37 選別
ソファに並んで座るのは、ツクヨミ財団の理事長・田中時國と衆議院議員の品之丞信子。そんな錚々たる二人の対面で悠々と顎に手をやっているのは、怪異の掃除人・曽根崎慎司だ。少しは萎縮してほしい。僕が曽根崎さんの位置に座ってたら、十秒ごとに心臓が潰れているだろう。
「まずは、お騒がせしてしまったことをお詫びさせてください」口火を切ったのは、品之丞先生だった。「特に田中さん。突然のことで驚かれたでしょう。あいすいませんね」
「ご存じないなら教えてあげるけど、誠意ってのは問題解決に尽力する姿勢を指すんだよ。謝るのはまこと結構だが、そのあたりはどうなんだい?」
「ええ、もちろん考えております。おいおい説明いたしますね」
田中さんの皮肉に、品之丞先生は品の良い仕草で自身の胸元に手を置いてゆっくりと答えている。……この姿だけを見るなら、心から田中さんに申し訳なく思って謝罪しているように思えるんだけどな。
「それから、曽根崎さん」品之丞先生は曽根崎さんに体を向けた。「お約束どおり、ゲンマの面倒を見ていただきありがとうございました。あの子は世間に疎いところがあるので、苦労をおかけしたでしょう」
「いえいえ、とんでもない」対する曽根崎さんは小さく首を横に振る。「よかったら、今後も気軽に彼を連れてきてください。こちらの竹田とすっかり仲良くなりましてね。彼と会えるなら竹田も喜びます」
僕は思わず目を見開いて曽根崎さんを見た。嘘だろ、あんた散々ゲンマさんを厄介者扱いしてたじゃん。つーかやっぱ名前は頑なに呼んでないし。なのにまたゲンマさんを連れてきてほしいとは、どういうつもりなのだろうか?
……曽根崎さんは、社交辞令を言わない人だ。かといって、こういう形で僕の心情を慮る人もでもない(『会いたければ君自身で都合をつけて会いに行け』などと言う)。つまり曽根崎さんは、本気でまたゲンマさんに会ってもいいと思っている。
「ええ、ゲンマからも竹田さんのお話は聞いていました」品之丞先生の柔らかな視線が僕に向けられる。「ありがとうございます。あの子は昔からあの調子なので、なかなか心を開くことができる友人がいなかったのです」
「あ……えっと、ゲンマさんは、優しい人でした」いきなり会話に含まれてしまったことで、少し慌てながら返す。「お二人さえご迷惑じゃなければ、僕もまたゲンマさんに会いたいです。仕事絡みじゃなくても、普通に遊んだりとかできたらなと」
「まあ、嬉しい。あの子の母親代わりを務める者として、これほどありがたいことはありません」
花がほころんだような笑顔だった。そんな品之丞先生の笑顔に、僕が彼女に抱いていた警戒心がゆるりと解けそうになる。が、急いで気を取り直した。品之丞先生は、この事件の黒幕疑惑すらある油断ならない人である。それを忘れてはならない。
「……そろそろ本題に入りましょうか」
曽根崎さんが切り出した。途端に、場に流れる空気がピリッと張り詰めたものになる。
「そうだね。僕らの時間は、とても貴重だから」田中さんが曽根崎さんの言葉を受け継いだ。「早速尋ねようか。品之丞君、君は今回の事件において、最初から重元氏と弁爾氏の死を計画していたのかい?」
「単刀直入ですね」
品之丞先生の表情に変化はない。
「ですが、その質問に意味はあるのでしょうか。ここで私が否定したとて、田中さんは信じないでしょう?」
「信じないね。君を取り巻く状況はあまりにも不自然だ。だが、答えたくないのなら、質問を変えよう」
ギ、とソファが軋む。田中さんが身を乗り出したのだ。
「君が重元氏らを狙った真の目的は、重元氏の支持者を取り込むことだな? そして今、その取り巻きらを使ってツクヨミ財団に謂れのない罪を被せ、名誉を貶めている。なぜそんなことをしている?」
問われた品之丞先生の目のふちが、一瞬だけ強張った。だけど追い詰められて焦る人のそれではなく、長い睫毛の下から覗く目には真摯な信念が宿っているように見えた。
「おっしゃるとおり、このたびの騒動は私の一言が発端となったと言えるでしょう」品之丞先生は静かに言う。「ですので、私が否定する声明を出せばすぐに収まると思われます」
「わかっているならいいんだ。その件は、話が終わり次第実行を……」
「いいえ。声明を出すのは、あなたに私の提案を聞いていただいてからのこと」
品之丞先生の声色は変わらない。目の形も、眉の角度も、指先の動きも。だからこそ、彼女が次に発した言葉は正気を疑うものだった。
「田中さん」
「私達種まき人は、ツクヨミ財団と協力関係を結ぶ準備ができております」
「どうか、共通の目的のために我々と手を組んでくださいませんか」
品之丞先生以外の全員が、唖然として固まった。――この人、今、なんて言った?
自分が種まき人だと言った。ツクヨミ財団と協力をしたいと言った。〝共通の目的〟のために。
なぜ? 品之丞先生なら、ツクヨミ財団が種まき人を警戒しているのも知っているはずだ。わざわざ自分を種まき人だと明かすことにメリットがあると思えない。ましてや、陥れた相手に向かって協力を申し出るんて。
何ひとつ展開についていけず混乱する僕だったが、田中さんがわざとらしく肩をすくめてため息をついたことで我に返った。
「なるほどね。このテーブルでこの話を通すために、わざわざあんな大それたことをしたのか」
田中さんは、嫌味なまでに唇を歪めて笑っている。
「それで? ツクヨミ財団を相手に脅迫までして、一体君は何をしようとしているんだい」
品之丞先生はほんのりと笑みを見せた。それはまるで、孫の近況を聞かれた祖母のように穏やかなものだった。
「人類の選別です」
だけどその声には、鳥肌が立つほどの強烈な意志がこもっていた。





