番外編 ゆけゆけ!曽根崎こども園!6
「いやー、本当にありがとうね!」
力強い手が僕の肩をばんばんと叩く。買い出しから帰ってきた里子さんだ。
「最近広まった妙な噂のせいか、時々こういう騒ぎが起きたりするんだ。こども達も怖がるし、親御さんも不安になるからやめてほしいんだけどね」
「噂……もしかして里子さんが協力している事業の運営って、〝こどもの希望を守り続ける会〟だったんですか?」
「そうだよ。なんなら私はそのNPOの理事のひとり。言ってなかったっけ?」
なるほど、それなら色々と腑に落ちることがある。だから曽根崎さんは、最初からこのNPO団体に好意的だったのだ。おそらく、以前から相談を受けるなどして正確な内情を把握していたのだろう。そうでなくても、里子さんが理事を務めるNPOだ。信を置いていても不思議じゃない。
「つーか、そろそろここのこども園も閉めたら?」一方曇った顔をした阿蘇さんが里子さんに言う。「今日はたまたま俺や景清君がいたから、怪我人なく襲撃者に対応できたけどさ。次もこううまくいくとは限らねぇ。安全面から言や、一時的にでも閉めるべきだ」
「それはできないね」しかし里子さんは断固とした口調で首を横に振る。「こっちにとっちゃ一時的な休止でも、ここに通う子たちやその親からすれば、自分たちで乗り切らないといけない日がずっと続くんだ。支援は継続が基本。わかるだろ?」
「わかるけどさー。でもンなこと言ってる場合じゃねぇだろ。今日だってミノリが刺されるところだったんだぞ」
「そこだよ。早急に対策を考えなくちゃね」
「だから閉鎖しかねぇっつってんだろが」
「それ以外の方法で」
「理想論過ぎんだよ」
「こちとらその理想論を現実にしたくて〝こどもの希望を守り続ける会〟立ち上げてんの」
「クソ頑固……」
「汚い言葉は使わない!」
実の母親である里子さんに窘められ、阿蘇さんはグギギと歯噛みしている。だけどこれは本当に難しい問題だ。重元の野郎が振りまいた悪意の噂は未だ世論の一部に根を張り、その影響はついにこども達にまで及ぶようになっている。本来なら阿蘇さんの言うとおり、活動は休止したほうがいいのだろう。
でも、それは根本的な解決にならない。何より、間接的に被害を受けているといっていいこども達に一番しわ寄せがきてしまっている。あまりの理不尽さに僕は言いようのない怒りを覚えていた。
阿蘇さんと里子さんの話し合い(言い合い)も、いよいよヒートアップしていく。実はずっといた警察の人は、まだまだ二人から事情聴取ができそうになく半泣きの様相だ。
……もし時間を戻せるなら、重元の野郎が〝こどもの希望を守り続ける会〟を標的にする直前に行って顔面をぶん殴ってやるのに。
「……」ここでゲンマさんがひょっこり頭を出した。困った表情で僕と阿蘇親子を交互に見て、僕に視線を定めたまま静止する。
「あ、大丈夫ですよ。あの二人、喧嘩してるわけじゃないんで」慌ててフォローする。「どうしました?」
ゲンマさんが伝えてくれたところによると、そろそろ自分ひとりでこども達の面倒を見るのは限界とのことである。確かに、話せない彼にこども達の世話は荷が重いだろう。すぐに事情聴取が終わると思っていた僕らの判断に非がある。
でも、曽根崎さんもいたはずだけど……。その疑問にも、ゲンマさんは即座に身振り手振りで答えてくれた。
「はぁ!? みんなを無視して優雅に本読んでる!? 自由過ぎんだろ! すぐ行きます!」
これだから曽根崎は! 僕は警察の人に断りを入れると、こども達と曽根崎の様子を見に部屋に向かったのである。
部屋に繋がるドアを開けて僕が見たのは、大号泣する知らない男性の姿だった。え、また襲撃者? 咄嗟に身構えた僕だったが、男性にマモル君が寄り添っていたことで事情を察した。
「あの……もしかして、マモル君のお父さんですか?」
「そのとおり」僕の質問に答えてくれたのは曽根崎さんである。さすがにこの状況で読書を続けられるほど面の皮は厚くなかったとみえ、今は一定の距離を保った上で男性を見守っていた。
「もう……もう限界です……!」その場に膝をついた男性は、涙でつっかえながら言葉を発した。「信じていた妻に裏切られたかと思えば、全然言葉が通じなくなって……! インターネットでは、妻にないことばかりを書き連ねられ、毎日職場にわけのわからないやつらから意味不明な苦情が入って! やっとの思いで転職して引っ越したら、今度はどうやって突き止めたのかマモルが通う学校にまで来るようになったんです! それでも、や、やっと、うちの事情を知ってもマモルの面倒を見てくれる場所を見つけたのに……! ここにまで、あいつが……!」
断片的にではあるが、マモル君のお父さんが想像を絶する苦痛を味わい続けていることはすぐにわかった。胸が痛い。相当追い詰められた精神状態なのだろう。どうかまずは落ち着いてほしいが、今の僕には彼が泣き止むまで待つしか方法がなかった。
が。
「こ、こんな日が続くなら……い、いっそ、死んで、しまったほうが」
「わーっ!!」
待てなかった。僕は男性に全身で飛び込んでいた。僕をみぞおちにくらった男性は「うっ」と呻いて静かになった。





