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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第9章 破滅は弱者の顔をして
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番外編 ゆけゆけ!曽根崎こども園!1

 重元さんの事件は僕の心に暗い影を落としたけれど、ゲンマさんと知り合えたのは嬉しいことだった。あれ以降、ゲンマさんはたびたび事務所を訪れては、買い出しや力仕事を手伝ってくれるようになった。最初は品之丞先生が派遣してくれているのだと思っていたけれど、どうも曽根崎さんから声をかけて呼んでいるらしい。だったら、ゲンマさんの名前ぐらい呼んでくれたらいいのに。

 休日は、そのまま一緒に昼食をとるようにもなった。ゲンマさんは好き嫌いなく何でも食べてくれるし、食事のマナーもいい。怠惰心から流動食を求めるどこぞのオッサンとは大違いだ。でも最近は、ゲンマさんを褒めちぎっていたら自分の行いを見直したのか、曽根崎さんもあまり文句を言わずに食べるようになった。いいことだ。

 ところで、こうして三人で食事をしていると、だんだん心地良い一体感が生まれてくる。少しニュアンスは違うけれど、まるでひとつの家族みたいな……。

 そんなことを思っていると、ある日事務所を訪れた阿蘇さんにこう言われた。


「多頭飼育現場」


 身も蓋もないや。


「気をつけろよ。先住犬を大事にしないといじけるから。あとあんまり増やすと、君が病気などで世話ができなくなった時に大変なことになる」

「一応ここにいる人間、みんな成人男性なんですよ。いや阿蘇さん、今実の兄を犬扱いしました?」

「多頭飼育崩壊現場」

「言いたいだけでは?」

「そんなことより例の件だぜ、兄さん」

 僕のツッコミをサラッと流した阿蘇さんは、曽根崎さんに声をかける。対する曽根崎さんは渋い顔だ。

「あの件か。私はそれとなく断っておくようにと伝えたはずだが」

「人手が足りねぇんだよ。いいだろ、お礼に晩飯にすき焼き食べさせてくれるってさ」

「私は食で釣られないが」

「だろうな。つーわけで御本人を連れてきたぜ」

 ガタッと音がする。曽根崎さんが椅子から転げかけた音だ。彼の視線は事務所の入口に釘付けになっている。

「さ、さとこさん」

 そう言われて初めて僕はもう一人訪問者がいたことに気がついたのである。年齢は僕の母より一回り上ぐらいで、身長は女性にしては高めだろうか。明るい茶色に染めた髪はローポニーテールにして緩く流しており、全体的にスポーティーな印象を与える。

 そして僕は、曽根崎さんの発した名前に心当たりがあった。

「……阿蘇さんのお母様ですか?」

「はじめましてだねー、景清君! いつも慎司君と忠助がお世話になってるね!」

 濃い眉の下の目が綺麗な弓なりになる。彼女の名前は阿蘇里子。阿蘇さんのお母さんであり、曽根崎さんの父親にあたる人と婚姻関係にある人だ。曽根崎さんは実の親である灯子さんが亡くなったあと、里子さんにお世話になったと聞いている。それだけで優しく心の広い人だとわかる。

 里子さんは曽根崎さんの前に仁王立ちすると、にっこりと笑った。

「久しぶり、慎司君! 急にボランティアに欠員が出ちゃってねー。お礼はするから、三時間ほど手伝ってくれないかな?」

「いや、まあ……ええと」

「あれ、景清君の他にもアルバイトを雇ったの? 外国の人?」

 ゲンマさんは初めて会う里子さんに少し怯んでいるのか、いつもより小さくなってソファの向こう側にいた。しかし里子さんは気にしない。大股で歩いてくると、腰に手をあててゲンマさんに目線を合わせた。

「いい子そうだね! 目がキラキラしてる!」

「……!」

 ゲンマさんは褒められて嬉しかったらしく、僕に向かってこっそりはにかんだ。アクティブな里子さんは、次に僕に視線を向ける。

「ああ、もし景清君も時間に都合が合えばお願いしたいんだけど、いいかな? といっても、お礼はあたしが夕食をご馳走するぐらいになるんだけど……」

「あの、すいません。僕まだそのボランティアの内容を把握していなくて」

「そうなの? あちゃー、ごめんね」

 里子さんはぱちんと額を打った。その時の表情は阿蘇さんによく似ていた。

「今回慎司君にヘルプを頼んでたのが、預かってるこども達と一緒に遊んでもらうボランティアなんだ。最近風邪が流行ってて、それでいつものボランティアさんがごそっと倒れちゃってねー。今日一日だけ、慎司君や忠助に手伝ってもらいたくてさ」

「なるほど、それは大変ですね。僕でよければお手伝いします」

「そう? ありがとう、景清君!」

 わしゃわしゃっと頭を撫でられる。女性にしては大きな手だ。距離が近いその仕草も、なんだか阿蘇さんを連想させた。

 そんなやりとりをしていると、僕の後ろからのそっとゲンマさんが現れた。僕は少しびっくりしたけど、肝が座っている里子さんはにっこりと笑った。「どうしたの?」

「あ、えーと、ゲンマさんもついてきてくれるみたいです」話せないゲンマさんの代わりに、急いで僕が答える。「力仕事は得意です、だそうです」

「そりゃ頼もしい! 力持ちは何人いても足りないぐらいだからね。さて、これであとはあの子だけだけど……」

 一切悪気のない明るい目が曽根崎さんに向けられる。曽根崎さんはできるだけ里子さんの視界に入らないよう気をつけていたらしいが、とうとう観念した。

「……わかりましたよ。私も行きます」

「ありがとね、慎司君!」

「ですが、期待はしないでくださいよ。私は子供全般が苦手なんです」

「そんなこと言っていつもなんだかんだ面倒見てくれるじゃない。今回も頼んだよ!」

「はぁ……」

 露骨なため息だが、もちろん里子さんはスルーした。「それじゃ、また四時間後に!」そう快活な笑い声を残し、彼女は事務所を去った。

「……そういうわけだ。母さんが面倒をかけるな」阿蘇さんは、一同を見回して言う。

「お詫びといっちゃなんだが、今日の昼飯は俺が作るよ。キッチン借りるぜ。何食べたい?」

「はぁっ、わわっ……! 僕、オムライスがいいです! あ、ゲンマさんもいいですか?」

「おい、なぜ私の意見より彼を優先するんだ」

「だって曽根崎さんに聞いたところで離乳食になるだけだし……」

「そんなことはない。味噌汁だ」

「阿蘇さん、オムライスでお願いします!」

「景清~」

 少々曽根崎さんとやりあったものの、一時間後にはほかほかの丸いオムライスにありつくことができた。黒こしょうがピリッときいていて最高においしい。曽根崎さんが味噌汁の中にオムライスをぶちこもうとして阿蘇さんに殴り飛ばされていたのを除けば、最高のランチタイムになったのだった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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