番外編 ゆけゆけ!曽根崎こども園!7
マモル君のお父さんに弾丸化して突き刺さってしまったことを、僕はすぐに反省した。でも、マモル君や他の子が聞いている以上、何より本人にその先の言葉を口にさせたくなかった。
「すいません!!」男性に覆いかぶさったまま僕は言う。「でも失礼します!!!!」
「君は、何を……!」困惑しながらも、男性は言い返す。「やめてくれ! もう本当にどうしようもないんだ!」
「生きてますから! 生きてますから!」
「そのフォローは一体……!?」
どう収集をつけるべきかわからず場が混沌とする中、ぽんと僕の背に温かなものが触れる。振り返ると、ゲンマさんがその大きな手を僕の背に当ててくれていた。
「そっちの男性にも」曽根崎さんの指示が続く。ゲンマさんは頷くと、マモル君のお父さんの肩に優しく触れた。それで多少落ち着いたのだろうか。マモル君のお父さんは、僕とゲンマさんを交互に見たあと、がっくりと肩を落として溜め息をついた。
「一度状況を整理するべきでしょう」曽根崎さんが淡々と言う。「あなたは不貞を働いた妻と離婚したあと、執拗に嫌がらせをされた結果転職や引っ越しを余儀なくされた。しかし元妻は実子であるマモル君に執着しており、ついにお仲間と襲撃を企てるまでになった」
「は、はい、そうです」マモル君のお父さんが答える。痛みを堪えるように唇を噛んでいた。「急な出費が重なり、今うちに経済的な余裕はありません。かといって、こんな状況で息子を一人にしておくなんて、とても恐ろしくてできませんでした。だから私が働いている間、事情を知った上で息子を守ってくれる場所が必要だったのですが、ここ以外にそんな場所はなくて……。だから、ここがだめなら、もう」
「だめじゃないよ!」
ドーンと効果音がつかんばかりの勢いで現れたのは、里子さんである。里子さんは力強い足取りでマモル君のお父さんの前で来ると、しゃがんでその手を握った。
「大丈夫だよ! 警察に相談して巡回を強化してもらうようにした! 襲撃した犯人だってちゃんと法の裁きを受けるさ!」
「うう……」
「この場所は変わらずみんなを受け入れるよ! お父さんはひとつずつ身の回りのことを片付けてくれたらいい!」
「……ですが」
マモル君のお父さんは苦しそうに首を横に振った。
「こういうことを申し上げるのは恥知らずだとわかっているのですが……この場所は、〝こどもの希望を守り続ける会〟が運営するこども園です」
その言葉に里子さんの表情が険しくなった。マモル君のお父さんを責めているのではない。里子さんは突きつけられた現状を憂いているのだろう。
「今世間に広がっているのが、謂れのない誹謗中傷だとは知っています。だけど、全ての人がそうわかっているわけじゃない。きっとまた勘違いした〝正義の使者〟が現れるでしょう」ここでマモル君のお父さんが慌てて顔を上げた。「もちろん里子さんの責任ではありません。だからこそ、お世話になっている私達が〝こどもの希望を守り続ける会〟の汚名を注ぐため立ち上がるのが、本当なら正しいあり方であり恩返しなのでしょう。ですが、私は……すみません。もう、自分のことだけで、どうしようもなくなっていて……」
「ありがとう、ハヤカワさん。今回のことは本当に気を遣わせたね」
マモル君のお父さんの言葉を遮り、里子さんは言う。
「誰だって人生単位の不調が起きる時期がある。私たちは、そういう人がその辛い一時を乗り越えるのを助けたくてこの会を立ち上げたんだ。……もっとも……」里子さんは悔しそうに視線を落とす。
「こんな状況じゃ、不安になるなと言うのが無理な話だね。きっと、私たちも誰かに助けてもらう時期なんだと思う」
「里子さん……」
「でも、あなた達が悪意の矢面に立つ必要はない。そうだろ、慎司君?」
「ええ、そのとおりです」突然水を向けられたというのに、曽根崎さんはいたって冷静に頷いた。「こういうことは専門家――そう、弁護士に任せるべきでしょう」
べんごし。その単語が聞こえたと同時に僕は自分が恥ずかしくなった。今まさに自分はその職業に就くために勉強している最中じゃないか。本来真っ先に思いつくべきだっただろう。
だが赤くなっていた僕の顔は、次の曽根崎さんの一言で真っ青になった。
「ちょうどここに弁護士の卵である景清君がいますしね」
「え?」
「おや、そうだったの、景清君!? すごいじゃない!」
当然僕は弁解しようとした。だけど里子さんのきらきらとした期待のこもった目を向けられては、口をつぐまざるをえなかった。
「いいねいいね! ハヤカワさん、景清君に奥さんや前の職場との揉め事についても話を聞いてもらいなよ!」すっかり元気になった里子さんは、ハヤカワさんの背中をばしばし叩きながら言う。「今まで時間がなくて殆ど周りの人に相談することもできなかったって言ってたじゃない! いい機会だよ!」
「さ、里子さん。あんまりそういうことは言わないでいただけると……」
「なんで? 頑張ってきた証拠じゃないの!」
こうして僕は、〝こどもの希望を守り続ける会〟とマモル君のお父さんの相談役を引き受けることになったのだ。もっとも、〝こどもの希望を守り続ける会〟にはちゃんとした弁護団がいたので、僕は足を引っ張らないよう必死に資料やら法知識やらをかき集めることに専念しなければならなかったのは言うまでもない。





