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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第9章 破滅は弱者の顔をして
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番外編 ゆけゆけ!曽根崎こども園!8

 弁護士バッジを持たない僕では法廷に立てないため、弁護団の皆さんから僕に与えられた任務は情報収集とハヤカワさんに話を聞くことの二つだった。――だけど、その過程で身にしみた。弁護士って大変だ。わかっちゃいたけど、すごく大変だ。

 覚えなければならない法律知識は膨大で、そこに判例やら法解釈やら加わってくるともうえらいことになる。一応普段から空き時間に勉強していたものの、サポートとはいえ実践となると全然違って僕は頭を抱えた。法律だけならまだしも、人の気持ちなんて一概に「こう!」と枠に嵌められるものでもないし、何なら状況や時間経過とともに変化するからだ。

 それでも、ひとつわかったことがある。弁護士法・第一条『弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする』――自分がどうすればいいか迷った時、これが大きな指標となることだ。

 ある日、僕はハヤカワさんに尋ねられた。

「竹田さんは、どうしてそこまでして私を助けてくれようとするんですか」

「え?」

 里子さんがボランティアをするこども園に来ていた時のことだ。こども達の面倒を見る傍ら、僕はハヤカワさんの話を聞いたり今後の打ち合わせをするなどしていた。

「私が景清君にしているのはあくまで相談だから、費用は発生しない……ということになっていますが」ハヤカワさんは言う。「あなたは精神的に参っている私を親身に支え、たくさんの法的根拠をもって励ましてくれました。私は知っています。大学生でありながら、私やこども園の事情のために時間を割くのは簡単なことではなと。……どうしてそんなに他人のために心を砕けるのですか?」

「それは」

 真剣な声に言葉に詰まった。後ろめたい理由があったからではない。少しでも誠実に答えたかったからだ。僕は机の上に置いた資料に一旦目を落としたあと、頭を持ち上げた。

「僕が、必死に、なっているからだと思います」本当の言葉は重たくて、喉に詰まった。「僕は、ハヤカワさんとマモル君にこれ以上不当につらい思いをしてほしくありません」

「……私たちに、不当につらい思いを」

「えっと、生きていたらある程度避けて通れない困難というのがあると思うんです。でも、ハヤカワさん達の身に起きたことは違います。調べれば調べるほど、なんでハヤカワさんがこんな目に遭わないといけないんだと憤りを覚えました」

 ハヤカワさんはじっと僕を見ていた。僕も勇気を出してハヤカワさんの目を見つめた。

「だから僕は、ハヤカワさんの身に起きた理不尽を少しでも軽くしたいです。起きたことは変えられないけれど、これからできることはたくさんあります。そのお手伝いができたらと強く思います」

「……竹田さん」

「今は大変な時期ですけど、なんとか乗り切りましょう。僕も、できるかぎり時間を使って……」

「かげきよさん!」

 明るい声と共に飛び込んできたのはマモル君である。マモル君はお父さんであるハヤカワさんを見て嬉しそうに目を輝かせたが、先にぼくの足に飛びついてきた。

「かげきよさん、パパとお話しおわった!? もうすぐコーギの時間だからいっしょに行こう!」

「あ、ありがとう、マモル君。でも話は……」

「いえ、今日はもう大丈夫です。行ってやってください、竹田さん」

 優しい目をしたハヤカワさんにそう返されて、思わずしげしげと彼を見た。初めて見たハヤカワさんの穏やかな表情だった。

「景清さんに話を聞いてもらったおかげでかなり心が軽くなりました。妻の件に解決の目処が立ったのも大きいかもしれませんが……今日はここまでで結構です」

「そうですか? では、今回のお話も弁護士の方にお伝えしておきますね。次回は担当の弁護士と一緒にお会いすることになるかと思います」

「わかりました。……本当にありがとうございます。マモル、いい子にしてるんだぞ」

「うん! お仕事がんばってね、パパ!」

 頭を下げたハヤカワさんは、手早く荷物をまとめ始めた。聞くところによると、彼は勤務先に許可を取り、こうして一時間だけ抜けてきているのだそうだ。職場もハヤカワさんの味方である。

「はやくはやく! コーギ始まるよ!」

 頬を紅潮させたマモル君は、僕の手を引いてしきりに急かしていた。以前とは見違えたように元気になったマモル君に、僕は思わず口元が緩んでしまう。最近は家でお父さんの笑顔を見ることも増えたそうだ。本当によかった。

 マモル君と並んで競うように走る。しかし僕はすっかり失念していたのだ。マモル君の言う〝コーギ〟が何を指すのかを――。


「集まったようだな」


 そんなに広くはない部屋の前方部に、ホワイトボードを超える背の高さの男が立っている。彼はよく通る低い声と共に一同を見回すと、ただでさえ伸びた背筋をぴんとさせた。

「さあ耳をかっぽじって聞くがいい。本日の講義も君たちを賢人へと導く助けになるだろう」

「ケンジンってなにー!?」一人の男の子が尋ねた。

「かしこい人間のことだ」長身の不審者面は答える。「かしこい人間になると、生きていく上で金と人間性を失いにくくなる」

「ケンジンすげー!」

「今から私は3つの嘘をつく。君たちはそれらを見事暴いてみせろ。嘘が見抜けた者には千円のおやつを、見抜けなかった者には百円のおやつを支給しよう」

 ――始まっていた。曽根崎こども教室が、開講していた。今日の授業は〝嘘を嘘と見抜く方法〟だそうだ。


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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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