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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第9章 破滅は弱者の顔をして
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44 総まとめ2

 チェンジリング――銀の脳に入れ替えられた者こそ、選別された人類の姿だと曽根崎さんは言った。にわかには信じがたい話だ。でも、その仮説が正しいとするとあの話の筋が通る。

「つまり……品之丞先生の目的が達成されれば、選ばれずに死に至る人類と、選ばれて進化した人類に分かれるということですか? だから、今地球上にいる人類は実質的に滅亡して、銀色の脳を持った進化人類だけが残ると?」

「そういうことだ」

「頭が変になりそうです」僕は両手で頭を抱えた。「だって、いい人の脳を銀色の脳と入れ替えるってことですよね? 百歩譲って悪い人の脳を入れ替えるならわかりますよ。でも、いい人相手にそういうことをするんですか? それが品之丞先生の望む世界なんですか?」

「そうとも。なぜなら銀色の脳に入れ替えるのは、その者を改心させるためではなく、進化を促すためなのだから」

「ですが僕が今まで見た銀色の脳の人は、理性を失ったり人の形でいられなかったりと碌な目にあっていません。選ばれた人類の姿がそれって、いくらなんでもあんまりでしょう」

「だから実験を繰り返しているんだろ」

 カタンと音がする。曽根崎さんが人差し指で缶を弄んでいるのだ。

「実験的に種まき人の脳を銀色の脳に入れ替え、どういう経過をたどるのか見ているのさ。かつて私達が見た者の中には、種まき人の管理を逃れ、野放しになっていた者もいた。しかし今思えば、あれも監視下にあったのだろう」

「そんな。いくらなんでもめちゃくちゃな……」

「そう、めちゃくちゃだ。荒唐無稽にもほどがある。だが、それがやつらの行動原理だ」

「人類滅亡が?」喉がカラカラだった。紙パックジュースに口をつけたけれど、空気を飲んだだけで喉は全く潤わなかった。「なんのために? そんなに人間が嫌いなんですか? それとも人自体はどうでもよくて、面白いからやってるだけ?」

「私が知るか」

「……僕は不安です」

 椅子から立ち上がり、自販機の前に行く。思い切って一番大きいサイズのドリンクを買った。もったいないと思わないではなかったけれど、今はそういうものでしか自分を宥められなかった。

「僕の普通の生活が、知らない間にわけのわからないものに侵食されているような感覚です。曽根崎さん、種まき人のチェンジリングの動きって、僕らが知る分だけですよね? たとえばこれが、もっと広い地域……日本全国まで広がっているわけじゃありませんよね?」

「わからん。だが、二十二年前の種まき人の活動は日本全国に及び、その信者も各地にいたと聞く」

「全国に広まってたらどうやって止めればいいんですか? 指名手配して逮捕したりできないんです?」

「違法な外科手術を行う集団だと断定できれば可能だろう。しかし、実態は未だ不明瞭な点が多く、警察が動けるほどの物的証拠も揃っていないんだ。だからこそ今回治郁を拘束したんだがな。さて、どこまで明るみになることやら」

 ようやく曽根崎さんが缶を開けた。それに倣って僕もペットボトルの蓋を回す。手に汗をかいていたのと震えていたのとで何度か滑ったが、繰り返してやっと開けることができた。

 だけど、ようやく飲めると思われたドリンクは、曽根崎さんの一言で遮られた。

「星辰が揃う時、か」

 瞬間、思い出したのは重元さんの最期だった。あの時、狂ったように大声をあげていた彼が、ふと笑うのをやめ呟いた。


『でもそれも、せいしんがそろう日までのことなんだよなぁ』


「曽根崎さんも、聞こえていたんですか?」

「何をだ?」僕の問いに、曽根崎さんは笑った。これは訝しげな表情を作りたかったのだろうと思う。

「何って、重元さんの最期の言葉ですよ。言ってたでしょ。自分が楽しい時間を送れるのも、せいしんが揃う日までなんだよなって」

「いや、知らん。ヤツめ、そんなことを言っていたのか」

「聞こえていなかったんですか。じゃあなぜそんなことを」

「最初に重元氏から来たメッセージに書かれていただろ。えー……『まもなく星辰が揃う日が訪れるでしょう。その日をなんとしてでも生き延びねばなりません。そしてそれは真実に選ばれた私でなければならないのです。』と」

「ああ、言われてみれば」

「その星辰が揃う日というのが何か気になってな。重元氏に何度か聞いてみたんだ。だが聞き方が悪かったのか、肝心なことは何も教えてくれなかった」

「どうせまた偉そうな態度取ったんでしょ」

「立場を弁えろとは言った気がする」

「信頼関係を築くにあたって一番言っちゃだめな言葉」

「しかし、多少は聞き出せたぞ。重元氏が星辰について知識を得たのは、銀色の脳の施術を行っていた者たちの会話を盗み聞いたからだそうだ」

「つまり、種まき人が話していたんですか?」

「そう。ゆえにこの星辰が揃う日こそ、種まき人にとってのXデーだと考えていいだろう」

「なるほど。と、ところで」

 僕はつっかえながら尋ねた。

「その星辰って何ですか? 星にまつわる何かです?」

「ああ、その説明がまだだったな。まさに星辰とは、中国語で言うところの星を指す。しかしそれが〝揃う〟となると、具体的に何を示すかはわからない。惑星直列か、はたまた太陽系より遥か彼方にある星が関係しているのか。一応ツクヨミ財団のコネを使って探らせてはいるが、はたしてどこまで突き止められることやら」

「結局、よくわからないってことですか。でも、星辰が揃う日までに種まき人を止めないと、人類が銀色の脳に変えられるんですよね?」

「仮説上はな」

「仮説ですが筋は通っています。それに、これ以上種まき人を放置して犠牲者を出すわけには……」

 そう言いかけて、思いとどまる。しげしげと曽根崎さんを見る。そして、人によっては大変怒られそうな問いを口にした。

「そういえば曽根崎さんって、基本的に人類がどうなってもいい人なのに、なんでここまで種まき人には執着しているんですか?」

「あー?」

 曽根崎さんは心底面倒くさそうな声をあげた。のそりと黒ずくめの長身が動く。曽根崎さんはずいずいと僕の眼前まで距離を詰めると、ずぶっと僕の胸元に人差し指を埋めた。

「まだ言っていなかったか。君だよ、君」

 ぐりぐりと人差し指で抉られる。

「君は種まき人にとって換えのきかない存在だ。ゆえに、種まき人が目的に向かって勢力を伸ばすことはそのまま君の脅威になる。利用される日が近づくからだ。わかるか?」

「え、えっと」

「知ってのとおり、こちとら人類の滅亡になんざ一片たりとて興味はないよ。眇眇びょうびょうたる者どもの些事だ。いくら喚かれようが私の世界は揺るがない。……だが、君は違う」

 曽根崎さんの真っ黒な瞳が僕の目を覗く。水晶体を通し、僕の知らぬ深淵まで見透かされているような。

「私は種まき人を潰す。徹頭徹尾、私の思考と行動はその一点に収束する」

 フンと鼻を鳴らし、曽根崎さんは僕から離れた。自分が飲んだ缶を拾い、無造作にゴミ箱に投げ捨てる。そんな曽根崎さんの後ろ姿を見ても、僕はまだ呆然としていた。

 それでも、ささやかな胸の痛みがまだ残る内に、僕は急ぎ足で彼を追いかけたのだった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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