27 それぞれの視点
〝あの方〟が重元さんを指していないことは明白だった。ならば、誰のことを言っている?
僕の脳裏にフラッシュバックしたのは、首に不気味な刺青を彫った小太りの男の姿だった。
弁爾さんは種まき人の一員だった? それは間違いない。この話には最初から種まき人が関わっていた。つまり、種まき人だった弁爾さんは、わざと重元さんを自分の組織に招き入れたということになる。
……いや、おかしくないか? だって普通、銀色の脳のことは秘密にしておきたいだろ。なのに、曲がりなりにも日本社会に一定の影響力がある重元さんを呼ぶのはリスクが大きすぎる。しかも今ライブ配信をしているって何?
頭がこんがらがってきた。
「ぎゃああああああああ!!」
だが僕の思考はバリバリという嫌な音に中断させられる。見ると、重元さんがバリカンで髪の毛を刈られていた。もちろん辱めのためではない。すぐそばに電動ノコギリが控えているのがその証拠だ。
「やめろ! やめろ! 俺の頭を開くな……!!」
そう、おそらくこのままだと重元さんも銀色の脳を入れられる。そして重元さんがそうなるなら、当然僕も同じ目に遭うだろう。僕だけ無事に帰す理由はないからだ。
階段に目を向ける。誰かが降りてくる気配はない。僕はぎゅっと奥歯を噛んだ。
どうする。どうする。どうする!
「……ふ、ふへっ。へっ、へへへへへっ……!」
僕の不敵な笑い声に、「ん?」と弁爾さんが顔だけこちらに向けた。それをいいことに、僕は弁爾さんの目を見てはっきりと言い切る。
「ダサい、ダサいですよ、弁爾さん! こんな画じゃ“あの方”どころか誰も興味を持ちません!」
カメラのレンズは重元さんに向けられたまま動かない。構わない。弁爾さんが僕に興味を持ちさえすれば。
「――僕なら、この状況をもっと面白くできますよ。教えてあげましょうか?」
無理矢理口角を上げる。曽根崎さんがいつもそうするように。まああの人の場合は怖がっている時の表情なんだけど。
案の定、弁爾さんの頬が痙攣し、幸福そうな表情に影が差した。狙いどおりだ。弁爾さんが〝あの方〟を喜ばせるために動いているのなら、『もっと面白くできる』という言葉に反応しないわけがない。重元さんの命すらショーにしようとしている人なのに。
だけどそれが付け入る隙だ。なんでもしてやる。絶対に、助けが来るまで粘ってやる。
僕は、弁爾さんに気づかれないようゆっくりと深呼吸をした。
雨の中、阿蘇は一向に改善しない状況に腹の底をふつふつとさせていた。遅い。遅すぎる。どうしてまだ警察が到着しないんだ!?
「みんな! ここで重元さんを応援するぞ! 俺達は人間的改革の見届人となるんだ!」
一人の男の掛け声に大勢がオオーッ! と呼応する。重元が家の中に向かって以降、熱狂はいよいよ渦を巻き、重元の支援者は少しでも彼に近づこうと家ににじり寄っていた。それを押し留めようとした阿蘇だったが、ふとあることを思い出して身を引く。
――重元さんは、この家でライブ配信をすると言っていなかったか?
周りを見回しても、配信される動画を観ている人はいない。雨のせいもあるのだろうが、どちらかというとこの場で熱狂に興じていたい人が多いのではないかと思えた。
ひとつ違和感に気づくと、芋づる式におかしな点が見えてくる。阿蘇は人の輪から離れ、スマートフォンを取り出した。やはり、電波はない。何者かが通信妨害をしているのだ。
(誰の仕業だ? 種まき人か、兄さんか。もしくは……)
幸い雨のお陰で頭は冷えている。夜に目を凝らしていた阿蘇は、この熱狂の渦に中心があることを感じ取った。先ほど人々に呼びかけた男性だ。レインコートのせいで顔が見えないその彼に、阿蘇は人をかき分け入り込んでいく決心をした。
もみくちゃにされながらも、男との距離が縮まっていく。だが、男に辿り着こうとする直前――。
上方向から強烈な光が降り注いだのだ。
「おい、起きろ!」
雨粒が車体を叩く音にぺちぺちと気の抜けた音が混ざる。日本人男性の平均より頭二つ分抜けた恵体の彼は、ようやく目を開いた。
目覚めたゲンマを見下ろしていたのは、曽根崎である。いつもより幾分冷えた目は鋭く、ゲンマを捉えていた。
「こんなところで何をしている。弁爾氏についていたんじゃなかったのか?」
曽根崎は問うが、ゲンマは答える術を持っていない。しかし自分がミスをしたことには気づいたようで、きょろきょろと辺りを見回したのち、申し訳なさそうに頭を垂れた。
「はあ」曽根崎はあからさまにため息をついた。「あのタヌキに一杯食わされたというわけか」
ゲンマは曽根崎を見つめる。景清の姿がないことに不安を抱いたのだ。だが曽根崎にゲンマの思うところを読み取れる力はない。真意は伝わらず、やむなくゲンマは自ら景清を探しに行こうとした。
「こら、どこへ行く」
それを曽根崎が止めたのだ。仕方なく、ゲンマは身振り手振りで景清を表現することにした。
「私より一回り小さい……? 目が大きな……? 金が大好きで……?」
「……! ……!」
「なるほど。景清君の姿が見えないから探しに行きたいのか。案ずるな。彼は今私と手分けして重元氏を探しているところだ。それに何かあっても彼には文明の利器スマートフォンがある。簡単に連絡を……」
しかし自分のスマートフォンを確認した曽根崎の表情は、みるみるうちに引きつった笑顔に変わった。電波状況を示す部分には、〝圏外〟を現すマークがあった。
「来い」
乱暴に車を降りた曽根崎が雨の中を歩き出す。
「私が思っているよりも状況はよくないかもしれない。君にも協力してもらうぞ」
威圧感に戸惑ったものの、ゲンマはしっかり首を縦に振り曽根崎の後に続いた。





