番外編 ゆけゆけ!曽根崎こども園!3
宿題を終えた子の内容を確認して、字や計算が間違っていたら指摘して……と過ごしていると、同じく勉強を見ていた里子さんが突然「ヤバイ!」と叫んで立ち上がった。
「ごめん、こども食堂の買い出しを頼まれてたんだった! すまないけど、えーと……慎司君! ちょっとまとめ役代わってくれない!?」
「心得ました」
あれ、ここは阿蘇さんじゃないんだ。そんな僕の疑問はすかさず阿蘇さんが拾い上げてくれた。
「俺はおやつ用意したりして席を外すこともあるからな。ずっと部屋にいられる兄さんのほうが適任なんだよ」
「そういうものなんですね」
「あと、アイツがトップの時のこども達は心なしか知能レベルが高くなる。だから勉強中は曽根崎を配置すると効率がいい」
「効率」
「ちなみに、俺がトップの時には全体的に面倒見が良くなる気がする。幼い子が多い時は俺をまとめ役にするのがいいな」
「まとめ役って全体にかかるバフか何かなんですか?」
素直な子たちばかりだとこういうこともあるんだろうか。にわかには信じがたい話だったが、いざ曽根崎さんが宿題の陣頭指揮を取るなりこども達の背筋がシャンと伸びたのを目の当たりにしたら何も言えなくなった。みんな、いい子なんだなぁ。
そんな中、僕が気になっていた一際大人しい子だけは、もぞもぞと落ち着かない様子だった。見れば、消しゴムをいじるのに夢中でちっともノートが進んでいない。
「……曽根崎さん」
「うむ」
凄まじい勢いで宿題の採点をこなしていた曽根崎さんに声をかけると、すぐに事態を把握してくれたようだ。頼りになる。この人、実は意外と教師に向いているのかな。
「彼は君に任せた。私には荷が重い」
そんなことはなかった。教師になるにあたって、一番大切な心とかそういうものが抜けていた。
しかし、僕としても手伝いに来たからには何か役に立ちたいのだ。男の子の隣に「いいかな?」とひと声かけて座る。男の子は戸惑ったように僕を見上げると、ぎこちなく頷いた。
「宿題、難しい? わからないところがあったら相談にのるよ」
尋ねても、男の子はもじもじと消しゴムをいじるだけだ。どうしよう。このままだとおやつの時間になっても間に合わない。かといって曽根崎はアテにならないし、阿蘇さんは今五人のこども達に乗っかられて忙しいし、ゲンマさんは掃除中だし。
「……消しゴム」
困り果てた僕は、苦肉の策で自分のペンケースを取り出した。
「僕も、持ってるんだ。君とは違うやつだけど」
「……?」
「使ってみない? どっちが綺麗に消せるかどうか」
男の子は何度かまばたきしたあと、おずおずと僕の消しゴムを手に取った。ノートに書かれた自分の字の一部を消してみる。目を丸くした。どうやら使い心地的には僕の消しゴムに軍配が上がったようだ。
「まだ他にも文具あるよ。シャーペン」
「しゃーぺん……」
「使ってみて。おもしろいかも」
計算問題を指差す。男の子は一つ頷くと、宿題に取り組み始めた。僕のシャープペンシルを使って、間違えたら僕の消しゴムを使う。だけど途中で鉛筆に切り替えた。彼の筆圧が強くて、シャープペンシルでは芯が折れてしまうのだ。
そうして、無事おやつの時間までには宿題を終えることができた。
「うむ、回答も申し分ない」
曽根崎さんにチェックしてもらう際、そう言われた男の子は驚いたように目を丸くしたあと照れくさそうに笑っていた。よかった。少しは僕も貢献できただろうか。
「勉強よくがんばったなー。チビども、おやつだぞー」
ここで甘い匂いを漂わせて部屋に入ってきたのは、阿蘇さんである。両手に持った二枚のお皿には、こぼれんばかりに蒸しパンが乗っかっている。優しい焼色に僕までお腹が空いてきた。
「手を洗ってお茶の準備をしろよ。それができたやつから蒸しパンを取りに来い」
「はーい!」阿蘇さんの言葉に、こどもたちがわらわらと洗面台に向かっていく。その間に僕は阿蘇さんのもとに行った。
「すごくおいしそうですね。プレーンですか?」
「いや、バナナを混ぜてる。腹も膨れるし栄養も摂れるしいいことづくめだ」
「バナナ……! いいですね、僕もこどもに戻りたいです」
「戻らなくても君の分も作ってあるよ。おーい、ゲンマも掃除やめてこっち来い。おやつにするぞー」
「!」
ゲンマさんの動きは速かった。しかしこどもに混じって手を洗いに行く後ろ姿は、明らかに浮いていた。でっかいなぁ。筋肉が山脈みたいだ。
そういえば、曽根崎さんはどうしているだろう。こども全体に勉強バフをかけたあと、おやつの号令から一瞬で気配を消したが……。
いた。なんでまた入口にいるんだよ。よく見たら片手にタバコケース持ってんじゃねぇか。一服しようとするな。戻ってこい戻ってこい。





