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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第9章 破滅は弱者の顔をして
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22 民家の裏

「先生、遅くなりました」

 そこにいたのは弁爾さんだった。傘は差しておらず、頭とスーツの肩のところが濡れている。弁爾さんは僕をやんわりと押しのけると、重元さんの目線に合わせてしゃがみこんだ。

「弁爾!」重元さんは緊張の緩んだ声を上げた。だけどすぐさま威圧感のある声に戻る。

「何をやっていた! お前に指示していた準備はどうなった? 俺がどれだけ待ったと思っている!」

「も、申し訳ございません。あの場所から出るのに時間がかかりまして」

「ごたごた抜かすな! 言い訳は無能の証明だ。お前は何度俺に自己紹介をしたら気が済むんだ!」

「すいません……」

「すいません、じゃなくすみませんだろうが!」

 それはちょっと言いすぎじゃないか? 重元さんの言いようにムカッとした僕は、自分の立場も忘れて前に踏み込んでいた。

「重元さん」僕の声に重元さんは一瞬怯んだように見えたけれど、構わず続ける。

「弁爾さんはあんたの言うことを聞いて身代わりになってたんですよね? それじゃ簡単に抜け出せなくて当然でしょ。自分がした命令を棚に上げて感情的に責めるなんて、迷惑極まりないと思いますが」

「ああ? ぎ、銀色の脳をしたニセモノが! 俺に偉そうな口を叩くな!」

「僕は人間です! つかあんた、相手が銀色の脳の持ち主かどうか自分に見分けられると本気で思ってるんですか!?」

「なんだと……!?」

 ヒートアップする口撃の裏で、僕は「僕の行動も正義を叫びながら振り下ろす拳なのだろうか」と考えていた。頭のどこかで、自分が民家の前にいた人たちと同類になることを恐れていた。

「竹田さん、自分は大丈夫です……」

 そんな口論を止めたのは弁爾さんだった。彼の手はまたも僕の肩に置かれていて、隙間の空いた歯と痛々しい痣が悲痛な面持ちでこちらを見ていた。

 だけどその時、僕は直感的に首筋を冷たい手で撫でられたかのような気持ち悪さを感じたのである。

「先生のご指示どおりに準備は進んでいます」嫌悪感の正体がわからず困惑する僕を残したまま、弁爾さんは重元さんに向き直る。「参りましょう。外に車を用意してあります」

「しかし、外には人が……」

「ご安心ください。皆、先生を信じ、応援する者たちです。先生が堂々とおっしゃることならすぐに聞いてくれるでしょう」

「そ、そうか……? だが、念の為裏から逃げたほうがいいんじゃ」

「おやめください。それこそそんな姿が見つかりでもしたら、敵に塩を送るようなものです。今日ここにはあなたの失脚を狙うアンチも来ております。そしてそういった者は、ひっそりと闇に隠れ潜んでいるのが常なのです」

「それもそうだな……。よし」

 弁爾さんの励ましに重元さんはようやく立ち上がる。一方、僕の違和感はますます大きなものになっていた。

 ――重元さんは、ここから逃げようとしているのか? 彼の目的は〝こどもの希望を守り続ける会〟とされるこの民家に乗り込み、顛末をライブ配信することだったはずなのに。

 そういえば、弁爾さんといたはずのゲンマさんはどこだろう。いや、今はそれを考えるより曽根崎さんに重元さんが見つかったことを知らせるのが先だ。僕はスマートフォンを取り出そうとした。

「お前にも一緒に来てもらうぞ」

 けれど僕の行動は、弁爾さんの手に掴まれたことで阻まれた。高圧的な重元さんの声を背負った弁爾さんは、申し訳なさそうな困り顔を僕に向けている。

「お前がいるということは曽根崎もここに来ているんだろう。邪魔をするつもりなんだろうが、これ以上あいつの思うどおりになってたまるものか。いいか? お前は今から俺の人質だ。騒いだり抵抗したりしたらすぐに……えー……」

「ち、違います、竹田さん。我々はあなたに協力をお願いしているのです」慌てた様子で弁爾さんが言葉を引き継ぐ。「重元先生は気が立っていらして……。その、先生は、曽根崎様に騙された被害者なのです。雇用されているあなたからすると寝耳に水でしょうが、曽根崎様は重元先生と不当な契約を結ぶことで大金をせしめようとなさいました。信じてください……。もちろん、協力してくださるなら相応の報酬をお支払いいたします。こちら前金の二万円です」

「にっ……!?」

 突如押しつけられた二枚の一万円札に、束の間僕の頭は真っ白になった。実際、違和感や考えなければならないことが多すぎて頭がパンク寸前だったのだ。そこに入ってきた二万円は正直かなり効いた。

(……にまんえんだ。でもこれ、受け取っていいのか?)

 いいわけがない。受け取りたいなら相応の理由が必要だ。ここに来て、僕の頭は思いもよらぬ臨時収入を前に高速で回り始めた。

「……わかりました。僕も行きます」

 震える手で二万円をポケットに押し込む。

「僕も連れて行ってください。報酬五万円で、重元先生のお力になりましょう」

 重元さんは満足そうに頷き、弁爾さんは安心したように微笑んだ。こうして僕は、引き続き二人の動向を見張る大義名分を手に入れたのである。

 ……決してお金に目がくらんだわけじゃない。本当だ。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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