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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第9章 破滅は弱者の顔をして
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番外編 ゆけゆけ!曽根崎こども園!9

 なぜこんなことになったのかといえば、僕が弁護士助手を引き受けた日まで話は遡る。ハヤカワさんの件は解決の兆しが見えたとしても、〝こどもの希望を守り続ける会〟と関わる他のこどもや家族に残る不安は残り続けていた。心ない噂と好機の目に晒される人たちのことをどう守ればいいか、里子さんは悩んでいたのである。

 そんな彼女を突き放したのが曽根崎さんだった。

「守り続ける会のリソースにも限界があります。ある程度、自分の身は自分で守ってもらいましょう」

「だけど、どうやって?」

「インターネットに無数に漂う誹謗中傷ならば、ただ見ずに真っ当に現実を生きればいい。ですがそれができないのであれば、振り回されないだけの知識を身につけるべきでしょう」淀みなく曽根崎さんは言う。「加えて、同じ立場の仲間が必要です。とはいえ、ここの者たちであればそう問題はないでしょうが」

「じゃあそれも弁護士先生に相談してみようかな。うーん、やっぱり時間と費用がかかるねぇ」

「いや」ここで曽根崎さんはちらっと僕を見た。そして驚くべき発言を飛ばしたのだ。「私がやりますよ」

「慎司君が!?」

「曽根崎さんが!?」

「兄さんが!?」

「静観を貫いていた忠助まで驚くんじゃない」

 そんなことを言われたって、これは異常事態だ。僕は更につっこんだ。

「だって慈善事業ですよ!? 曽根崎さんから一番かけ離れた概念じゃないですか!」

「失敬だな。この件には私とて思うところがあるよ」

「ついに人の心が生えた……!?」

「無礼には無礼を重ねるのがトレンドか?」

 曽根崎さんは軽くため息をつき、僕の肩に手を置く。そして僕の耳に唇を寄せた。

「考えてもみろ。今回、なぜ君が弁護士家業やハヤカワ氏のメンタルケアに携わることになったと思う?」

「え……? それは、曽根崎さんが提案したからで」

「そう。なぜなら君は将来的に私の顧問弁護士になるんだ。それに向けた正しい経験を積んでもらわないといけない」

 あ、と僕は声を出しそうになった。この人、そういう魂胆だったのか?

 やっと理解した僕に、曽根崎さんはおかしそうに笑った。だけどこのくぐもった笑い声は、僕以外の人には聞こえていなかっただろう。

「そういう事情だ。ならば、雇用主として君だけに頑張らせるわけにはいかんだろう」

「お、お?」

「無論、君が弁護士稼業に携わっている間だけだがな。そのあとは知らん」

「おー?」

「アシカか?」

 アシカではない。竹田景清だ。だけどどうしても喃語以上の言葉が出てこなかったのである。照れくささと、それをごまかしたい気持ちがないまぜになっていたと思う。

 いや、でも結局それって……。

「〝こどもの希望を守り続ける会〟のためじゃなくて、100%兄さんの私情じゃねぇか」

「あたしはそれで構わないよ! 世話になるね、慎司君!」

 阿蘇さんの冷静なツッコミと里子さんの包容力にて、この場は解散となった。ほんとだよ、100%曽根崎さんの私情だよ。でもその私情が僕のために使われているという事実に、僕はなんだかその場で転がりたいような気持ちになっていた。




「……これでわかったろう。私を警戒していた君たちですら、全てを嘘と見抜けたのは一人としていなかった。だが恥じることはない。事実、ある統計によれば8割以上の人間が嘘に気づかぬまま日々を過ごしている。嘘を嘘と見抜くのは非常に難しいとご理解いただけただろうか」

 曽根崎さんの講義は続いている。曽根崎さんの口八丁にこてんぱんにされたこども達は、食い入るようにして彼の話を聞いていた。なお、僕も彼がついた怒涛の嘘に騙された一人である。まさかご褒美のお菓子にすら嘘が仕込まれているとか思わないだろ。

「重要なのは、自分が嘘を見抜ける人間であると思わないことだ」曽根崎さんはよく通る声で言う。「この世にそんな者はいない。人間不信者を自称する者すらそうだ。というか、むしろそういう者のほうが見事に騙され、下手なプライドから他者に適切な援助を求められない分、ドツボにはまっていく傾向にある」

「じゃあどーしたらいいんですか?」律儀に手を挙げた女の子が尋ねる。「だまされたら、おかね取られたりするんですよね? やさしい人に見えても怖い人だったりするって、わかんないです」

「ああ。だからこそ、情報は一旦自分の中に収めることが必要だ」

「じぶんの中におさめる?」

「そう。様子見する、という選択肢を持つんだ。悪意ある意図が仕込まれた嘘ほど、人が信じやすく誰かに話したくなる要素が含まれている」

「むずかしいー!」

「……たとえば私がスパイだという噂を聞いたら、つい友人に話したくなるだろ」

「うん! みんなに言う!」

「その時点で嘘の思う壺だ。そうだったら面白い、本当だったら怖い、が嘘の餌となる」

「んーと、それじゃ、嘘にごはんをあげないようにするには、話さなければいいの?」

「ああ、口をつぐむのが簡単な方法だ。だが一番いいのは、その噂が本当かどうか調べてみる癖をつけることだな。信頼できる人が言っているかどうか、どんな情報を根拠にしているか……。それでも間違うことはあるが、その際はどうして間違ったかを調べ、繰り返さぬよう努めればいい」

 へー、と声があがる。……思ったよりも、曽根崎さんは上手にこども達と接している。難しい内容や言葉を使ってはいるが、ちゃんとみんなついてきているようだ。

 ふと、曽根崎さんこそが人に対して平等な人なんじゃないかと思い至った。たとえこども相手だろうと、大人同様の理解力を求めている。それは裏返せば、相手をこどもだからと見くびらず思考力を信頼しているということじゃないだろうか。

「お疲れ様です」しばらくして講義を終えた曽根崎さんに、僕はお茶の入ったコップを片手に声をかけた。「いい講義でした。次回もあるんですよね? 僕も聞きたいです」

「そうか」

 曽根崎さんは僕のひそやかな尊敬に気づいた様子もなく、コップの中に入った麦茶を一気飲みした。相変わらず品がない。

 しかし今回ばかりはちょっと見直したのだ。僕はさきほど感嘆したことについて、まるまる曽根崎さんに申し伝えた。数日前、曽根崎さんに照れくさい思いをさせられたことへの意趣返しもあったかもしれない。

 だが曽根崎の野郎は、ちょっと首を傾げてこう返したのだ。

「平等というのは正しいが、尊重や信頼は一切関係ないよ。私は私以外の者を均等に見下している。以上だ」

 あ、これが曽根崎慎司だったな――。群がるこども達をシッシッと追い払う目の前の男を見ながら、僕は生ぬるい気持ちを飲み込んだのである。




番外編 ゆけゆけ!曽根崎こども園! 完

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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