解よ! ただちょーっとお酒の力を借りてつまんじゃおっかなって!」

「誤解も何もそうとしか思ってねぇわ! よく恥ずかしげもなく言えたな!」

「いいじゃないのーっ! ちょびっと若い芽摘んだって!」

「それそういう意味じゃねぇんだよ! あれだな! コレもうここが人喰いスナックだな!」

「うむ、いいオチがついた」

「兄さんは黙ってろ!」

 阿蘇さんは今日も大変そうだ。僕のせいか。僕のせいかもしれないな。あとで謝らなきゃ。

 でも、今すごく眠いんだよな。最近あまり眠れていなかったし、ここなら曽根崎さんやみんながいる。そう思うとなんだか酷く安心して、まぶたが重くなってきた。

「むー……」

「ヤバい、忠助。景清君寝そう」

「誰と!?」

「藤田君は引っ込んでなさい」

「助けが必要かしら!?」

「柊ちゃんはポロリさんのケアしてなさい」

 ――起きたら。起きたら、全部ちゃんとする。だから、今は少しだけ甘えさせてもらおう。

 そう心に決めた僕は、安らかな喧騒の中で眠りに落ちていったのだった。



 番外編 ゲイバー暴発にご招待♡ 完

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
小説家になろう 勝手にランキング script?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点] 声上げてわらった さいこうです
[良い点] ξ≧▽≦)ξ左官屋さん呼んでー!! ξ≧▽≦)ξwwww長埜さんが水を得た魚のようだ。
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