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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第9章 破滅は弱者の顔をして
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15 大学生活

 いくらなんでも阿蘇さんは怒るだろうと思った。実際怒っていた。でもそれ以上にゲンマさんに驚いていた。

「でっっっっか!」

 曽根崎さんは縦に長いけれど、ゲンマさんは横幅もがっしりしている。威圧感は段違いだろう。

 さて、阿蘇さんの怒りは曽根崎さんのみに向いていたため、僕とゲンマさんはすんなり一週間の下宿先を確保できてしまったのである。阿蘇さんに申し訳なさすぎて背骨の一部がズレそうだ。

「君は気にすることないよ」

 深夜一時。僕の頭に手をおいて、あくびまじりに阿蘇さんが慰めてくれる。

「でも君の作る料理はうまいからな。手が空いた時にでも食事を作ってくれると嬉しい。まあ基本は学業優先だが」

「ううう……阿蘇さん、どうしてそんなにいい人なんですか……」

「どっかのクソ兄と比べるなら、そりゃ俺はいい人になるよ。ところでこちらのでっかい人はナニモン?」

「あ、ゲンマさんって言うんです。ええと……衆議院議員の品之丞先生をご存じですか? そのご親戚の方です」

「またすげぇVIPを連れてきたな。じゃあ日本語は通じる?」

「通じます、が」

 ここでヌッとゲンマさんが割り込んでくる。阿蘇さんの目をじっと見下ろし、ゆっくりと頷いた。

「……なるほど」阿蘇さんは、まったく圧倒されずにゲンマさんを見上げている。「喋れないんだな」

 またゲンマさんは頷く。そんな彼の肩をぽんぽんと叩き、阿蘇さんは部屋に入るよう促した。

「ま、ここにいる間は君も景清君も同じだ。まとめて面倒見てやるよ」

「ありがとうございます、阿蘇さん」

「はいよ。まずは順番にシャワー浴びてきな。その間に布団は用意しといてやっから」

 ありがたい提案に素直に甘えることにした。シャワーを借り、ジャージに着替えてさっぱりした体で布団に潜り込んだら、あっというまに眠気が襲ってくる。

 阿蘇さんは、曽根崎さんといる時とはまた違う安心感を与えてくれる人だ。あんまり頼るのはどうかと思うけれど……。

 そんなことを考えているうちに、夢も見ないほど深い眠りに落ちていく。視界の隅で、シャワーから出てきたゲンマさんに布団を指し示す阿蘇さんの姿が見えた。




 怪異絡みの事件に関わると、どうしても大学生活のほうに現実感がなくなってしまう。でも、曽根崎さんに弁護士になると大口を叩いたからには反故にはしたくない。頑張らねば。

「景清ー!」

 そうこうしているうちに昼休みである。僕の背中に思いっきり突撃してきたのは友人の三条だ。三条はぐりぐりと顔を押しつけながら、僕のお腹に腕を回して持ち上げてきた。なんで?

「やっと会えたなー! 久しぶり!」

「ひ、久しぶり。三条は教育実習に行ってたんだっけ。終わったの?」

「おう! 担当クラスでヒゲダンス流行らせたぜ!」

「何してんの?」

 だけどこういう先生こそ、生徒たちから人気を博するのだろう。かくいう僕も三条のこういうところが好きだ。大学を卒業しても友達でいたい。

 学生食堂に移動し、テーブルを囲む。口をハンバーグでいっぱいにしながら三条が僕に尋ねた。

「んで、曽根崎さんも元気?」

「元気だよ。相変わらず図々しくて生活能力が壊滅的」

「そっかー。景清も二足のわらじで大変だな」

「そうだね。大学生とアルバイトで……」

「でも曽根崎さんとこに永久就職するって決めてるんだから、将来の心配がいらないのはいいよなー」

「間違ってないけど永久就職って言うなよ。別の意味連想するだろ」

 ふと、三条がお箸を持つ手を止める。少し周囲を確認してから、僕に体を近づけた。

「……実はさ、今朝曽根崎さんとこのビルの前を通ったんだけど」三条は声をひそめて切り出す。「人だかりができてたんだ。それで、曽根崎さんと景清が何かトラブルに巻き込まれてないかって心配になって」

「え」

「でも大丈夫そうだな。多分子猫が側溝に落ちてみんなで助けてたとか、そういう話だ」

 三条は楽観的に笑う。だけど僕はそこまで呑気にはなれなかった。

 脳裏をよぎったのは、昨晩曽根崎さんのマンションに現れた不審な人たち。ヤツらは曽根崎さんの住所と、一緒に暮らす僕のことを知っていた。幸いまだ僕の写真と名前が利用された形跡はないようだけど、目的不明な気持ち悪さと個人情報が握られている嫌悪感はある。

 彼らは重元さんの支持者で、どこかで暴露された情報をもとに突撃してきたのか? それとも、種まき人に関係する人なのか……。

(いずれにしても、もう僕は何もできない。曽根崎さんがどこで何をしているかも全然知らないし)

 スマートフォンに目を落とすと、メッセージが一件来ていた。送り主は阿蘇さんで、内容は……。

「!」確認するなり僕は立ち上がった。「ごめん、三条。僕もう迎えが来てるみたいだから行かなきゃ」

「ん、そう? じゃあまた今度遊ぼうぜ! 推理ゲーム買ったんだけどチュートリアルで詰んでんの! 助けて!」

「チュートリアルで詰むなら向いてないだろ」

「そんなことない! オレにだって推理ゲームをプレイする権利はある! オレの否定は基本的人権の否定!」

「主語と思想が強い」

 三条と言い合っている間に食堂の入り口がザワついてくる。三条も気づいたようで、「アイドルでも来た?」と身を乗り出している。

 だけどやってきたのはアイドルじゃない。僕のお迎えだった。

「……でけぇ……」

 誰ともなく呟いた言葉と同時に、今、身長二メートルはある異国情緒あふれる男性が食堂の入り口におでこをぶつけた。好奇と畏怖の視線とスマートフォンの連写音がやまない。

 僕は、これからあの中を突っ切っていかねばならない。

「まさか……お知り合い?」

 三条が恐る恐る僕に目を向ける。僕は、親指を立てて返した。多分ヤケクソだったと思う。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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