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続々・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第9章 破滅は弱者の顔をして
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11 アメとムチ

 仮にも一週間前にゾッとするような目に遭った場所だ。そこに弁爾さんは来てくれるのだろうかと思ったが、ものの十五分程度で彼はやってきた。

 その弁爾さんの顔を見て背筋が凍った。挨拶のために開いた口から覗く前歯のうち、一本がぽっかりと抜けていたのである。そこから二本の血の筋が顎に向かって伸び、せっかくのスーツを汚してしまっている。

 曽根崎さんも気づき、自らの口を指差しながら尋ねた。

「その歯はどうされました? ただごとではないご様子ですが」

「あ……こ、これは、ここに来る途中で転びまして」

 嘘だとわかった。目は泳ぎ、転んだと話す直前に不自然な間が生じている。

 ふと、口の中に広がる嫌な味を思い出した。……そうだ。今の弁爾さんは、かつて父に殴られたことを隠そうとした僕の仕草にとてもよく似ているのだ。

 弁爾さんもまた詳しく触れられたくないのか、慌ただしくタブレット端末を取り出した。

「それより……本題に」

「そうですね。重元様が襲われたと聞きました。その安否は?」

「私の目から見る限りでは無傷でいらっしゃいます。ですが、非常に憔悴しておられました。重元先生ご本人が言うには……電磁波攻撃だと」

「電磁波攻撃……確か以前からご自宅に攻撃されていたとのことでしたね。それが、今重元様が避難されている場所にまで?」

「はい」弁爾さんの腫れぼったい目がきょろきょろとカメレオンのように動いた。「重元先生は、曽根崎様との通話を傍受されたことにより、例の集団に見つかったとおっしゃっています」

「こちらのせいにされましてもね。話し合いの場をご用意されたのは、重元様ご自身ではありませんか」

「しかし、曽根崎様と交わしたご契約は、重元先生の身の安全の確保。果たされなかったことには違いありません」

 まるで駄々っ子の言い分である。隣にいるゲンマさんだって、どことなくうんざりした顔をしているほどだ。ところで今、僕とゲンマさんが身を隠しているのは、適当に上階から調達してきた大きなテーブルの裏である。かなり重たい家具だったが、ゲンマさんが肩に担いで持って降りてきてくれた。

「とにかく、曽根崎様は契約に違反されました。重元先生は、曽根崎様に然るべきペナルティを与えるべきだとおっしゃっています……」

 弁爾さんの気弱な声がタブレット端末を見るように促す。懐中電灯の明かりしかない地下室には眩しすぎる画面を覗き込んだ曽根崎さんは、「おや」と唇を歪めた。

「私の個人情報が重元様のSNSで公開されていますね」

「左様です」

 それを聞いて慌ててスマートフォンを取り出した。重元さんのSNSには、『【注意喚起!】怪異退治人を名乗る一般人・S崎を突撃 陰謀論を振りまいて洗脳し、信者と化した顧客の不安につけこみ、数百万円単位の除霊を行っていると判明!』という文章とともに、隠し撮りされたと思われる曽根崎さんの後ろ姿の写真が添付されていた。

 頭が真っ白になる。首の後ろの血管が熱い。なんだ? この人、曽根崎さんに助けを求めてるんだよな?

「……こちらのSNSは、いくらやっても例の集団に傍受されないのですね」

 一方曽根崎さんは、笑いを堪えるような余裕のある口調で言う。その皮肉を理解しているらしい弁爾さんは、ますます恐縮した様子で答えた。

「こちらのSNSは海外のサーバーを経由しているとのことで……詳しくはわかりませんが。とにかくセキュリティが高いそうです」

「それならば、私との話し合いもこのSNSを通せばよかったのに。まあ終わったことを議論しても仕方ありませんね」

「はい……」

「で、これが私へのペナルティだと」

「そのとおりです。今後も重元先生の身に危険を及ぶたび、曽根崎様の情報をひとつずつ公にしていくと先生はおっしゃっていました。次は事務所の場所だとか……」

「それは困りますね。重元様の婉曲的な呼びかけの直後、〝こどもの希望を守り続ける会〟の責任者宅に石が投げ込まれたり下品な落書きが施される事件も起こりました。あの二の舞いになるのはごめんです」

「ええ、ええ、承知しております。ただ、重元先生は人間関係においてアメとムチを信条とされておりまして……たとえ味方だろうと、信用できるかどうかは別問題。そこで相手が失敗した際に厳しく鞭打つことで、必ず契約を守っていただき、ひいては信頼を強固にしようとされているのです」

「では、アメもあると?」

「もちろん。報酬は十分にご用意させていただいております」

 曽根崎さんが鼻で笑わないのが偉いなと僕は思った。このおっさん、基本的にお金には困っていないのである。

 曽根崎さんはたっぷり沈黙を保ったあと、弁爾さんに向き直った。

「なるほど。そのムチは、弁爾様、あなたにも振るわれているのでしょうか」

「……」

「この場所を出たらすぐに顔を冷やしたほうがいい。多少腫れがマシになります。それと……」

 押し黙る弁爾さんに、曽根崎さんは断言した。

「重元様にお伝えください。必ずあなたをお守りできる場所を見つけたと」


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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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