43 総まとめ
「人の破滅ってそんなにいいものですか?」
治郁さんがいた部屋を出たあと、僕は曽根崎さんと休憩所にいた。自販機で買った紙パックのオレンジジュースを一口飲んで、愚痴じみた心情を吐露する。
「弁爾さんも同じようなことを言っていました。人は暴力的で醜悪な娯楽に飢えていて、特に驕った成功者が転落するのを見るのが大好きだって」
「まあ昔から人気はあるな。勧善懲悪、因果応報、復讐系にざまぁ系。君だって、正しい者が評価され、悪たる者が懲らしめられるストーリーは好きだろう?」
「そう……ですね。悪い人が倒されるとホッとします。つまり、僕も一緒だと?」
「そこまでは言っていないよ。うーん、どうも今の君は肩肘が張っているな」
曽根崎さんはベンチから立ち上がると、僕の目の前にやってきた。なんだろうと思っていると、持っていた缶の側面を僕の額に押し当ててきた。
「つめたいっ!」
「自販機がしっかり稼働している証拠だ」
「僕も紙パックジュース飲んでるから知ってるんですよ! あーもう、なんなんですか!」
「頭を冷やせってことだよ。今の君はでかい主語に惑わされて、考えなくてもいいことを考えている」
「でかい主語ぉ?」
できうる限りの怪訝な顔で曽根崎さんを見上げる。しかし、曽根崎さんは顔色ひとつ変えず頷いた。
「〝人は〟〝男は〟〝女は〟〝大人は〟〝こどもは〟〝普通は〟これらは全てでかい主語だ。そして大抵の事柄において、この主語を使ってできあがる文章は大味なもんだ。だが、懇切丁寧に説明すると難しいことが考えられない人々の心に響かないので、過激な言い切り型と共に用いられている場面をよく見る」
「また曽根崎さんが不特定多数への悪口を言ってる……」
「人は人、君は君だ。人の不幸なら何でも喜べるさもしい性根の者もいれば、やむを得ぬ事情からたった一人の破滅を願う者もいる。一緒くたにするな。主語がでかい人間には『あなたはそうなんですね』で以上終了だよ」
「なるほど……?」
うっすら理解したような気はする。つまり、切り分けて考えろってことかな?
「……曽根崎さんは、人の破滅を見るのって楽しいですか?」
「私か? 心底どうでもいい。限りある時間を他人の不幸に消費するぐらいなら、雲の形がどう変わっていくのかを見守るほうが有意義だ」
「ロマンチックおじさん……」
「罵倒か?」
そんな話をしていると、肩の力が抜けていた。そして肩の力が抜ければ、今まで気づけなかったことが見えてくる。
またジュースを飲み、僕は話を切り出した。
「種まき人は、人の破滅を愉快がって望む人が多いのでしょうか」
「その傾向はある。治郁氏に弁爾氏、以前会った鰐淵氏もそうだったからな」
鰐淵とは、以前〝壊せない石〟を狙っていた種まき人の構成員である。ナイ様とやらを信仰していて、最期はそのナイ様に〝見下ろす目〟の呪文を無理矢理引き剥がされて命を落とした。
「でも、そうなると品之丞先生はちょっと異質じゃないですか?」記憶を整理しながら僕は質問する。「優しい人だけの理想郷を作りたいって言ってましたよね」
「だが、そのために彼女は悪人の死体で山を作るとも言っていた」
「そうでした」
「私が思うに、結局彼らのゴールは同じなのだ」
ここで曽根崎さんは、じっと僕の目を覗き込んできた。
「……そうだな。今日に至るまでかなり忙しかったし、君とは一度話しておこうか」
「何をですか?」
「種まき人の計画についての総まとめだよ。推測も混ざるがな」
曽根崎さんはベンチにどっかりと座ると、缶を横に置いた。まだ飲むつもりはないらしい。
「君は椎名を覚えているか?」
「椎名さん? それは……はい。ツクヨミ財団の言語学者で、師にあたる人を助けるために種まき人の一員になった……」
「その椎名はこう言っていた。『種まき人の巨大な目的とは、〝人類の滅亡〟だ』と」
「……はい」
忘れるはずがない。種まき人の手にかかって異形の姿になった椎名さんは、僕が伝えた〝解読者としての記憶〟のお礼にそのことを教えてくれたのだ。
「人類の滅亡という目的自体は、これまでに出会った種まき人が口にした内容とそれほど乖離していない。しかし、品之丞氏については違う」
「選別した善人は生き残らせたいと言ってますからね」
「そう、そこでチェンジリングが結びついてくる」
「チェンジリングが?」
次から次へと思い出さねばならない。――チェンジリングとは、種まき人によって脳を銀色の脳に入れ替えられた人たちのことだ。重元さんは〝銀色の脳〟とそのまま呼んでいたが、彼らは本来種まき人たちによってチェンジリングと呼称されていた。
「チェンジリングとなった者は、人の域を超えた力を手に入れる。君も覚えているだろう」
「ええ、獣みたいな見た目になった人もいました」
「よく聞け。私は、あのチェンジリングが選択された人類の姿なのではと睨んでいる」
「は?」
突拍子もない発言に思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。しかし当の曽根崎さんは真面目も大真面目に、僕の目を見据えていた。





