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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第9章 破滅は弱者の顔をして
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31 暴かれた悪の組織の名は

 その歓声に驚いたものの、最初こそ自然に受け入れていたのである。なぜなら、僕が重元さん達と家屋に入った時も同じ状況だったから。

 でも、すぐに違和感に気づいた。

「あの人達は、何に喜んでるんですか?」僕は隣にいる曽根崎さんに尋ねた。「あ、重元さんが助かったから喜んでるとか? 弁爾さんのライブ配信を見て……」

「それはない」僕の推測は、即座に曽根崎さんに否定された。「電波妨害により、ここら一帯はインターネット通信ができない状態にあった。ゆえに弁爾氏の配信はされなかったはずだ」

「じゃあ、あの歓声は?」

「別の要因があるのだろう」

 曽根崎さんは辺りを見回し、玄関近くの窓を指さした。あの窓から様子を見るといいという意味である。僕は頷き、足音を立てないよう慎重に近くに寄ると、うっすら窓を開けた。

 外の音が明瞭になる。僕の耳に飛び込んできたのは、張りのある女性の声だった。

「皆さん! どうかお鎮まりください!」

 たったひとつの呼びかけで、観衆は水を打ったように静まりかえった。僕はその声の主を知っていた。今回の件の協力者であり、ゲンマさんの親戚である品之丞先生だ。

「できることなら、ここに集まった皆さんにだけは、あの動画を見せたくありませんでした」沈痛な声色で品之丞先生は言う。「ですが、これもまた運命なのでしょう。生前の重元先生は、あなた達に自分の正義を継いでほしいと強く願っておいででしたから」

 静かになってみれば、人々から別の声も聞こえた。あれは……嗚咽? それも一人や二人でない。大勢の人が泣いているのだ。でも、それ以上に気になることがあった。

「〝生前の〟重元先生?」

 振り返り、ゲンマさんに手当てされている重元さんを確認する。頭から血を流しているが、全然元気に見える。にも関わらず、なぜ品之丞先生は重元さんの死を確信しているのだろう。

 いや、そもそもどうして彼女がここに……。

「しかし、重元先生の決死の執念は、ついに悪の正体を暴きました」品之丞先生はいよいよ熱っぽく続ける。

「強大な悪の組織は、〝こどもの希望を守り続ける会〟に罪をなすりつけ、皆さんを欺き、今日まで暗躍し続けてきたのです。その組織の名は――」

 一瞬の沈黙のあと、素早く息を吸って品之丞先生は言い切った。


「ツクヨミ財団」


「は?」

 思わぬ名前に僕はぽかんと口を開けて固まってしまった。何? ツクヨミ財団が悪の組織? 種まき人じゃなくて?

「曽根崎さん……これは」

「うん」

 すがるように見た曽根崎さんは、ぎゅっと眉間に皺を寄せていた。

「あの女、何を考えている?」

「これこそが、幾重もの闇に覆われた真実だったのです!」

 曽根崎さんの疑問に品之丞先生の声が重なる。

「今夜重元先生がいなければ、我々の目は永遠に曇らされていました。ですが今は違います! 重元先生が散らした黒雲の向こうに、我々は真実を掴みました! か細い手で……ですが、しっかりと!」

 何が起きているのだろう。確かなのは、ほんの数時間のうちにこの家を取り巻く状況が大きく変わってしまったということだ。

 とにかく、一度品之丞先生と話をしたほうがいい気がする。だけどそう曽根崎さんに提案しようとした矢先、ガラッと重元さんの背後の戸が開いた。

「よかった、みんな揃ってるな」

 阿蘇さんである。僕はかろうじて悲鳴を飲み込んだけど、重元さんはだめだった。少女のような声をあげてゲンマさんに抱きついた。

 阿蘇さんは変わり果てた重元さんの頭にギョッとしたようだったけれど、すぐに切り替えて曽根崎さんの前まで来た。

「兄さん、裏口から逃げるぞ。表は品之丞先生が引きつけてくれているから、その間に急げ」

「ほう。君は未だに彼女と協力関係にあるのか?」

「なんでそこを疑問に思ってんだよ。協力も何も、あの人が重元先生を斡旋してくれたんだろ?」

 どうやら阿蘇さんは品之丞先生の演説を聞いていないらしい。曽根崎さんは面倒くさそうな顔をしたので、僕が説明を引き継いだ。

「……そういうことなら、尚更ここを離れたほうがいい」

 事情を飲み込んだ阿蘇さんの決断は、早かった。

「品之丞先生の言動と行動が意味不明なのは不気味だ。だからこそ彼女の目的がわからない以上、一旦引いて重元さんを安全な場所まで連れていくのを優先すべきだと思う」

「ああ、それが妥当だろうな。車は?」

「裏に回してる。塀を乗り越える必要はあるが、とっとと逃げられるよ。……ところで」阿蘇さんが、改めて僕ら一同を見回す。「重元さんの秘書はどこだ?」

 僕は、重元さんの表情が固くなったのを見逃さなかった。曽根崎さんは、無表情のまま親指で廊下の一角を差す。

「彼ならこの家の一室に閉じ込めている。弁爾氏は重元氏を罠に嵌め、殺害しようとした。警察が来るまであのままのほうがいいだろう」

「わかった。通報する際にその件も伝えるようにする。行くぞ」

 阿蘇さんの言葉に、同意の言葉はなくてもみんな裏口を目指した。……一人を除いて。

「……」

 ゲンマさんは、足を止めてじっと玄関のほうを見ていた。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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